この手を離したくない。

俺は彼女の隣で強く手を握り
疲れ切った身体を硬いベンチの背もたれに預ける。

凪子は嫌がらず
俺と手を繋ぎ山の頂を見つめていた。

穏やかな時間が流れる。

「颯大君には甘えてしまう」
ポツリと凪子が言い
俺の顔を見て笑う。

「……いいよ甘えて」

「迷惑かけると思っても、甘えてしまう」

「迷惑じゃないし」
ボソッと言うと笑われた。

「最後に颯大君の声が聞きたくなって電話した」

「最後って?」

「だから最後。これから山に入るから」

コンビニにでも行くような軽い発言。

「バカ言うなって、この山は小さいけど本当に入り組んでいて、入ったら最後……」

「だからこの町に来た」
凪子は繋がれた手を離し
ゆっくり立ち上がる。

夕焼けに白いワンピースが映える。

「ちょっと待って」

迷いもなく歩き出す凪子を慌てて追いかけ、その腕をつかむ。

振り返った顔が
とても綺麗で言葉に詰まる。