コーヒーの良い匂いがこの部屋まで漂ってくる。慣れたようにベッドに腰掛ける紫苑先輩は、鼻歌を歌いながら少女漫画をペラペラと捲っていた。

艶のある黒髪は、今日もアレンジされている。右サイドをねじってゴールドピンを留めただけなのに、お洒落で可愛い。


「……紫苑先輩」

「ん~?」

「あ、えっと、……何でもないです」


控えめな甘さのフローラルの香り。丁寧に施されたお化粧。そのすべては桜さんと話すためなのだと思うと、私がここにいてもいいのかな、と不安になった。私がもし紫苑先輩だったら、せっかくの二人の時間を邪魔しないでほしいと思うだろう。


「葵ちゃん」

「は、はい」

「私はね、あの子の世界が広がっていってほしいって思うわ」


だから葵ちゃんが友だちになってくれて嬉しい、と。まるで私の心を読んだかのように紫苑先輩は呟く。

驚いて顔を上げると、そこには綺麗な笑顔を浮かべた紫苑先輩がいた。

その笑顔がどうにも切ないものに見えて、私は言葉を失う。何か返さないと、と思ったけれど、結局何も出てこなくて俯いた。