疲れ果てて、もう走ることもできない。

息苦しさが増す分、周りの景色も暗くなってゆく。

ふと、先に重厚な自動扉が見えた。

その向こうが明るく光っている。

そこに行けば、誰かがいるような気がして、和田は力をふりしぼり必死で走った。


自動扉が開き、中に入る。

「すみません。誰かいますか?」
そう言った瞬間、まぶしく輝いていた部屋の明かりが、急に消えた。

代わりに、薄暗く青い光が部屋を照らす。

同時に、後ろで自動ドアが閉まった。

「ひっ」
振り返り、扉を開けようとするが、びくともしない。
「ウソ・・・誰か、誰かぁ!」
扉を叩いて助けを呼ぶが、誰もこない。


おそるおそる振り返り、部屋を観察する。

薬品の匂いが充満している。

ステンレス製だろうか、ベッドが部屋の中央にいくつも並び、サイドテーブルには手術に使うような器具が並んでいる。

奥にはロッカーのようなものがいくつも見えた。


「ここって・・・検視するところ・・・?」

ドラマとかでよくやっている、死因を探るために死体を解剖する部屋。

奥のロッカーには・・・ひょっとして死体が眠っている・・・?

目をこらして、もう一度見渡すと、ベッドのひとつに誰かが横になっている。

「やだ・・・なんで・・・」

ベッドに横たわった黒い影が、ゆっくりとその体を起こした。

青い光に照らされたその顔を、和田は知っている。


「ま・・・まも・・・るくん・・・?」

その言葉に、守は口を開いて笑った。


「和田先生、会いに来たよ」

和田は悲鳴をあげると、その場に崩れ落ち気を失った。






「・・・」

目を覚ました時、和田は見たこともない天井にまず戸惑った。

青い光に照らされた部屋。

背中の冷たい感触。

手に触れる金属の冷たさ。


・・・そっか、気を失ったのか・・・。

と、同時にさっきのことが思い出される。


あれは・・・夢?


首を動かして周りを見た。

起き上がろうとして和田は気づく。

手も、足も、首から下は意思に反して1ミリも動かなかった。

なぜか服が脱がされている。

下着で横になっているようだった。

突然、視界が翳り、その顔が和田を覗きこんだ。

青白くやせた顔。

「守君っ!」


守は、不思議そうな顔をして和田を見る。

「先生、こんにちは。みなさん、こんにちは」

朝の挨拶で1年の時だけ言っていた言葉・・・。

さすがに今はやらせていない。


「どうして、ねぇ、守君。どうしてなの!?」
守は死んだ、という概念を忘れて和田は叫んだ。


「ここね」
そう言って守は、指でベッドを指す。
「ここ、僕が解剖されたとこなの」

無邪気に笑う。
「・・・あ、あああああああ!」
和田は叫んだ。

叫ばないと、理性を保てない。


「先生。これから、僕と同じように解剖するの。僕がされたみたいに、体を切って調べるの」


「や、やめて!お願い、なんでもするからっ・・・だからっ」

「先生」
守が笑う。
「ウソつき先生。僕、何度も助けて、って言った」
そう言いながら、守はサイドテーブルからメスを手に取った。

青い光に照らされて、メスが光る。

見開かれる和田の目。

「ごめんなさい、ごめんなさい!私が悪かった。だから許して、許してください!」

涙が幾線にも頬を流れ落ちる。

「守君、お願いします・・・。許してください・・・」
声が震えている。
守がベッドにいつのまにか登り、和田の上にしゃがみこむ。

「ウソつき先生。僕ね、ここで体を開かれたの。体を切られて、いっぱいいっぱい痛かったの」

腐敗臭のような匂いが和田の鼻に届く。

守がメスを和田のお腹に当てた。

冷たい感触が駆け抜ける。


「や・・・やめ・・・」
もう言葉にならない。

守はバターをすくうようにメスを動かす。

「ぎゃ・・・」

抵抗なくメスが体に入り、深い傷口をつけたそれが赤く染まって体から出る。

「いや・・・いやぁぁぁぁぁ!」

激痛が和田を襲い、血が噴き出した。
「キャハハハ。いっぱい血がでてる」
守が無邪気な声をあげる。

「痛い痛い!誰か、誰か助けて!誰か!!!」

「痛い痛い、だって。キャハハ、ウソつき先生」
守の顔が和田の耳元に近づく。
「先生、死んじゃうんだ?」


今度はメスを両手で握り、大きく振りかぶると垂直にお腹に突き立てた。

「ぎゃあああああ!」

生ぬるい血が噴水のように体を濡らす。

その温度とは逆に、どんどん体温が下がってゆくのが分かった。

楽しそうな顔をして、守は何度もメスを突き刺す。

そのたびに耐えがたい激痛が和田を襲った。
「うがっ・・・ご・・・」

口からも血があふれだす。


守は、さっきよりも大きいナタのようなものを取り出すと、それを構えた。


涙でゆがんだ視界で和田は、自分の最期を悟った。

もう、痛みも感じない。


守は両手でナタを振りあげると、少年の笑顔で和田を見て言った。

「先生、さようなら。みなさん、さようなら」



___鈍い音が、部屋に響き渡った。