その日から“女の子らしさ”をとことん追求した。
当時の洗濯部の先輩が面白がって施してくれた化粧。これがまたよく似合った。母親の目を盗んで勝手に香水を借りたこともある。その香りが思った以上にしっくりきて、数日後には同じものを購入した。内股で歩いた。言葉遣いも気を付けた。少しでも完璧な女の子に近付くため、いつまでも若い養護教諭の仕草を真似した。
いつか桜が学校に戻って来たとき、この姿のままでサポートすることができるように、常日頃から女装するようになった。勉強だって、桜にどこを聞かれても答えられるように、真面目に授業を受けた。夏になるとウィッグが蒸れて不快だったため、自分の髪を伸ばした。
突然の変わりようにクラスメイトや近所の人は驚いていたけれど、理由を聞いてきたのは噂好きのおばちゃんくらいで、意味ありげに苦笑いをしておけば、たいていは都合よく勘違いをしてくれた。性的マイノリティーが世間に認知されている時代でよかったと思う。
二年になってみると、何も知らない後輩から羨望の眼差しを受けた。いつしか高嶺の花として扱われるようになり、文化祭のミスコンでも優勝した。
事情を知っている生徒たちからの同情するような視線を受けながらも、紫苑は着実に色白黒髪美人の地位を確立した。
当の桜は、父親以外の男とはいまだに接することができない。道ですれ違うだけでも汗が止まらない。外出をするにもかなりの勇気がいる。事件前後の記憶は無くとも、トラウマとして心の奥底に根付いているその恐怖は、計り知れないものだった。
そんな桜と話すため、ただそれだけのために、偽りの仮面をつけ続けた。
「……知ってたよ」
それなのに、桜は何故、こんなにも落ち着いた声で言うのだろう。