きみと繰り返す、あの夏の世界



淡い光を放ち連なる提灯。

歩くたびに鳴る下駄の音。

男子4人による射的大会。

くじ引きでの運試しに、金魚すくいでのテクニック披露。


ひとしきり遊んで笑って。

何か食べようかと、みんなで食べ物の屋台を探しながら歩いていたら。


「わっ」


履きなれない下駄と歩きにくい石畳に、躓いてしまった私。

躓いただけで転ばずに済んだのは……


「大丈夫?」


間一髪。

水樹先輩が、私の腕をひいてくれたからだ。


「ありがとうございます」


転びそうになってしまった注意力のなさと、意外と近い水樹先輩との距離に、私の顔が熱くなる。

そんな私たちに気付いた会長が「ああっ!」と大げさな声を上げた。




「また水樹においしいところを持っていかれたっ」


悔しそうに言うと、さめざめと泣き始める。

会長の様子に三重野先輩がイライラした様子を見せて。


「もう! メソメソしてないで! その鼻水も拭きなさいよまったく」


綺麗にアイロンがかけられたハンカチを差し出した。


「優しいな副会長。お礼に、さっきくじ引きでゲットした光るおもちゃをあげるよ」


そう言って、会長がポケットから取り出したのは小さなアヒル。

チープな作りで、紐がついてることから一応ストラップになるらしい。


「ちょっと。これさっきハズレだって言って騒いでたやつじゃない。失礼ねっ」

「まあまあ、遠慮せずに」

「いらないわよこんなのっ」


会長と三重野先輩のやり取りが楽しくて小さく笑うと、同じように水樹先輩も笑ってて。


「また転びそうになったら、遠慮なく俺に掴まって?」


言われて、私が「はい」と頷くと。

祭りの喧騒の中で聞こえた水樹先輩の声に、私は頬を赤らめた。


「2人だったら、手を繋いだんだけどな」


ああ、今日は


とても暑いです。

















相変わらず、蝉の大合唱がどこからともなく聞こえてくる月曜の午後。

夏祭りの楽しさを引きずったまま過ごしているこの日、生徒会室では。


「会長。スノコだったら、僕、高陵(こうりょう)駅で見かけましたよー。確か商店街の材木店だったかな?」

「でかした赤名! 高陵か。水樹と副会長の家の近くだな。今日、帰るついでに確認してもらっていいか?」

「うん。俺はいいよ。カルボなんか特にヘバッてるし、早めに用意してあげよう」


子猫たちの暑さ対策について話し合いをしていた。


子猫が住み着いている体育館裏は日陰も多い場所。

でも、真夏の太陽は容赦なく気温を上げていて。

さすがの子猫たちも夏バテしちゃいそうなので、どうにかできないかと水樹先輩が相談を持ちかけてきたのが今から30分ほど前。

今日の生徒会の仕事はあらかた終わって、早めに上がろうかと話していた最中だった。




それにしても……

水樹先輩と三重野先輩の2人で確認かぁ。

ちょっとだけ、三重野先輩が羨ましいと思っていたら。


「ごめんなさい。私は急ぎの用事があるから、影沢君にお願いしていい?」


三重野先輩はパスとのことで、水樹先輩のぼっち確認となってしまった。

すると、藍君が心配そう……というより、疑うような眼差しを水樹先輩に向ける。


「影沢先輩、1人でちゃんと探せます?」

「うん。材木店があるのは知らなかったけど、商店街歩いてれば見つかるでしょ」


水樹先輩の返事に会長は腕を組んで唸った。


「んーーー。水樹だけだと、ボケッとして見逃しそうな気がするなー」

「ひどいな白鳥。俺、探し物くらい出来るよ」

「いやいや。だってお前、修学旅行のスタンプラリーもスタンプのある場所を見逃しまくったじゃないか」

「五つのうち、たかが四つを見逃しただけだろ?」




た、たかがで済む確率じゃないような……

これには思わず苦笑いを浮かべていると。


「会長! 僕、水樹先輩には無理だと思います!」


赤名君がハッキリ言ってしまった。

水樹先輩は黙ったまま、満面の笑みを浮かべて赤名君を見つめる。

それに怯んだ赤名君は、会長の後ろにささっと隠れた。


「俺が行ければいいんだけど、今日は俺も外せない予定があるしなー。玉ちゃんは?」


会長が藍君に予定を尋ねると、どうやら藍君も予定があるらしく。

赤名君もこの後部活があるようで「お役に立てずすみません」と謝れば、今度はみんなの視線が私に集まった。


私の予定は特にない。

むしろ、水樹先輩と一緒にいられるなんて、なんのご褒美ですか。


私は誰に聞かれずとも、自ら挙手する。


「私で良ければお供します」


むしろ、お供させてくださいと心の中で呟いた。




「いいですか? 水樹先輩」


1人でも平気だと言ってたし、もしかしたら1人の方がいいのかなと少し思ったんだけど。


「真奈ちゃんと商店街デートかぁ。嬉しいな」


水樹先輩は、楽しそうにそう言った。

デートという単語に私の頬が熱を持つ。

会長が何かキーキー騒いでたけど、その会話もうまく入ってこないほど、私は今日もまた水樹先輩の一言に振り回されていた。


その後すぐに解散となると、三重野先輩はいそいそと鞄を手にして。


「じゃあ、また明日」


生徒会室の扉を開けると一番に出て行った。

それはどこか焦っているように見え、珍しいとみんなは顔を見合わせる。


……私以外は。


私には、覚えのある光景だった。

覚えはあるけど、思い出したのはたった今。

三重野先輩が急いで出て行く後姿が、過ぎたはずの夏の光景と重なったからだ。




確か、この翌日の三重野先輩は落ち込んでいるように見えて。

心配で声をかけたんだけど、何でもないから構わないでと冷たく言われたんだよね。

ちょっぴりショックだったから心に残ってる。


こんな風に何度も感じる、知っているようで知らない毎日。


同じことがあった気がする。

でも、全く記憶に無いこともたくさんあって。

忘れてるだけ?

勘違い?

何度もそう思いながら今日に至っている。


思えば昨日の夏祭りもそうだ。

生徒会のみんなで行った記憶はあった。
ただ、カキ氷を食べながら神隠しの話なんて一切してないし、水樹先輩にドキドキするような言葉も言われた覚えはない。

会長と三重野先輩が何やら言い合ってたのはなんとなく記憶にあるけど、いつもの事なのでそのあたりはあやふやだ。

それに、子猫に深く関わっていることもそうだけど、神隠しについて調べるとか、全く記憶にない。

ないけれど……とりあえず、噂は真実味を帯びてきた。

ということは、水樹先輩が消えてしまう可能性もあるかもしれないわけで。

じゃあ、消えてしまわないようにするには、何が必要なのか。




その時ふと、子猫の事が脳裏に浮かぶ。


行動を起こすことによって変わった未来。

具体的に何をすればいいのかはわからないけど……

記憶に残るあの夏に出来なかった何かを変えていくことによって、先輩の存在をつなぎとめる事ができとしたら?


だとしたら、子猫の時のように覚えていることに出くわしたら、とにかく行動を起こしてみるのがいいのかもしれない。


からっと晴れた空の下。

そんなことを頭の片隅で考えながら、私は水樹先輩と2人、2両編成の電車に乗り、高陵駅に降り立った。


瑚玉学園のある瑚河(こがわ)駅と高陵も含め、この辺りの駅は単線だ。

木造の小さな駅にはベンチが2つと自動販売機がひとつ。

改札で駅員さんに切符を渡して、駅から出ると、目的の木材店を探しながら商店街を歩く。


「それにしても、スノコを置いて地面との空間を作るのはいいアイデアですよね」

「そうだね。案を出してくれた玉森はカルボたちの救世主だ」


柔らかく微笑む先輩。

トクンと心臓がひとつ高鳴って、意識しないようにしていた【デート】という言葉が私の頭の中をぐるぐる回り始める。




ダメよ、私!

せっかくの先輩との時間をぎこちなくしたらもったいない。
私は変に緊張しないよう、強張りかけていた体の力を出来るだけ抜いて水樹先輩を見た。


「それなら、水樹先輩もですよ」

「俺? 俺は別に何もしてないよ」


そう言って、先輩はキョトンとしながら瞬きする。

そんな水樹先輩の姿に、私は頬を緩ませた。


「カルボたちの事を思って相談を持ちかけたじゃないですか」


確かに、藍君のアイデアは素敵だと思う。

でも、それは先輩が子猫を心配して相談をしたからこそ出たアイデアだ。


──だから。


「先輩も、立派な救世主です」


ね? と同意を求めると。


「君は、俺を気持ちよくさせてくれるのが上手いよね」


水樹先輩ははにかんだ。