その後、ソムサックが通訳となって警察の事情聴取を受けた。
女の子たちを売る手伝いをしていたアイスは、どうしても罪に問われてしまうかも。

だから私は、あのふたりがやっていたことには触れないように話した。

アイスがあの時命をかけてかばってくれたことを、強調して警察官に伝えた。


・・・その時のこと。


ふと、私は思い出したのだ。

ずっと感じていた違和感。

なにかおかしい、と思いながらもわからなかった答えが、目の前に現れた。


“気のせい”と片付けられるほどあいまいなものではなく、一度見えてしまうと、そのことばかり考えてしまう。

それくらいリアルなものだった。
外傷のない私はそのまま退院できる、とのことでソムサックの車にお姉ちゃんと乗ってホテルへ向かった。

日差しは真上にあり、ほぼ24時間監禁されていたらしい。

「・・・実羽、どうしたの?」

車に乗ってから、ずっと無言でいる私にお姉ちゃんが尋ねる。

「・・・ううん、なんでもない」

そう答えてはいるけど、さすがお姉ちゃん。
目では疑っているのがわかる。

そう、ずっとさっきから同じことばかり考えている。
自分が出した答えが、正しいかどうか・・・。

それを証明することは果たして良いことなのだろうか?

「ソムサック、お願いがあるの。車を停めて」

バックミラー越しに目が合った。
よほど硬い顔をしていたのか、なにも言わずに車はゆっくりと路肩でスピードを落とした。

「さ、話してみて」

お姉ちゃんはやっぱすごい。

私がなにか言いたいのを察してくれたんだ。

「ソムサック、これから行ってほしいところがあるの。お姉ちゃんには調べてほしいことがある」

口にしたことで後戻りはもうできない。



でも・・・どうしても知りたかった。









「実羽ちゃん!」

ドアを開けた私を見つけた声が弾む。

ここは、お姉ちゃんが勤めているツアー会社。

クーラーの風に思わずほっとする。

すぐに飛び出してきた由衣さんが私を強く抱きしめた。

「なんや、元気そうやないか! もう、心配させてからに!」

「ごめんね、もう大丈夫だから」

「由衣さんも一緒に探してくれたのよ」

後ろからやってきたお姉ちゃんが言う。

「渡辺社長も」

ソムサックが指さす方向には、ほっとした顔の渡辺社長。

「ありがとう・・・」
「いやぁ、ほんと無事でよかったわ!」

由衣さんが体を離して、私の両手をぶんぶんと振り回して喜んでいる。

「ねぇ、実羽。どうしてここに来たかったの? 早くホテルで休んだ方がいいんじゃない?」

お姉ちゃんが心配そうに聞いてくるけれど、
「・・・ごめん」
そう答える声は小さくしか出なくて・・・。

「なんであやまるのよ」

苦笑するお姉ちゃんの顔が、私を見て固まった。

「どうした・・・の?」

「実羽ちゃん?」

よほどひどい顔をしていたのだろう。

ソムサックまで真剣な顔で見てくる。


「あのね・・・。私、由衣さんに聞いたアルニーってお店に行ったの」

「そうやで、その後いなくなったって聞いたから、ウチ心配で心配で」

由衣さんが唇をかみしめて悔しそうにうつむいた。

心配かけたんだな・・・。

せつなくなった。

「私、アルニーの店から出てすぐに黒い大きな車に連れ去られたの」

「ウアンの野郎!」

怒り心頭って感じで由衣さんが大きな声を出した。

「顔に袋をかぶせられたから、連れ去った人の顔は見えなかった。でも・・・」

言うべきか。

言わないべきか・・・。

「・・・でも?」

渡辺社長がはじめて言葉を発した。

私は覚悟を決めた。

「その時・・・ね、体を持ち上げられたり、手錠をはめられたり・・・、足をおさえられたりしたの」

お姉ちゃんがそれを聞いただけで、
「そ、そんなことを・・・」
と涙声に変わった。

「相手の人・・・、香水つけてたの・・・。それが、香ったの。それは私がサムイ島でかいだことのある香りだった。それを、さっき思い出したんです。ウアンは違う。香水はつけてなかった」

ウアンの男くさい匂いを思い出して、しらずに顔をしかめてしまう。

「香水・・・」

ソムサックの視線がすぐに右に向く。

そう、あの時香ったんだ。


なんで忘れていたんだろう・・・。

お姉ちゃんも、そちらを向いて目を見開いた。

「な・・・」

皆の視線を感じ、声を出したのは・・・由衣さんだった。

「なんで? なんでウチやねん!? ウチやないで」

「由衣さんの香水と同じ匂いだったってこと?」

ソムサックが尋ねるのを、黙ってうなずいて返す。

「ウチやないって! 実羽ちゃんと別れたあと、ウチはそのままツアーに行ったんや。ウソちゃうで。聞いてみいや!」

必死で首をふって否定する由衣さん。

「うん、由衣さんじゃないよ」

私の言葉に、由衣さんがほっとしたように力を抜いた。
「なんや、もう驚かさんといてーや。めっちゃびっくりしたやん」

「でも、由衣ちゃんと同じ香水なのは間違いないのよね?」

お姉ちゃんが私に尋ねたので、こくりとうなずいた。

「でもこの香水はうちのオリジナルやで。誰でも持ってるわけやあらへん」

由衣さんは首をかしげた。

自ら容疑をまたかぶるなんて・・・。
その正直さに、私は苦笑した。

「オリジナル?」

渡辺社長が驚いたように聞いた。

「そう。好きなふたつの香水を3:2でブレンドしてるんや。そんなことしてる人ほかにおらへんやろうし」

前に言っていた“秘密”ってこのことだったのか。