きみと繰り返す、あの夏の世界



そんな感じで、ワイワイしながらスタートしたプール清掃。

日差しはきついけど、素足に触れる水が気持ちいい。

プール自体は5月に水泳部員によって一度掃除されたようで、そこまで汚れてはいなかった。

少しぬるぬるしているプールの底部分をブラシで一生懸命磨いていたら。


「うわ、うわわわわっ」


焦る様な赤名君の声が聞こえて、何事かと顔を上げた直後。


「いったたたたたたた……」


滑ってしまったのか、赤名君は膝をついてお尻をさすっていた。

床には勢いよく水の出ているホースが投げ出されていて。


「赤名君、大丈夫?」


声をかけ、ホースを手にした時だった。


「あーかーなー」


藍君の恨みがましい低い声が聞こえて、彼の方を見れば。


「なにやってくれてんだお前」


ホースの水がかかったんだろう。

びしょ濡れの藍君が、赤名君を睨んでいた。




「ごごごご、ごめんっ! でもほら、これは不可抗力で……」


謝る赤名君だったけど、藍君は気がすまないのか「うるさい」と言い放ってから、私が手にしたホースを奪い取る。

そして、仕返しと言わんばかりに。


「ぎゃあああ、つめっ、冷たいっ!」


ホースの先を潰し、勢い付いた水を赤名君にぶっかけた。

藍君の比じゃないくらいにずぶ濡れになった赤名君。


けれど──


「冷たいけど、これはこれで気持ちいいや」


どうやら楽しんでいるらしい。

赤名君のポジティブさに藍君の怒りも消えてしまったらしく。


「アホらし」


そう言うと、ホースを私の手に戻し掃除へと戻った。




全身びしょ濡れの赤名君が会長に声をかける。


「会長も水浴びどうですかー?」


その誘いに、プールの壁を磨いていた会長が首を横に振った。


「そんなことをしたら水も滴るなんとやらになって、真奈ちゃんと副会長で俺の取り合いになるだろう」


至って真面目な顔で言ってのける。

会長の言葉に三重野先輩が眉を吊り上げた。


「バッカじゃないの? 絶対ないから安心してちょうだい」


そして、三重野先輩は続けて、遊んでないでしっかり掃除してと私たちに渇を入れる。

と、とりあえずホースは私が使っていいのかな?

そう思って移動しようとした瞬間。


──ツルッ。


私の足が床を滑る。

グラリと見える景色が方向を変え……


どこかで、この感覚を味わったことがあると感じた。




いつ?


どこで──


「危ないっ」


水樹先輩の声に、私の意識がハッと我に返る。

直後、私の体は水樹先輩に抱き止められていた。


ほとんど倒れている体。

座りながら私を抱き止めている水樹先輩の姿に、滑って転んでしまったんだと理解した。

そして、この体勢からして、もう少し助けてもらうのが遅かったら、私は頭を強打していたかもしれないと悟る。


「あ……ありがとうございます、せんぱ──」


先輩。

続けるはずの言葉は、最後まで発せられなかった。


だって。


「良かった……」


水樹先輩が


泣きそうだったから。




「先輩……?」

「……は……かと思った……」

「え?」


よく聞き取れなくて聞き返すと、先輩は唇を噛んでから……


ふっ……と、肩の力を抜いて、微笑んだ。


「良かった。無事で」


そう言って、私を支えて起こす。

そこにいるのは、いつもの柔らかい雰囲気を纏った水樹先輩だった。


私が再び感謝を伝えると、会長たちが駆けつけて。


水樹先輩の様子が少し気になったけど……


結局、私は何も聞けないまま、また掃除を再開した。















プール掃除の翌日。

若干、筋肉痛に悩まされてはいるけど、生徒会室の光景はいつもと変わらない。


黙っていれば最強イケメンの会長は、私と水樹先輩が作った議案書のチェックをしている。

三重野先輩は文化祭実行委員との連携について考えいている最中らしい。

赤名君と藍君は、会計の仕事がひと段落ついてるのか、のんびりと会話しているようだ。

そして、私と水樹先輩は……


「学園名はこのあたりにしますか?」

「うん。いいかもね」


パソコンを画面を見ながら、文化祭ポスターのレイアウトに取り掛かっていた。

ポスターのイラストは4月のうちに募集をかけていて、夏休み前にはすでには決定している。

そのイラストの雰囲気に合わせ、学園の名前や開催日の情報等をどこに入れるか、私たちでレイアウトを考えるのだ。


「あ、でも色は変えた方がいいかな」


……こんなやり取り、あった気がする。




頻繁に感じる既視感。

けれど、それを感じるたびに振り回されるのも疲れるので、この前みたいに迷惑をかけそうな事以外は気にしないようにする。


「何色がいいですかね」

「そうだなぁ……」


呟きながら、色のリストを見る水樹先輩。

穏やかなその表情に、ふと昨日のことを思い出す。


どうしてあんな泣きそうな顔をしていたのか。

あの時、先輩は何を言っていたのか。


確かめたいけれど、聞いてはいけない気がして。


「水色の文字を白色で囲もうか」

「はい」


私は普段どおりに水樹先輩と接し、平穏な日常を過ごしていた。





レイアウトも無事に決まり、陽が高くなり始めた頃。

水樹先輩が「あ」と声を出した。


「どうしたんですか?」

「うん。飲み物なくなりそう」


水樹先輩の手にしたペットボトルを見れば、確かにあと何口分も残ってない。

ふと気づけば、私の持参した水筒も軽くなっていた。


「良かったら私のを買うついでに水樹先輩のも買ってきましょうか?」

「それなら俺も一緒に──」

「あ、じゃあ僕のもお願いしまーす」


私たちの会話を聞いていたのか、水樹先輩の声をさえぎる様に赤名君が手を上げる。

続いて、赤名君の隣に座る藍君も「俺のもよろしく」と乗っかった。

すると、突然会長が立ち上がる。




「俺の真奈ちゃんをパシるとはいい度胸だ赤名に玉ちゃん」

「勝手に玉ちゃんとかあだ名つけんのやめてください」


藍君がちょっとだけ眉間にしわを寄せて嫌がるけど、会長はスルーした。


「というわけで、ここは水樹に頼もう。俺は炭酸系で!」

「いいけど、100回振ってから渡すよ?」


さりげなく自分の分も頼む会長に、水樹先輩が笑顔で応戦。

会長はこの世のものとは思えないものを見るような顔をする。


「恐ろしい子っ!」


そして、咳払いをひとつすると。


「じゃ、誰がパシリになるかあっちむいてほいで勝負だ」


あっちむいてほい勝負を提案してきた。