きみと世界が終わるまで



きみの残像を思い浮かべ、きみの温もりを忘れないように必死に体に刻み込む。


今思えば、24時間という時間はなんて短かったのだろう。


いつも24時間という一日は長いと思って生きてきたけれど、実際はそうではなかった。


人それぞれに時間の長さの感じ方は違うことは分かっている。


僕にとっての24時間、一日は、とてもとても短いものだった。


きみといた24時間の間、何度願っただろうか。


このまま時を止めてください、僕は心のなかで何度も何度もそう願った。


けれど、それは叶わぬ願い。


時が過ぎるからこそ、世界はこんなにも美しい。


時間が進むからこそ、一瞬一瞬がこんなにも大切で。


生きていることの奇跡も、大切な人がいる愛しさも、一瞬がもう二度とない幸せの欠片だということも、──誰かを心から愛することも。


目に映るこの世界の美しさも。


全て、きみが教えてくれたこと。


自分でも知らず知らずのうちにあきらめていた命を、生きることをやめようとした僕を救うために神様がくれたもの。


それは、24時間、たった一日の夏の奇跡だった。


僕はこれから夏を迎える度に、この日のことを思い出すだろう。


この夏の奇跡を、幻になんてするもんか。


きみと再会を果たしたこの夏を、僕は一生忘れない。




───さあ、帰ろうか。


きみのいる世界ではなくて、大切な人たちが待つ世界へ。


そっと閉じていた目を開けて、僕は海に背を向け一歩を踏み出した。


だけど、何が大切なものを忘れている気がして僕はもう一度だけ後ろを振り返る。


「……ん?」


視線を僕たちが座っていた砂浜に移すと、半分砂浜に埋もれかけている小さな紙切れが街灯に照らされて夜風にそよそよと揺らされていた。


「……なんだろう」


不思議に思った僕は踵を返し、その紙切れへと近付き目の前で足を止める。


それからしゃがんで、やわらかい砂に指を通すようにして小さな紙切れを掬い上げた。


その紙切れを目を凝らして眺めてみるけれど、それは真っ白で何も書かれていない。


でもふと、僕は紙切れをひらりとひっくり返す。


……驚いた。


そこにあったのは、もうこの世にはいないきみからの最後のメッセージ。


“ありがとう、優太”


真っ白な紙切れには、きれいな文字で真ん中に小さくこれだけが書かれてあった。


「……はは」


思わず僕の口から笑みがこぼれる。


本当に僕の好きな人は不器用だ。


いじっぱりでわがままで素直じゃないくせに、時々こうして可愛らしいことをするゆりあ。


僕はそんなゆりあが大好きなんだ。


……それにしても、本当に最後まできみはきみらしいなあ。


ドラマや小説ではこういうとき、長文のメッセージや手紙を残すものでしょう?


けれどゆりあはそれをしなかった。


本当に不器用だ。


不器用だけど、きみは優しいね。


僕に手紙を残してしまったら、僕がいつまでもきみの面影を追い続けて立ち止まってしまう。


きみはそう思ったんでしょ?


この一文に詰まっているきみの思い、全部分かってるから。


僕は今まで、その不器用なゆりあの優しさに何度救われてきたのだろうか。




ねえ、ゆりあ。


きみは言ったよね?


僕と再会することを選んだ代償に、僕との思い出や僕の存在を忘れてしまうのだと。


忘れられなかった僕への思いと、今ここで生きていることの奇跡を僕に伝えるためにゆりあは僕に会いに来てくれた。


僕のことが好きだからこそ、きみを亡くして暗闇の奥底にいた僕を助けるためにきみはきてくれた。


さっきここで光に包まれて消えてしまったきみは、もう僕のことを忘れてしまったのだろうか。


……いや、きみが僕のことを忘れてもかまわない。


たとえきみが僕のことを忘れようとも、僕がきみのことを憶えているから。


きみと出会った日のことも、初めてデートした日のことも、この夏に起きた奇跡も。


空の色や風の匂い、透明な青に白い砂浜。


きみと見た景色の全てを、きみといたこの世界の美しさを、僕がちゃんと憶えてる。


ずっと永遠に色褪せてしまわないように心が憶えてる。


だからきみは、笑っていて。


僕の大好きな笑顔を、どこにいても咲かせていて。


これで、本当に最後だ───。もう振り返らない。


そう心のなかに決めて、僕はもう一度目を閉じる。


胸にそっと小さな紙切れを押し当てると、トクントクンと鼓動が伝わる。


僕は、生きている。


決して僕ひとりのものではない命を、生きている。


──優太、生きてね。


すぐそばで聞こえたきみの澄んだ透明な声に、僕はまぶたを伏せたまま微笑む。


僕の命のなかに、きみの命も吹き込まれたようなそんな気がして。


僕が生きるこれからの世界にきみはいないけれど、これが永遠の別れではないと信じているから。


これから何年、何十年、何百年たって。


そうしていつの日か、またきみと出会えるときがくるまで。


夏の奇跡が、再び形になる日まで。


振り返らず前だけを向いて、きみのくれた奇跡をなくしてしまわないように僕は今日を生きよう───。



【END】




*あとがき*


こんにちは、逢優です。


この度は「きみと世界が終わるまで」を最後までお読み下さりありがとうございました。


この作品は、スタ文のテーマが発表されてから構成を考えて執筆を始めた作品です。


文章の未熟さと語彙力のなさがゆえに、スタ文っぽくない部分も多くあったと思いますが、最後までお付き合いいただいた皆様には本当に感謝です。


けれどスタ文という枠にとらわれないように考えてみても、この作品には私の今の生きることへの思いを多く取り入れさせてもらいました。


大切な人が亡くなったから、自分もいなくなってしまおう。


そんな馬鹿げたこと、と思う人もいるかもしれません。


けれどこの世界には、そうして死を選んでしまう人もたくさんいます。


そんな優太を救い、生きているということは奇跡なんだと優太を叱咤激励する役を私はゆりあに馳せました。


そして最後に明かされる戦時中のシーン。


実は私の母方の祖母は、戦時中に生まれています。


祖母の父親は祖母の顔を見ることなく御国のために散ってしまいました。


もし祖母がこの世に生まれていなかったら、私はこの世に生まれることはなかった。


自分に置き換えてそう考えてみると、私ひとりの命が私だけのものではないようなそんな気がしてきませんか?


そんな奇跡が、この作品を通して皆様に少しでも伝わっていればいいなと思っています。


長くなりましたが、最後までお付き合い下さりありがとうございました。


2016.08.11 逢優


あらすじは次ページへ→→





一ヶ月前、恋人であるゆりあを亡くした優太は絶望のなか毎日を生きていた。

彼の願いは、大好きなきみにもう一度だけでいいから会いたい。

そんな思いから、優太はとうとう自ら死を選ぼうとしてしまう。

しかし、優太の18歳の誕生日まで残り24時間となったとき、彼は彼女と海辺で不思議な再会を果たす。

彼らに与えられた時間は、24時間。

一分一秒を大切に過ごしていくふたりだか、そんな時間もあっという間に過ぎ去りとうとう別れのとき。

そこで初めて明かされる、彼女が彼に会いに来た本当の理由。

それは、死んでもなお消すことのできなかった優太への思いと、この世界で生まれ生きていることの奇跡を彼に伝えるためだった。



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