お姉ちゃんが叫ぶ声。

ソムサックの咆哮のよう泣き声。

重なる電子音。



「やだ・・・」


知らずにペンダントを握り締めていた。

これからなのに?

やっと、ソムチャイと気持ちを確かめ合えたのに?


これで・・・終わりなの?

「お願い・・・。神様、お願いします」

強く握る。

「ソムチャイを連れて行かないで・・・。連れて行かないでください!」

神様。


どうして?


ソムチャイがなにをしたの?


連れて行かないで。


連れて・・・。


「お願いだから、お願いだからっ!」






ふと気づくと、お姉ちゃんの顔が近くにあった。

ペンダントを握り締めた私の手を両手で包んでいる。


「・・・実羽。実羽っ」

お姉ちゃんが抱きしめて泣く。



心が引き裂かれそうなほど痛い。









涙が出なくても、心が悲鳴をあげている。












夜の海には、はじめて来た。


タイのお通夜は、日本のそれと違い悲しみ一色ではないみたい。

音楽が鳴り響き、まるで小さなお祭りのようだった。

騒がしいとさえ思える時間の中、私はぼんやりとソムチャイの写真を見るしかできなかった。

いつの間にか、連れられてきた砂浜。
そこに、立ち尽くす。

今にも、ソムチャイがそばに来てくれる。
そして、私を見つけて笑うの。

あの笑顔で、私を抱きしめる。

波の音が、規則正しく、そして悲しく夜に聞こえる。

「実羽」

声に振り向くと、お姉ちゃんが歩いてくるところだった。

「お姉ちゃん」

隣に並ぶと、お姉ちゃんは海を見つめた。

「実羽、ごめんね」

「・・・え?」

「あなたにつらい思いをさせてしまって。ソムチャイに元気になってほしくて、それだけであなたを呼んでしまった。・・・ごめんなさい」

私も海を見た。

暗い海は波さえも見えない。

「ソムチャイが、好きだった」

「うん」

知っているよ、とでも言いたそうにお姉ちゃんはうなずく。

「こんな感情、はじめて。だから、うれしかった」

「うん」
「でも、もういない」

お姉ちゃんの腕が私の腕にからまる。

「もういないのに・・・。こんなに悲しいのに、涙がでないの」

「実羽・・・」

あんなに悲しい出来事があったのに、喪失感だけで涙はあふれなかった。

「私、ほんとうに冷たい人みたい。悲しく、心が死んじゃったみたいなのに、涙がでないの。ヘンだよね」

おどけて肩をすくめてみせる。

自分でもわかってる。



・・・強がり。
お姉ちゃんはだまって腕に力をこめた。

「ソムチャイがね」

お姉ちゃんが悲しそうに言う。

「結婚式は予定通りしてほしいって言うの」

お姉ちゃんを見た。

彼なら言いそうだな、と思う。

「延期するつもりだったのに、遺言まで勝手に書いちゃって・・・。そういうやさしい子なのよね」

「うん・・・」

こくりとうなずいた。

「実羽。私ね、赤ちゃんがお腹にいるの」

「え?」


「あなたが帰ったあと、すぐに妊娠がわかったの。不思議なの、ソムチャイはすぐにそれに気づいて、すっごく喜んでくれたの」

ソムチャイの笑顔が目に浮かぶよう。


きっと、自分のことのように喜んだんだろうな・・・。

お姉ちゃんが腕を離して、私を見た。

「ソムチャイのためにも、結婚式はやろうと思うの。いい?」

「いいもなにも、お姉ちゃんは決めてるんでしょ。がんこだからね」

そう言うと、お姉ちゃんは、

「あんたって子は・・・」
と、もう涙声に変わっている。



その時だった。
ヒュー


という音が響いたかと思った次の瞬間、


ドンッ


という重低音が夜に響いた。




「あ・・・」



それは、花火だった。