きみと繰り返す、あの夏の世界



走り去る車を、私たちはやりきれない気持ちで見送って……

三重野先輩が、弱々しい声で「学園に戻りましょう」と促す。

その声に会長が頷いて。


「行こう」


そう言って歩き出したのだけど。

私は、水樹先輩だけ動かないのに気付いて。


「水樹先輩……」


車が去っていた方角を見つめたままの水樹先輩にそっと声をかけた。

みんなも気付き、足を止めて振り返る。

すると……


「やっぱり、ダメなんだ」


水樹先輩が、沈んだ声で呟いた。


何がダメなのか。

私たちは言葉の意味を探して水樹先輩を見ていた。

会長も僅かに首を傾げて。


「水樹?」


名前を呼んだけど、聞こえていないのか、水樹先輩は独り言のように唇を動かす。




「どうしたって変えられない。命の終わりからは逃げられないんだ」


そして、水樹先輩の憂うような視線が。


「……このままだと、また俺は……」


私に注がれ、揺れた。


これに似た瞳を、前にも見た。


プール清掃で、滑ってしまい助けてもらった時だ。

あの泣きそうな水樹先輩と、今の先輩は、とても似ている。


なんて声をかけたらいいのかわからなくて、ただ、水樹先輩の視線を受け止めていたら。


「ほら、行こう」


会長が水樹先輩の横に並び、背中を優しく叩いて歩くことを促した。

水樹先輩は頷きはしなかったけど、足を前に出して歩き始める。



学園への帰り道。



みんなの口数は少なく。



いつもはうるさい蝉の声も、どこか遠くに聞こえていた。
















窓の外には、綿菓子のような入道雲。

時刻は午後の3時を過ぎたけれど、空の色はまだ青い。

私は、その景色を一瞥し、カラカラと控えめな音を立てて生徒会室の扉を閉める。


──あれから、学園に戻った私たちは、何も手につかないまま解散となった。

私だけなかなか腰を上げられず、先に帰っていくみんなの背を見送ったけど、誰もが元気のないもので。


そして、誰よりも落ち込んでいるように見えたのは水樹先輩。

……ううん。ちょっと違うかも。

落ち込んでるっていうよりも、ずっと難しい顔をしていた。

帰る時も、みんなに挨拶もせず生徒会室を出て行ったのを思い出す。


そういえば、体育館裏にあるヤキソバたちの物はそのままでいいのかな?

個人的には寂しいし、しばらくは片付けたくない気持ちが強い。

でも、先生たちは片付けるように言いそうだなぁ……




そんな風に考えていたら、自然と足が体育館裏へと向かってしまう。


もういないのだということは理解しているけど、何かを求めるように私の足は動いていた。


そして、辿りついたその場所には──


「あ……」


もう帰ったとばかり思っていた、水樹先輩の姿。

先輩はコンクリートの石段に座り、子猫たちに用意したスノコや、餌が入ったままのお皿を悲しそうに見つめている。


「水樹先輩」


私は遠慮がちに声をかけた。

けれど聞こえなかったのか、水樹先輩から返事はなく視線も動かない。

だから私は、もう一度声をかけようと唇を開いたのだけど……


その瞬間。


「もう、俺にかまわないで」

「……え?」


一瞬、何のことかわからずに私は聞き返してしまう。




それは、誰に投げかけられた言葉?


混乱する頭。

問いかける言葉も見つからず、ただ立ち尽くしていたら。


「ごめん。真奈ちゃん」


水樹先輩は、確かに私の名前を呼んで謝罪を口にし……


「俺はもう、君と関わりたくないんだ」


信じられないような言葉を続けた。


よく、わからない。

これは夢?


……違うよ。

夢じゃない。


だって、私の肌にまとわりつく夏の熱気も、風がそよぐ音も、何より……


暴れるように打っている心臓の鼓動が、すごくリアルだ。




「きゅ──」


動揺に言葉が詰まる。


それでもなんとか搾り出すようにして声を出して。


「急に、どうして?」


問いかければ、水樹先輩は私を見ないまま固い声で「子猫たちが死んだから、ダメなんだ」と言った。

その答えでは益々理解できなくて。


「い、意味がわかりません。もっとちゃんと教えてください。じゃないと、どんどん先輩のことがわからなくなって──」

「必要ないんだ」


水樹先輩の少し強い声が、私の言葉を遮る。

そして、ようやくその瞳が私の姿を捉えてくれたかと思えば。


「君は俺のことを気にしなくていい。理解もいらない」


厳しく冷たい声で。


「できれば、今すぐ俺を嫌いになって」


私を、突き放した。




強い……強すぎる拒絶に、ドクンと心臓が嫌な音を立てる。


「わ…たし……何かしました?」

「…………」


水樹先輩は何も答えない。

ただ、私を見つめたまま、ふいに吹いた風に柔らかな髪を揺らしているだけ。


理由を……せめて理由を知りたくて。


「水樹せんぱ──」


一歩、先輩に近づこうとしたけれど。


「来るな」


また拒絶されて、私は動けなくなる。


「もう、帰りなよ」


つまりそれは、ここから去れという意味だろう。


水樹先輩の瞳はもう、私を見てはいない。

その視界は再び、子猫たちの思い出がつまった物に向いていた。




私は何かをしてしまったの?


子猫が死んだからダメって、何?


水樹先輩が私を拒絶する理由がわからない。

けれど……私の気持ちを押し付けて話してもらう勇気も出なくて。


「……帰ります、ね」


また明日とも言えず、ぎこちない別れの言葉を残し、私は足を必死に動かして体育館裏から離れた。


肩に掛かる鞄が凄く重い。

いつも、こんなに重かった?

今日は何か入れたっけ?


おかしいなぁ。

何だか歩くのも辛いや。


辛いから、少し休んでいこうかな。


今なら人もいないし。


少しだけ……少しだけ、休ませて。




「……っ……」


落ち着いたらまた歩くから。


「……ふ……ぅっ……」


水樹先輩の迷惑にならないようにするから。


だから──


この胸の痛みがほんの少しでも和らぐまで



泣くことを、許してください。