「大丈夫だよ。ソムチャイも寝込んでるし、やることないもん」
「プールに行けば?」
にべもなく言う。
「一日中? 体が焦げちゃうよ」
「文句言わないの。だって、もし実羽になにかあったら・・・」
ヤバい。
また泣き落としだ。
「あー、もうわかった。わかったから、早く行ってらっしゃい」
そそくさと部屋に避難し、ドアを閉める。
閉めた後も、向こう側から、
「約束してよー」
と念押し。
「はいはい!」
そう答えてからベッドに横になった。
しばらくは携帯でゲームをして時間をつぶしていたけれど、どうにもこうにも退屈になった私は、プールに出かけることに。
水着を部屋で着て、ワンピースをはおる。
部屋の鍵と日焼け止め、そしてタオルだけ持っていざプールへ。
思った以上に小さなプールは、さらに思った以上に深かった。
はしっこでさえ、なんとか肩がでる程度。
中央付近は立つことができないくらい。
数組の西洋人の中年夫婦が水の中にいた。
「へぇ・・・」
彼らは、長年夫婦であるにもかかわらず、まるで新婚のように抱き合ったりはしゃいだりしている。
時折、どちらからともなくキスをしていて、目のやり場に困った。
なんだか、ソムチャイが風邪で苦しんでいるのにプールなんかで泳いでいていいのかな。
胸にあるお守りが、水の中でゆらめいている。
金色の大仏が、ソムチャイと行ったビッグブッダを思い出させた。
「私も、なにかプレゼントしよう」
突然頭のなかにその考えが浮かんだ。
そして、それは考えるほどにすばらしいアイデアのように思えてきた。
いそいで着替えをすると、外の街へ。
「うわ・・・」
思わず声が出るくらい暑い。
繁華街の道まで来ると、左右を見渡す。
さて、どっちに歩こう・・・。
どっちにもそれなりにお店はあるみたいだけど。
あれ?
ふと、右側に見覚えのある人がこっちに向かって歩いてきたのが見えた。
「渡辺社長!」
声をかけると、渡辺社長は、
「おお、実羽ちゃん」
と相好をくずした。
「暑いですねー」
「ほんとだねぇ。今日は特に暑いね」
まるで近所の主婦が交わしているような会話。
「どうしたんですか、今日は」
渡辺社長が立ち止ったのでそう尋ねた。
「もうひとつの会社に移動中。やっぱバイクを使えば良かったよ。実羽ちゃんは?」
「ちょっとウィンドウショッピングでも、って」
声には出さずに、ほう、という口をした渡辺社長が急にマジメな顔をする。
「このあたりはぼったくりが多いから、きちんと値段交渉するんだよ。だいたい、最初に言った値段の半分にはなるから」
「うわ、それ知らなかった! 聞くことができてよかったです」
半分の値段になるなんて、ぼったくりすぎ。
あぶないあぶない。
「じゃあね」
と、渡辺社長が歩き出そうとしたとき、気づいた。
「あ、あの」
「ん?」
「私がひとりで外に出てた、ってことはお姉ちゃんに内緒でお願いできますか?」
「ふふ。そういうことか。実羽ちゃんもやるねぇ」
急に渡辺社長がニヤッとニヒルな顔をした。
「は?」
「いや、理由は言わなくていいよ。大丈夫、おじさんこう見えて口がかたいから」
「あ、あの…なにか勘違いしてません?」
人差し指を手にあててウィンクをしてくる渡辺社長。
「言わなくていい。僕だってマジメとは言えないからね。気をつけていっておいで」
「あのー?」
そう言ったが、もう手を軽くあげて、笑い声を出しながら歩いて行ってしまった。
なんなの、もう。
後姿をしばらく見ていたが、仕方なく私は歩き出した。
たくさんの外国人が歩いている。
やっぱり身長が高い=足も長い、のか、どんどん追い越されていく。
必死で歩いてみると、すぐに汗だくになってしまった。
この島、大好きだけどいくらなんでも暑すぎ。
住んでる人は、だんだん暑さを感じないようになってるのかな。
店をのぞいてはみるけど、観光客のおみやげ屋ばかりなので、日本に持って帰るにはいいけど、タイの人にあげても・・・と思うようなものばかりだった。
たった5分歩いただけで、もうすでに後悔しはじめた私の気持ちはすでに、ホテルに向いている。
夜、お姉ちゃんと一緒に出直す?
いや、それはまずい。
ソムチャイにプレゼントする、なんて変に勘ぐられてしまうにきまってる。
「困ったな」
視線をあげた私の目に、またしても見知った顔が。
「由衣さん!」
ちょうど真正面に由衣さんが立っていたのだ。
由衣さんはギョッとしたような顔を一瞬してから、
「ああ、なんや、実羽ちゃんかいな」
と大声で驚きを表現した。
それにしても、数少ない知り合いによく会うなぁ。
狭い島だけど、そこまでじゃないだろうに。
「こんにちは」
声をかけて近づく。
「どうしたんや、こんなとこで」
「ちょっと買い物です」
「なに買うん?」
「えっと・・・」
そう考えてから、ふと思いついた。
「お姉ちゃんにプレゼントなんです。だから、お姉ちゃんには内緒でお願いします」
このほうが、説明がめんどくさくなくていい。