「社長には好きな女がいたんだよな。その人に出来なかったことを精一杯みなみにしてやりたいんだと思う」


好きな人?
社長が?
今しがた、絶対結婚しないだろうなと思った社長に好きな女性がいたんだ。

でもゼンさんの口調は過去形だ。


「その人って、もしかして」


「ああ、俺のお袋」


私はなんだか、いろんなことに納得してしまった。
ゼンさんのお母さんは若年性アルツハイマーを患い、彼の故郷の施設に入所している。


「症状が進む前、俺の知らないところで何度か会ってたみたいだな。俺にも言ってきた。『僕がお袋さんの面倒を見るなら、おまえと近くで暮らせるんじゃないか』って。でも、お袋が了承しなかった。病気抱えて、再婚する気になれなかったんだろ」


ゼンさんはお母さんのことになると、殊更感情を挟まないように喋る。
それだけ、お母さんへは格別な想いがある。
もう、ゼンさんの顔がわからなくなってしまったお母さん。きっと、社長のこともわからないだろう。