「当時、生徒たちも神隠しじゃないかと噂してたけど、なんせ存在してないからなんともなぁ」
先生が苦笑いを漏らすと、会長がスマホを取り出した。
「その男子生徒の名前と連絡先ってかわかりますか?」
「わかるけど、知ってどうするんだい?」
「直接会って、覚えてる事があれば知りたくて」
「うーん……何の為に?」
日長先生が眉をひそめて首を傾けた。
すると、赤名君が身を乗り出して。
「もちろん、学園の平和の為ですっ」
ガッツポーズと共に口にすると、先生はハハッと笑う。
「学園の平和ねぇ。まあ、彼なら優しい子だし大丈夫だろう。実家の連絡先のみになるけど、いいかな?」
「はい! ありがとうございますっ」
会長が爽やかな笑顔でお礼を告げれば、日長先生は男子生徒の名前だけ教えてくれて、あとは職員室に戻ってから調べると言って生徒会室を出た。
連絡先は会長が帰りに確認しに行くことに決まり、この日は解散となった。
陽が傾きかけた屋上は、昼間の熱を溜め込んでいるせいかムワッとしていて暑い。
そんな中、私は1人、色を変え始めた空を見上げて溜め息を吐いた。
生徒会のみんなはとっくに帰っている。
けれど私は、適当に理由をつけて学校に残っていた。
先生の話が頭の中をぐるぐると回っていて帰る気になれなかったのだ。
彼女を探していたという男子生徒の話は、気味が悪いほどに記憶にある光景と同じで不安になる。
先輩が消えて。
必死に探して。
自分の携帯からもその存在が消えかけていった。
そして……
先輩の背中を追った先が、この屋上。
私は、頭の中に残っている記憶の糸を必死に手繰り寄せる。
ここに来た時、先輩は……
そう、先輩の姿はなかった。
それから、私は……
確か、考えた。
いないはずはないって。
階段を上がる先輩の姿は見たし、その先には屋上しかないんだって……
そんな風に考えた……気がする。
その後は?
どうしたんだっけ。
先輩の姿を見つけた?
そこで目が覚めた?
何かが掴めそうで掴めないような感覚に自然と顔が強張っていく。
──不意に、力強い夏の風が吹いて。
その風の音に紛れるように……
「あぶないよ」
突然の、水樹先輩の声。
驚いて勢い良く振り返ると、水樹先輩はドアの前に立って私を見つめていた。
「水樹先輩……まだ、残ってたんですね」
てっきり私だけだと思っていたのに。
それに……今の、なんだろう。
「……今、危ないって言いました?」
何が危ないのかわからなくて聞くと、先輩は微笑む。
「そろそろ門が閉まるけど」
「わっ! もうそんな時間ですかっ」
それは確かに危ない!
警備の人もいるし閉じ込められることはないにしても、叱られるかもしれないことを考え、私は小走りで先輩の方へ向かった。
そうして、水樹先輩の横に並んでお礼を言いながら、ふと気になる。
先輩は、どうして残ってたんだろうと。
──だけど。
「一緒に帰ろうか」
そんな疑問は、先輩の提案で簡単に吹き飛んでしまった。
ただし
自分がどうなっているのかという不安は
ずっと消えないまま。
男子生徒の名前は【高杉 徹(たかすぎ とおる)】さんというらしい。
現役の学生が実家に連絡すると怪しまれるかもしれないからと、日長先生は高杉さんの実家に連絡をしてくれた。
どうやら高杉さんは現在は実家に住んでいないらしく、静岡の伊豆にいるとのこと。
しかも、連絡先が最近になってわからなくなってしまったようで、住所しかわからないと言われてしまい……
日長先生が聞き出してくれた住所の書かれたメモ用紙を見つめながら、私たちはどうしようかと悩んだ。
──その結果。
会長の「このままじゃ気持ち悪いし行ってみよう」という言葉で、なんと……
泊まりで行く事に!
みんないるとはいえ、水樹先輩とお泊りができるだなんて!
宿泊地は会長の親戚が持っているという伊豆の別荘。
生徒会のミニ合宿で借りたいと会長が連絡したら、鍵はポストに入れておくから好きに使いなさいと言われたらしい。
なんて物分りのいい親戚なんだろう。
会長のご両親も生徒会の仕事なら頑張りなさいと、疑う素振りも見せずにOKを出したと会長が話していたし、会長の家の血筋は皆大らかだなぁ。
感心している私はというと、おじいちゃんには正直に説明できなかった。
なので、三重野先輩が提案した「生徒会のスピーチ大会に参加することになった」という嘘をついてしまいました。
本当にごめんなさい、おじいちゃん。
ちなみに、どうやら水樹先輩を含めた男子たちは、友達の家に泊まると言っただけで済んだらしい。
嘘が必要だったのは、私と三重野先輩だけだった。
男の子っていいなぁ。
そして、お泊り決行の金曜日。
ヤキソバたちのお世話は日長先生にお願いし、午前中に生徒会の仕事を終えてから、制服のまま皆で移動を開始した。
ちょうどお昼の時間なので、瑚河駅に到着すると、みんなでお弁当と飲み物だけ購入する。
電車に乗り込むと、私たちは空いている席に座った。
この電車は対面式の席。
4人がけになっていて、なんとなく、男子4人で使って、私と三重野先輩が2人で座るのかな……と思ってたんだけど。
「ん……このおにぎり、なんかぼそぼそする。眠い」
ちょっと眠そうにしながらおにぎりをかじる、水樹先輩と私の書記ペアで座っていた。
もうひとつの席の窓側に座っている会長が、こっちを見ながら何か騒いでるけど、藍君と三重野先輩に静かに食べろと叱られている。
赤名君は鞄からミカンを取り出して、ニコニコしながら皮を剥こうとしていた。
ふと、先輩の視線が私の手にあるペットボトルに注がれる。
「真奈ちゃんのジュース美味しそう」
「そう思って買っちゃいました。美味しいですよ」
新作なのか、普段見たことがないフレーバーのカルピスが冷蔵の棚に並んでいたので購入したんだけど、当たりだったみたいでなかなか美味しい。
「少しもらっていい?」
「えっ……」
そ、そそそ、それって、間接キスになっちゃいますけどいいんですか先輩っ。
いや、良くないはず。
ここはマナーとして、清潔にしてから渡すべきだと思い、私はコクリと頷いて。
「じゃあ、飲み口を拭きま──」
ハンカチをポケットから出そうとしたら。
「そのままでいいよ」
水樹先輩は、私の手からジュースをひょいっと取って……
躊躇いもなく、口をつけた。
コクリコクリと、先輩の喉が動く。
そして、飲み口から唇を離すと、満足そうに笑って。
「うん、美味しい。ありがとう」
私の手に、戻した。
か、間接キスとか、気にしないタイプなんだろうか。
……ありえる。
マイペースな先輩のことだ。
飲み物だから飲んだだけ、なんだろうなぁ。
だけど、私はそんな風には思えない。
大好きな人の唇が触れた、私のカルピスちゃん。
ドキドキしながら、そっと口をつけて流し込んだ味は、ほんのりと甘いフルーツの味。
さっき飲んだ時より甘さが増した気がするのはきっと、恋する気持ちのせいだろう。
そう思い、高鳴る鼓動を感じながら、おにぎりをかじっている水樹先輩を盗み見ると。
「…っ!」
先輩はすでに、私を見ていたようで視線がぶつかる。
そして──