「ぜ、全然です。私は全然大丈夫じゃないです……」


誰かに気にかけてもらえることが、こんなに嬉しいことだなんて思わなかった。いつも優しい笑顔を向けてくれる紫苑先輩に、私は甘えさせてもらっていたのだ。

今井さんがもう二度とここへ来ないと言ったとき、どうしてみんな引き留めないんだろうと不思議に思っていた。でも今なら分かる。

ここを出て行くということは、きっと喜ぶべきことなんだ。生きることを決めた紫苑先輩の背中を押すことが、私たちのするべきことなんだ。それなのに私は、紫苑先輩がいなくなってしまうことが寂しくて、気を抜くと泣いてしまいそうだった。

ドアのところで突っ立ったまま、私は鞄の持ち手をぎゅっと握る。泣きそうなことを悟られないよう、長く伸ばした前髪で壁を作った。


そのときだった。



「……え」


急に視界が明るくなった。顔を上げると、目の前には紫苑先輩がいた。

前髪は全部、紫苑先輩の人差し指が掬っていた。左側に流した前髪に、ぐっと何かが刺さる。



「うん、やっぱりよく似合う」


そう言って、紫苑先輩は私に鏡を見せる。そこに映っていたのは、見慣れた私の顔と、見慣れないヘアピンだった。