「紫苑は、嘘を吐くのが下手だから」


全身の力が抜けた。手に持っていたコントローラーが、カタン、と音を立てて廊下に転がった。


「……紫苑」


桜の声が部屋の中から聞こえる。しかし紫苑はそれに答えることなく、壁に背中をつけてずるずるとその場にしゃがみ込んだ。

コントローラーを取りに行ってくると部屋を出たとき、人と関わることに慣れていない葵が不安げな表情を浮かべていたことには気付いていた。桜ならきっと、そんな葵の様子に気付くことができるだろうし、その緊張を和らげることもできるだろうと思った。

それでも少し気になった。

葵ではなく、桜のことが。

家族や病院の関係者以外の人と桜が関わりを持つのは、紫苑が知る限り、事件以降あまりなかった。

もともと、桜はクラスの中心にいるような子で、友だちもそれなりに多かった。しかし、桜が事件に巻き込まれたということを知る人は少ない。どこかで噂を聞きつけてお見舞いに来た人も事件直後にはいたけれど、ところどころ記憶がなく、目に見えてやつれていた桜の姿に、悲しげに眉を下げて去って行くばかりだった。

それも少し落ち着いて、自宅から通院するようになった桜は、次第に友だちが欲しいと呟くようになった。

これから桜が生きていくためには、この安全な部屋に閉じこもっているだけではだめだと、薄々思っていた。あの子の世界がこんなちっぽけな空間で終わってしまってはいけない。もっと広げていってほしい。それは本望だった。