「共同研究は構いません。でも、まずはシミュレーションからです!」
研究室に響いたレインの声は、いつになくきっぱりとしていた。
青白いホログラムの光をまとった銀髪の少女が、腰に手を当てて二人の発明家を見つめている。その表情には笑みが浮かんでいたが、指先を立てて注意する仕草には、有無を言わせない迫力があった。
「俺も反省してるって!」
はるたは苦笑しながら、後頭部をかいた。次元収納装置の暴走によって別世界へ飛ばされた張本人なのだから、反論できる立場ではない。
「わかってるってば〜!」
隣ではハルカも元気よく返事をしていた。こちらは反省しているというより、早く研究の続きを始めたくて仕方がないといった様子だった。
「ねぇね、もう爆発は嫌ですからね?」
のどかが頬に指を添え、柔らかな声で念を押す。
「大丈夫、大丈夫! 今度はちゃんと確認するから!」
「その言葉、何度も聞いた気がしますけど……」
のどかの視線が、姉の腕時計型デバイスへと向けられた。
そこから投影された小さなハリネズミ型AI、ヘッジも、二人の会話を聞きながら静かに頷いている。
「安全性の検証は重要です。特に今回の装置には、従来の物理法則では説明が難しい現象が関係しています」
「そういうことです」
レインが満足そうに頷くと、ハルカは両手を胸の前で握りしめた。
「じゃあ、シミュレーションしながら研究すればいいんだよね!」
「ええ。ただし、実機を動かす前には必ず確認を取ってください」
「はーい!」
その返事の早さに、はるたは思わず笑ってしまった。
だが、彼にもわかっていた。
ハルカの気持ちが。
未知の技術を前にしたときの高揚感。頭の中で無数の仮説が浮かび、それらを一つずつ確かめたくなる衝動。まだ誰も見たことのない仕組みを、自分の手で形にしていく楽しさ。
発明家にとって、それは何物にも代えがたいものだった。
そして目の前の少女は、まさしく自分と同じ種類の人間だった。
「そういえばさ、ハルカ」
「なになに?」
「今使ってる次元収納デバイスって、どんな形なんだ?」
「あっ、それならこれだよ!」
ハルカは嬉しそうに左腕を持ち上げた。
そこには、銀色を基調とした腕時計型の装置が装着されていた。中央には青く輝く宝石のような部品が埋め込まれており、周囲の金属部分には繊細な模様が刻まれている。
彼女が操作すると、装置の立体映像が空中に拡大表示された。
「これが今使ってる次元収納デバイスだよ!」
「……それで三十キロも収納できるのか?」
「うん! でも最初からこんなに小さかったわけじゃないよ!」
はるたは思わず身を乗り出した。
重量三十キロまでの物体を、時間の停止した異次元空間へ収納する装置。
その機能だけでも十分に驚異的だったが、彼が注目したのは、その小型化技術だった。
自分の試作機は、まだ実験段階にある。
異次元空間への接続と物質転送を安定して行うだけでも難しい。ましてや、それらを日常的に身につけられる大きさへ収めるには、複数の技術的課題を解決しなければならない。
「最初はこんなに大きかったんだよ!」
ハルカが指先を動かすと、ホログラムの映像が切り替わった。
現れたのは、大型の機械装置だった。
複数の円環状ユニットが重なるように配置され、その外側を頑丈な支持フレームが取り囲んでいる。中央には青白い光を放つ機構があり、周囲には制御装置や補助ユニットが接続されていた。
「おおっ! 俺のと似てるな!」
はるたの目が輝いた。
もちろん、まったく同じ設計ではない。
しかし、次元空間への接続を安定させるために複数の機構を組み合わせるという発想には、共通する部分があった。
「でしょ! ここから少しずつ改良していったの!」
ハルカは楽しそうに映像を操作した。
初期試作機の横に、現在使用している指輪状の小型デバイスが表示される。
その間には、いくつもの設計変更があったのだろう。大型の装置から、身体に装着できるほどの小さな機器へ。
ただ大きさを縮めればよいという話ではない。
各部品の機能を統合し、出力効率を高め、発熱やエネルギーの干渉を抑えながら、必要な性能を維持する。
はるたには、その作業がどれほど大変だったのか容易に想像できた。
「この中核機構を小型化するのが大変だったんだよね!」
ハルカがさらに映像を拡大した。
幾重にも重なった円環の中央に、ひときわ強い光を放つ部品が浮かび上がる。
「へぇ〜! そうだったのか!」
はるたは感心したように頷いた。
そして、心の中で小さく笑う。
(……知ってる。俺がそう設定したからな)
ハルカが次元収納技術を研究するに至った経緯も、初期試作機の構造も、小型化の過程で直面した問題も。
彼が創作の中で、何度も考え、組み立ててきたものだった。
けれど、こうして実物の設計図を見せられると、不思議な感覚になる。
自分が文字と設定で形にした技術が、目の前で立体映像として動いている。
しかも、それを説明しているのは、自分が創造した発明家本人だ。
(やっぱり、すごい世界だよな……)
思わず口元が緩んだ。
「でも、はるたの装置も面白いよ! 私とは違う構造もあるし!」
ハルカが次の映像を呼び出す。
そこには、はるたの試作機が表示されていた。
複数の円環と制御装置を組み合わせた、まだ完成していない次元収納装置。
「そうか? まだ全然完成してないけどな」
はるたは少し照れくさそうに笑った。
しかし、ハルカは首を横に振った。
「完成してるかどうかより、どう考えたかが大切だと思う!」
「……!」
はるたは彼女を見つめた。
ハルカは、拡大された設計図を指さしながら続ける。
「だって、同じ目的の装置を作ろうとしてても、使ってる技術や組み合わせ方が違うんだよ? そこには、それぞれの考え方があるってことでしょ?」
その言葉に、はるたは静かに頷いた。
確かにそうだ。
完成品だけを見れば、成功か失敗かという評価になりやすい。
しかし、発明の過程には、それだけでは測れない価値がある。
何を問題と捉え、どのような仮説を立て、なぜその構造を選んだのか。
結果として失敗した試作機であっても、そこから得られる知識は決して無駄ではない。
「……なるほどな」
はるたは腕を組み、もう一度設計図へ目を向けた。
「だったら、この制御方式を組み合わせてみるか?」
「えっ?」
ハルカの瞳が一瞬で輝いた。
はるたは自分の装置の一部分を拡大する。
そこには、重量制御モジュール、空間圧縮ユニット、次元安定化コアを組み合わせた制御構造が表示されていた。
「こっちの方式なら、各ユニットの出力を個別に調整できる。お前の小型化技術とうまく組み合わせられれば、負荷の分散に使えるかもしれない」
「……あっ!」
ハルカが声を上げた。
「それなら百キロへの拡張にも応用できるかも!」
彼女は勢いよく身を乗り出した。
「今の装置だと、容量を増やそうとすると出力が不安定になるんだよね。でも、負荷の制御を分けられたら……!」
「安定化の方法が増えるってことか」
「そうそう! それ!」
「おっ! 面白そうだな!」
「やろう、やろう!」
二人は顔を見合わせた。
新しい可能性を見つけた発明家同士の目には、同じ種類の輝きが宿っている。
研究室の中央には、二つの装置の設計図が重なるように浮かんでいた。
異なる世界で生まれた二つの技術。
それぞれの発想を比較し、組み合わせれば、これまでにない成果が得られるかもしれない。
はるたの頭の中では、すでにいくつもの設計案が浮かび始めていた。
ハルカもまた、空中に新しい図面を描き始めている。
「ここの制御を変えたらどうかな?」
「いや、それだと出力の変動が大きくなる。こっちに補助機構を入れれば……」
「なるほど! じゃあ、この部分を分離して……!」
「それいいな!」
二人の会話は、どんどん加速していった。
そのときだった。
「…………はるた?」
静かな声が響いた。
「…………ねぇね?」
二人の手が止まる。
ゆっくりと振り返ると、そこにはレインとのどかが並んで立っていた。
レインは腕を組み、にっこりと微笑んでいる。
「なにをしてるんですか?」
のどかも穏やかな表情を浮かべていたが、どこか呆れたような視線を姉へ向けていた。
「ん?」
はるたとハルカが、ほぼ同時に首を傾げる。
「次元収納デバイスの改良だけど?」
はるたが当然のように答える。
「百キロ収納を目指すんだよ!」
ハルカも元気いっぱいに拳を握った。
その瞬間。
「元の世界に帰る研究は!?」
レインの声が研究室に響き渡った。
「…………あっ」
はるたの口から、間の抜けた声が漏れた。
隣でハルカも目を丸くする。
「あっ!」
二人は顔を見合わせた。
そうだった。
自分たちが今、最優先に考えるべき問題は、次元収納装置の性能向上ではない。
はるたを元の世界へ帰す方法を見つけることだった。
「研究目的が変更されていますね」
ヘッジが冷静に指摘する。
その淡々とした声が、かえって状況のおかしさを際立たせた。
「もう……二人とも……」
のどかは片手で顔を覆い、深いため息をついた。
「いや、待ってくれ! これにはちゃんと理由があってだな……!」
はるたは慌てて弁解を始めた。
「そうそう! 次元安定化の研究は、帰還方法にも関係するかもしれないし!」
ハルカもすかさず援護する。
その主張自体は間違っていなかった。
次元収納と世界間の転移には、異なる空間への接続という共通点がある。安定化技術が帰還方法の研究に役立つ可能性は十分に考えられる。
しかし、それと百キロ収納への拡張を今すぐ進めることは別問題だ。
レインは二人を見つめたまま、微笑みを崩さなかった。
「では、その研究が帰還方法にどう役立つのか、具体的な仮説と検証計画を説明してください」
「…………」
「…………」
二人の発明家が黙り込む。
ハルカがそっと、はるたの顔を見た。
はるたもまた、ハルカへ視線を返す。
先ほどまであれほど勢いよく飛び交っていた専門用語は、どこへ消えたのだろう。
「……まずは、帰還方法の解析からだな」
「……うん。そうだね」
二人はおとなしく頷いた。
その様子に、のどかが小さく笑う。
「最初からそうしてください」
ヘッジは空中でくるりと一回転すると、解析用のホログラムを呼び出した。
「それでは、次元転移時に発生した異常エネルギーの記録から確認しましょう。両装置の構造比較は、その解析に必要な範囲で行うことを提案します」
「賛成です」
レインが頷いた。
はるたは苦笑しながら、研究室に浮かぶ二つの設計図へ目を向けた。
奇妙な状況だった。
自分が創造した世界で、自分が創造した発明家と研究をしている。
そして、自分の相棒であるAIと、創造した少女に揃って叱られている。
(……まさか、こんな日が来るとはな)
けれど、不思議と嫌な気分ではなかった。
ハルカとの研究は楽しい。
のどかの的確な指摘も、ヘッジの冷静な分析も、そしてレインの厳しさも。
すべてが、この世界に確かな意思を持った存在がいることを感じさせてくれる。
「さてと……」
はるたは袖を軽くまくり、改めてホログラムへ向き直った。
「じゃあ、まずは俺がこっちに飛ばされたときのデータを見せてくれ」
「了解です!」
ハルカが元気よく答える。
今度こそ、目的を見失わないように。
そう思ったはるただったが、隣のハルカはすでに別の設計図をちらちらと眺めていた。
そして、はるたもまた、その図面の一部分が気になって仕方がない。
「……なあ、ハルカ」
「……なに?」
「その制御回路、あとでちょっと見せてくれないか?」
「もちろん!」
「はるた?」
「ねぇね?」
二人の背後から、再び声が重なった。
「……はい」
「……はーい」
研究室に、のどかのため息が響く。
レインは額に手を当てながら、思わず苦笑した。
どうやら、二人の発明家を管理する仕事は、想像以上に大変らしい。
そして、はるたが元の世界へ帰るまで、この騒がしい研究室の日常はしばらく続くことになりそうだった。


