あ、と思う。
確かに桜さんが私に色々と話してくれなかったら、それを紫苑先輩が聞くこともなかった。きっと今も紫苑先輩は桜さんと話すために完璧な女の子になりきっていただろう。
だけど、そんなの。
「……そんなの、ただの偶然で、私は何も……」
「偶然だっていいのよ」
「え」
「葵ちゃんがいてくれたから、その偶然が起きたのよ」
紫苑先輩はどうしてこうも、素敵な言葉を知っているのだろう。私はいつも救われてばかりだ。
そう思うのに、紫苑先輩の瞳はしっかりと私を見ている。目を逸らさずにいてくれている。
「葵ちゃんに救われた人間がいるってこと、忘れないで」
ぽん、と頭の上に骨張った手が乗った。その手は二回頭の上で跳ねて、私の髪を乱す。
私が救ったのだろうか。人付き合いがとてつもなく下手で、話すのも下手で、何の取り柄もない私が、こんなに素敵な人を救ったのだろうか。