「あんた、名前は?」





「えっ」





「あんただけあたしの名前知ってるの、ずるいじゃん」





「あっ、そっか」






たしかにそうだ。



僕は当たり前のように大河原さんのことを知っていたから、無礼にも、名乗るのを忘れてしまっていた。






「僕は、法学部の林 悠太です」





「そ。あたしは文学部の大河原 杏」





「えっ、アン?」





「そう、果物の杏って書いて、アン」





「ほんとに黒毛のアンなんだ………」






僕は思わず小さく呟く。




大河原さんが、「え? なんて?」と訊き返してきた。






「あっ、えと………。


大河原さんは知らないだろうけど。


大河原さんて、みんなに、黒毛のアンって呼ばれてるんだ………」






言ってしまってから、あ、まずかったかな、と後悔する。





自分の陰のあだ名を知らされて、いい気分がする人はあんまりいないんじゃないだろうか?