「じゃあ、どうして水樹先輩はかまうななんて……嫌いになれだなんて言ったんですか?」
疑問をぶつけると、会長はほんの少しだけ考えるように私から視線を逸らす。
そして、再びその視線が私へと戻れば。
「だからきっと、何か理由があるはずなんだ」
口元に笑みを浮かべ、頷く会長。
そうだった。
会長はいつも、真っ直ぐ誰かを信じれる人で。
今の私には、そんな会長の心根がとても眩しい。
「……会長は、水樹先輩を信じてるんですね」
呟いて足元に視線を落とす。
「真奈ちゃんは? 信じてないの?」
「私は……よく、わからなくなってきてるかも……」
水樹先輩の事は信じたい。
でも、今日は子猫たちの事があって、そのあとに拒絶されて。
ショックが大きすぎるせいか、心が目隠しされてるみたいに、水樹先輩のことがわからなくなってる。
自分の心をしっかりと立たせようと努力するのが精一杯だ。
私にも会長のような強さがあったら。
願って、視線を上げた時。
「でも、好きなんだ?」
「えっ」
「水樹のこと、そんなに悩むくらいに好きなんだよね」
急に気持ちを言い当てられて、私は動揺して口をパクパク動かしてしまう。
そんな私の姿に、会長は小さく吹き出して「隠せてないぞー」と笑った。
「……そんなに、わかりやすいですか?」
観念して肯定すると、会長が瞳を細める。
「かもね。あとは、俺だからってのもあるかも。ほら、俺は真奈ちゃんラブだから」
冗談めかして笑みを深める会長。
その姿に、心にかかっていた濃い霧が、僅かに晴れたような気がする。
「会長は人を励ますのが上手ですよね。赤名君を変えたのも会長だって聞きました。凄いです」
素直に口にすれば、会長は「そう?」と視線を私から外して陽の傾き始めた空を眺めた。
緩く吹く風に乗って、雲がゆったりと流れていく。
駅の方から、電車の到着を知らせるアナウンスがかすかに聞こえて。
それと重なるように、会長の声が耳に届く。
「それなら、そんな俺に変えた真奈ちゃんはもっと凄い人だね」
──え?
今の会長に変えたのが……
「私、ですか?」
全く身に覚えがなくて首を傾けると、会長は眉を寄せて微笑む。
「真奈ちゃんは多分、覚えてないと思うけどね。確かに、君が俺を変えたんだ」
つまらないかもしれないけど、聞く?
尋ねられて私は。
「良かったら、聞かせてください」
夕焼け色に着替え始めた空の下で、頷いた。
「もうそろそろ10年になるかな」
会長は、幼児用に作られたブランコを見て、懐かしそうに目を細める。
「俺さ、小さい頃からずっと太ってたんだ」
それは、意外な告白。
今の会長は顔だけでなくスタイルも抜群だ。
故に、過去の会長が太っていたなんて想像もできなかった。
「で、そのせいでみーんなからからかわれて、苛められてた」
「ひどい。どんな理由があっても、いじめは良くないのに」
そう言うと、会長は何故かおかしそうに肩を揺らして小さく笑った。
「私、おかしいこと言いました?」
「ううん。そうじゃないけど、変わらないなって思ったから」
「え?」
瞬きをして、会長の言葉の意味を探す。
けれど、それを見つける前に、会長が教えてくれた。
実は、会長の地元はこの辺りではないらしい。
中学3年生の時に、ご両親の都合で引っ越すことになったらしく、進学先を瑚玉学園にしたのだそう。
それまではずっと他県に住んでいたそうだ。
その県は、私の母方の祖父母の家がある。
パッと思い出し、私がその事を口にすると、会長は「知ってる」と言った。
不思議に思うも、きっとそれも繋がるのかなと考え、私は口をつぐむ。
「小学校に上がってからかな。太ってるからっていじめられるようになったのは」
幼い子供だからこその言葉の暴力。
ストレートな言葉によるいじめは、2年生になると悪化。
石を投げられたりするようになったのだと、会長は苦笑いしながら話した。
「石って、怪我しちゃうじゃないですか!」
「したねー。まあ幸い大した怪我じゃなかったけど」
……普通に話してるけど、きっと当時の会長にとっては辛い経験だったはず。
その心の痛みを想像すると、胸が締め付けられた。
「で、忘れもしない小2の夏休みだよ!」
突然声を張った会長。
私は少し驚いて体を一瞬震わせてしまったけど、会長はおかまいなしに話を続ける。
夏休みの午後。
公園に虫取りに出かけた会長は、そこでいじめっこたちと鉢合わせしてしまった。
当然、いじめられると思った会長は、別の場所を探そうとしたけれど、それよりも早くいじめっこたちに捕まってしまったらしい。
言葉のいじめに加え、虫取り網の棒でつつかれ、叩かれ。
デブは走れ、痩せろと追い掛け回されていたその時──
「真奈ちゃんが現れて、俺といじめっ子の間に入ったんだ」
「私ですかっ?」
「そうだよ。"いじめはダメだよ!"ってね」
両手を広げた君の背中、かっこよかったなー。
そう言って、会長はニコニコしながら私を見つめる。
私と会長、そんな前に出会ってたのか。
確かに、母方の祖父母の家には1年に1度、遊びに行っていた。
今は夏ではなく、お正月に挨拶に行ってるんだけど。
でも、私ときたら、ここまで聞いても思い出せなくて。
「すみません……私、全く記憶になくて……」
本当に私ですか? と尋ねると、会長は首を縦に振った。
どうやら、当時の私はいじめっ子たちに「女がでしゃばるなー」と言われても「男のくせに卑怯だよ」等と反論・反撃したらしい。
で、騒いでるうちに大人がやってきて、いじめっ子は逃げたのだと会長が誇らしげに話す。
その後、会長は私にお礼を言って私と一緒に遊んだのだとか。
「俺、記憶力はいい方でね。感動したからってのもあると思うけど、遊んだ時に聞いた"もちづきまな"って名前は、君が帰ってしまってからもずっと覚えてた」
その後、私たちは出会うことはなかったけど、会長は決心したらしい。
「真奈ちゃんに見合う自分になろうって。変わろうって決めた」
それから、会長は必死にダイエットに励んだという。
すると、次第にいじめも減っていき、中学に入学するとモテ期に突入。
「あ! でも、俺はその頃も真奈ちゃん一筋だったから浮気はしてないよ」
安心してねとウインクされる私。
「というか、浮気も何も、そもそもが付き合ってないじゃ──」
「それでだ!」
あ。無理矢理スルーした。
「俺の愛が君を呼び寄せたのか、学園に入学して1年後! 真奈ちゃんが入学してきた! これを運命と言わずしてなんと言う!」
「偶然?」
つい突っ込んだけど、会長は聞いていない。
「だけど、運命だと押し付けるのもよくないだろ? だから、俺たちの出会いは俺の胸に秘めておこうと決めたんだ」
そう言うと、何か思い出したのか、眉根を寄せた会長。