どこかで聞いたことのあるその声に、パッと顔を上げる。
先程まで真央くんが立っていた教室の入り口。そこにいたのは、私が今日ここに来ることになったきっかけを作った人物。
「あ……」
「お、ちゃんと来てくれたんだな! いやー、ここちょっと分かりにくいからさ、迷わないかなって心配してたんだぞ」
「ちょっと日向、それならあんたが迎えに行けばよかったじゃないの」
「はっ、確かに……!」
「馬鹿ね」
そう言って呆れたように笑った美人さん。さっきまでの気まずい空気が一瞬にして色を変える。
「っていうかどうした真央、お前今日は絵描いてないのかー? あ、紫苑先輩、俺もオレンジジュース!」
「甘えんじゃないわよ、自分で注ぎなさい」
「……はい」
しゅんとしながら冷蔵庫を開け、自分でグラスにオレンジジュースを注ぐ後ろ姿は、何だかすごく頼りなさげに見えた。
不意に視界の端で人影が動く。机に手をついていた真央くんが、パイプ椅子を一脚引きずりながら窓際へと移動していた。
あ、と思うものの声をかける勇気は出ない。謝るタイミングを完全に逃してしまったな、とぼんやりと思った。