ドアの前に突っ立ったままの私の横を、紫苑先輩が通り過ぎた。
その瞬間、鼻腔をくすぐった香りはもうフローラルではなくて。
「――紫苑先輩っ」
思わず呼び止めた私に、紫苑先輩はゆっくりと振り向いた。いつもの優しい笑顔で、どうしたの、と首を傾げる。
私だって、救われた。
その笑顔に、優しい声に、気遣いに、何度も何度も救われた。
それをどう伝えればいいのだろう。分からなかった。でも、伝えたくて。
「ありがとうございました……っ」
この一言で、すべてが伝えられるとは到底思わない。だけど、これだけでも伝えないと後悔すると思った。
深く頭を下げた私の肩を、紫苑先輩がそっと叩く。
「きみのおかげだよ」
ありがとう、と。
綺麗に笑った紫苑先輩は、とてもかっこよかった。