私の隣に座るのは会長で、彼は足を組むと生徒会室で出すようなハッキリとした声で話す。
「とりあえず、明日の午前中に一度訪ねてみよう」
会長の提案に、水樹先輩が僅かに首を傾けて。
「いなかった場合は?」
そう問いかけた。
会長は熟考する素振りもなく唇を開く。
「用件と連絡先を書いたメモを残して、連絡を待つ。連絡がなければまた午後に行ってみよう。最低でも日曜の昼にはここを出ないとならないからな」
その言葉に私たちは小さく頷いた。
直後、赤名君が不安げに眉を寄せる。
「今更だけど、いきなり僕らが訪ねて平気ですかね?」
それは、私も不安に思っていたことだった。
いきなり訪ねるのも驚くだろうし、聞きたい内容もちょっと普通じゃないし。
相手にしてもらえない場合もあるんじゃないかって、そんな風に考えてしまう。
だけど、会長は明るい笑みを浮かべて。
「先生が"優しい子"って言ってたし、変な事しなきゃ大丈夫さ」
キッパリと言った。
まだ会った事のない人だけど、先生の言葉を信じてその人も信じる。
会長の思考はとても前向きで、ちょっと素敵。
会長が私を見て「ね?」と同意を求めるから。
「はい。きっと大丈夫です」
笑みと共に頷いてみせた。
──夕食後。
私と三重野先輩は食器を片付けていた。
「それにしても、すごく美味しかったですね」
「そうね」
今日の夕食はカレー。
買出しは会長と赤名君と水樹先輩が行ってくれて、調理はなんと藍君。
私と三重野先輩も手伝ったんだけど、藍君は自分の好みで作りたいからと、私たちにはサラダとお米の用意だけ頼んだ。
藍君の作った隠し味が決め手だというカレーはとても美味しくて、私たちは大満足。
褒めちぎる私たちに藍君はそっけない態度だったけど、私は見逃さなかった。
ちょっとだけ嬉しそうに口の端が上がったのを。
ちなみに、水樹先輩は人参が苦手らしい。
自分の分のカレーに入っていた人参をスプーンで運び、私のお皿に乗せてこう言った。
「栄養満点だからあげる」
ニコニコ笑顔の水樹先輩に、私も笑顔を浮かべて。
「ありがとうございます。じゃあ私からも」
そう言いながら、人参を返した。
ごめんなさい、水樹先輩。
私も人参、苦手なんです。
その後、水樹先輩の人参は、赤名君の口の中におさめられた。
そんな光景を思い出しつつ、食器を洗いながらチラリとリビングの様子を見る。
男子は4人でソファーに座りながら雑談をしているようだ。
会長が人差し指を立てる。
「お泊り会といえば、あれだろう」
「なんスか」
興味があるのかないのか、藍君がなんとなくついているテレビを見ながら問いかけた。
すると会長がニンマリと笑って。
「告白大会だ!!」
まるで効果音でも流れるような勢いでそう言うと、ちょっとだけ迷惑そうに藍君が片眉を上げる。
「女子じゃあるまいし」
「もちろん俺が好きなのは真奈ちゃんだ」
愛してるよ真奈ちゃんと、私に手を振る会長。
これまではこの冗談を適当に流すことが出来てたんだけど、今はちょっと困る。
三重野先輩の気持ちを知ってしまったからだ。
チラリと三重野先輩を盗み見れば、先輩は無言でコップを拭いていた。
表情はいつもと同じ。
機嫌が悪いようにも良いようにも見えない。
私は曖昧な笑みを会長に返すと、水樹先輩がソファーに背中を預けながら「俺は寝るのが好き」と話す。
それに続いたのは、リモコンを操作し、チャンネルを変える藍君。
「俺はさばの味噌煮が好きっスね」
「待てこら。俺の真奈ちゃんへの想いをさばの味噌煮と同じレベルにするな」
「僕は会長を尊敬してます!!」
赤名君が瞳をキラキラさせて会長をリスペクト。
どんな場所でも変わらないみんなの姿に、私は嬉しくなる。
ずっとずっと続いて欲しい。
先輩たちが卒業しても、たまに集まってこんな風に過ごせたらいいな。
それは、ささやかな願い。
だけど……
水樹先輩に、神隠しが起こってしまったら
ささやかな幸せさえ
望めない。
蛇口を締めると同時に、私は唇を引き結んだ──。
「おはよう、愛しのマイハニー」
一晩明けて。
支度を整えた私がリビングに入ると、会長が爽やかな笑顔で挨拶をくれた。
「おはようございます」
先に部屋を出た三重野先輩はキッチンに立っている。
三重野先輩の横には藍君。
2人は簡単な朝食の準備をしてくれているようだ。
私にも出来ることはないかと、キッチンに向かう。
「私も何か手伝います」
けれど、三重野先輩は首を横に振った。
「大丈夫。それより、影沢君がまだ起きないみたいだから起こしてくれる?」
「……えっ。わ、私がですか?」
「そうよ。起こすの得意でしょう?」
や、得意というか。
確かに、屋上で眠りこける水樹先輩をよく起こしに行ってましたけど。
「早く。朝ごはんできちゃうわよ」
「わ、わかりました」
急かされて、私は2階に上がった。
そして、部屋の前に立つと。
──コンコン。
2回、ノックして。
「水樹先輩?」
声を掛けてみる。
だけど返事はない。
まだぐっすり寝てるんだろう。
私はまたノックして、今度は少し大きめに声を掛けた。
「水樹先輩、朝ですよー!」
…………。
…………。
中からは、返事はおろか物音さえもしない。
仕方ない。
いつもと違って屋上じゃないからちょっと緊張するけど、入らせてもらおう。
……そういえば。
この前、家でなんとなく見ていたサスペンスドラマでこんなシーンがあった。
お金持ちの家の奥さんが、旦那さんが仕事で部屋に篭ったままなのを思い出して。
『あなたー? そろそろ休憩したらいかが?』なんて部屋に入ったら……
そこにはおびただしい量の血を体から流した旦那さんの死体が!
いや、さすがにそんな非日常なことが水樹先輩に起こるなんてありえ──
「……なくは、ない?」
思わず声となり漏れてしまう。
ドアを開けたら死体はないかもしれない。
だけど……
水樹先輩の存在自体が、なくなっていたら?
……だ、大丈夫だよね。
だって、三重野先輩が起こしてきてって。
水樹先輩のことを話してたんだもん。
消えたりなんか……してない。
してないと願いつつ、不安になりながら私はそっとドアを開けた。
すると、そこには。