きみと繰り返す、あの夏の世界



私が胸に小さな感動を感じていると、会長が声を発する。


「にしても、着いたらとんでもない状況で寿命が縮むかと思った。ていうか縮んだかも」

「会長しぶとそうなんで、縮むくらいで丁度いいっスよ」

「玉ちゃんドイヒー。つか、水樹お前なんなの」


藍君に軽く文句を言ってから、突然水樹先輩をジトッと睨む会長。


「んー? 何が?」


水樹先輩が相変わらず仰向けに寝転んだままで言葉を返すと、会長は顎をくいっと動かして。


「その手」


と、視線をよこす。

その視線の先にあるのは──


「あっ」


多分、ずっとそうだったのだろう。

安堵しすぎて気にも留めていなかったから、今の今まで気付かなかった。


私の手と、水樹先輩の手が繋がれたままなのを。




「ごご、ごめんなさいっ」


恥ずかしさで急激に顔が火照り、急いで手を離そうとしたら。


「ダメ」


水樹先輩に強く握られ離せなくなる。


「や、でも……」


みんな見てるんですけどと抗議したかったけど、それは憚られた。

だって、水樹先輩が甘えるように「もう少しだけ、このままでいて」なんて言うから。


「す……少しだけですよ?」


答えると、水樹先輩は目を細めて喜んでくれる。

会長が「終わったー。俺の初恋がー」とかなんとか言って、むせび泣き始める中……


「ね、真奈ちゃん」


私を呼ぶ、水樹先輩の穏やかな声。


何ですかと返事をすると──


「やっと、君のいる夏になった」


君がいた夏をようやく越えられた。


柔らかな夕日の光に照らされて。

水樹先輩は私を愛おしむように見つめながら微笑んだ。


















9月中旬。

あれから私は──


「ということで、来月の生徒会選挙後の引継ぎ式用に、各自1分程度のスピーチを用意しておいてくれ」


今日も生徒会室に通い、何事もなく平和な毎日を過ごしている。

神隠しに遭うんじゃないかと危惧していた水樹先輩も……


「ってコラ水樹ー。舟こいでる場合じゃないぞ。お前のスピーチが一番心配」


こうして会長に突っ込まれつつ、今日もマイペースに過ごしている。

眠そうにしながら適当に頷く水樹先輩に、私は苦笑いしながら夏休み最後の日のことを思い出していた。




私が助かって、水樹先輩と新しい夏を迎えられた後、水樹先輩は感謝の気持ちと自分が同じ夏を繰り返していた事を生徒会のみんなに打ち明けた。

私の死のスパイラルを止めたかった事、止められなかった事、自分が原因であるならば隠される事さえ望んでいた事。

多分水樹先輩は、話せるだけのことは全てを話したんだと思う。

そして私も、一度だけ繰り返していた事を告げると、みんなは更に驚愕していた。

あ、でも、藍君には水樹先輩のことを仄めかしていたせいか、彼は割りと早く納得してくれたっけ。

その後、みんなで色々と話し……


神隠しは時間を繰り返すことによる影響なのだろう。

私たちはそう結論付け……


そのきっかけとなっているであろう屋上を


封鎖した。


先生たちには、フェンスの老朽化が原因で私が落下しそうになったのは話してある。

なので、封鎖することに関してはまったく問題なく許可が出た。

これにより、2学期早々屋上は関係者以外立ち入り禁止となり、現在はフェンスを修理する業者のみが出入りしている。




「真奈ちゃん」


水樹先輩に呼ばれ、私は学園の掲示板に貼り付ける生徒会新聞を数枚手にしながら顔を上げた。


「それ、貼りに行く?」

「はい」

「なら、一緒に行こう」


柔らかな微笑みと共に誘われて、私は快く頷き席を立つ。

そして、会長に新聞を貼りに行く旨を伝え、生徒会室を出た。


手にしたこの生徒会新聞は、私たち書記が製作する最後の新聞だ。

新聞に掲載されている内容の中には、屋上封鎖に関する記事もある。

もちろん、神隠しに触れるようなことは書いていない。

老朽化を原因として、修復後も事故防止の為に立ち入り禁止としている。


「……これで、神隠しはなくなりますね」


校内の掲示板に新聞を貼る水樹先輩に声を掛けると、先輩は最後の画鋲を押し込んでから私を振り返った。


「もしかして、まだ俺の事心配してる?」


問われて、私は「少しだけ」と苦笑する。




水樹先輩にその気がないなら平気だと思ってはいても、まだ不安になるのだ。

明日いなくなったら?

水樹先輩の意図とは関係なしに、隠されてしまったら?

そんな不安が、私の中で時々浮かんでは消えていく。


「大丈夫。偽者だってもう見てないだろ?」


──偽者。

それは、私が見ていた水樹先輩の幻だ。

屋上での事故の後に水樹先輩に確認したら、水樹先輩はあの日、全く違う場所にいたらしい。


きっと幻だったんだろうと水樹先輩は話した。

繰り返しすぎて、いつかの夏にいた水樹先輩の姿を幻のように捉えたのかもしれない、と。


中庭の掲示板を目指し歩きながら会話を思い出ていたら、ふと疑問が過ぎる。


「でも、どうして私だけ見えたんだろう」


口にした私に、隣を歩く水樹先輩がニッコリ笑んで。




「それは、愛じゃない?」

「あ、愛っ!?」

「あれ? 違うの?」

「ち、違わなくは……」


ないけどっ。

でも、ここで頷くのは凄く恥ずかしい。

そもそも、私たちは想いをちゃんと伝え合ってはいないし……

色々あったし、水樹先輩の気持はなんとなくはわかってるんだけど、私はまだしっかり伝えてなかったというか……


しどろもどろになっていると、先輩が楽しそうに私を見ていて。


「ごめん。俺、ずるいよね」


謝りながら、でもちょっぴり面白そうにしている気がするのは気のせいだろうか。




それから、中庭の掲示板にも新聞を貼り終わると、水樹先輩はちょっと付き合ってと言って、私を裏庭に誘った。

9月も半ばに入り、真夏よりは多少和らいだとはいえ、空気はまだ少し夏の熱気を含んでいる。


照りつける太陽から逃げるように木陰に入った私は、青空を背負った屋上を見上げた。


壊れたフェンスはすでに撤去され、今はそこだけ何もない状態だ。

多分、屋上に上がれば落下防止の対策はあるんだろうけど、ここからは何も見えない。

水樹先輩は芝生の上に立ち、その何もない部分を眩しそうに見ていた。


以前ここに来た時の、ぼんやりとした屋上を見つめていた水樹先輩の姿とは重ならない。


ふと、先輩が「一番最初の夏はね」と懐かしむように話し始めたかと思えば。


「真奈ちゃんが俺に告白してくれたんだ」

「えっ!?」


動揺せずにはいられない言葉を発した。

だけど、水樹先輩はそんな私に構わずに続ける。




「でも、その直後、俺の返事に安心した君がフェンスに寄りかかって事故に遭った」


声色に悲しみを乗せて。


「助ける間もなくて、俺は動かない君を狂いそうになりながら見下ろしてた」


瞳に痛みを滲ませて。


「そこからの記憶は曖昧で、気付いたら……」

「戻ったんですね」


私の声に頷く水樹先輩。


「前にも言ったけど、最初は夢だと思ってた。でも、君を失う度に記憶は鮮明に残るようになった」


そこからは、水樹先輩は私を助けることに必死になったと話してくれた。


「みんながいて君がいる居心地のいい夏の先を、君が生きている夏の先をずっと望んでたんだよ」


そう言いながら、水樹は優しく瞳を細め私を見つめた。


「きっと、先輩は諦めてなかったんですよ」

「諦めてたよ」


前にも言っただろと苦笑いする水樹先輩に、私は頭を振る。