温かい湯気が、目の前をゆっくりと昇っていた。
「どうぞ。少し落ち着いてください」
「……ありがとう」
はるたは差し出された白いマグカップを受け取り、小さく頭を下げた。
研究室には、まだ事故の痕跡が残っている。
床には金属片や工具が散乱し、中央に設置された大型装置は一部が黒く焼け焦げていた。壁際のモニターには、異常を知らせる警告表示がいくつも残っている。
つい先ほどまで空中に存在していた巨大な黒い裂け目は、今ではほとんど閉じていた。
しかし、はるたの混乱は収まっていない。
(……いや、どうなってんだよ)
彼はマグカップに視線を落とした。
指先に伝わる温度。
コーヒーの香り。
椅子に座っている感触。
そのどれもが現実だった。
少なくとも、自分の感覚が正常である限り、今ここで起きている出来事を夢だと片付けることはできない。
「……熱いので、気をつけてくださいね」
「ああ。ありがとう」
はるたは一口飲んだ。
温かいコーヒーが喉を通り、少しだけ緊張が和らぐ。
目の前にいるのは、ピンク色の髪を持つ少女だった。
柔らかなピンクを基調とした長い髪には、オレンジと銀色が美しく混ざっている。左側には三つ編みが施され、花と黒いリボンの髪飾りが、その華やかな髪を上品にまとめていた。
澄んだ紫色の瞳。
穏やかな微笑み。
相手を急かさず、必要な距離を保ちながら接する姿勢。
(……やっぱり、のどかだよな)
はるたは心の中で呟いた。
間違えるはずがない。
その容姿も、表情も、声の抑揚も、何気ない仕草も。
すべて、自分が創り上げた人物と一致していた。
はるたは『Boundary & Mind』の登場人物たちを、単なる名前と性格だけで作ってきたわけではない。
育った環境。
考え方。
価値観。
言葉の選び方。
喜んだときの反応や、怒ったときの態度。
何を大切にし、何を嫌い、どんな状況でどう判断するのか。
それらを積み重ね、一人の人物として成立するまで細かく設定を考えてきた。
だから、目の前の少女が誰なのかは分かる。
分からないのは、なぜその人物が自分の目の前に存在しているのかということだった。
(……本当にいるんだな)
物語の中で何度も描いてきた少女が、今は自分を心配している。
自分が書いた台詞ではなく、今この状況に対して言葉を選び、行動している。
その事実は、はるたに奇妙な感覚を与えていた。
彼女は、自分の創作した人物である。
しかし同時に、この世界では自分の人生を歩んでいる一人の人間でもあるのだ。
「ねぇねぇ! もう大丈夫?」
横から元気な声が飛んできた。
オレンジ色の長い髪を左右でまとめ、歯車の形をした髪飾りをつけた少女。
彼女は、興味津々といった様子ではるたの顔を覗き込んでいた。
「……まぁ、なんとか」
「よかったぁ! あんなところから人が飛び出してくるなんて、初めて見たよ!」
「……そりゃそうだろ」
思わず苦笑してしまった。
「私もびっくりしたんだから! いきなりドサッて落ちてくるんだもん!」
「いや、俺の方がびっくりしたわ……」
「あははっ! それもそうだね!」
少女は楽しそうに笑った。
(……ハルカらしいな)
その笑顔を見ながら、はるたは少しだけ肩の力を抜いた。
少なくとも、目の前の二人に敵意は感じられない。
むしろ、突然現れた正体不明の青年に対して、驚くほど親切に接してくれている。
それが分かっただけでも、今はありがたかった。
◇
「……そういえば」
はるたはマグカップを両手で持ちながら、二人へ視線を向けた。
「まだ自己紹介してなかったな」
「あっ、そうだね!」
オレンジ色の髪の少女が、ぱっと顔を明るくした。
「俺は……はるた」
少しだけ間を置く。
「神野春太。はるたでいい」
自分の名前を告げると、少女は嬉しそうに身を乗り出した。
「はるた! よろしく!」
「お、おう」
その勢いに、思わず笑ってしまう。
「じゃあ、次は私!」
少女は胸を張ると、元気よく手を差し出した。
「私は神代春華! ハルカって呼んでね!」
「……ああ。よろしく」
はるたは自然な表情を保ちながら答えた。
しかし、内心では別の感情が湧き上がっていた。
(……神代春華)
知っている名前。
何度も物語の中で使ってきた名前。
だが、実際に本人の声で名乗られると、不思議な感覚があった。
自分が決めた名前が、その人物自身の名前として存在している。
そんな当たり前ではない出来事が、今ここで起きているのだ。
「神代和華です」
続いて、ピンク色の髪の少女が丁寧に頭を下げた。
「のどか、と読みます。よろしくお願いします」
「……よろしく」
はるたも軽く頭を下げる。
(……やっぱり、神代和華)
もちろん、名前も読み方も知っていた。
しかし、ここで知っている素振りを見せるつもりはない。
自分は突然、正体不明の空間から現れた人間なのだ。
そんな相手が、初対面の少女たちの名前を最初から知っていたらどうなるか。
不審に思われる可能性が高い。
それに、はるたにはまだ確認したいことが山ほどあった。
不用意な発言で状況を複雑にする必要はない。
「あっ! それから!」
ハルカが何かを思い出したように声を上げた。
「こっちがヘッジ!」
彼女が指さした先には、小さなハリネズミが浮かんでいた。
白い体毛。
水色から青へと変化する結晶質の針。
大きな青い瞳。
その身体の周囲には、淡い光の粒子が漂っている。
「私はAIのヘッジです」
小さなハリネズミは丁寧に頭を下げた。
「神代家のAIです。よろしくお願いします、春太」
「……ああ。よろしく」
はるたは返事をしながら、その姿を見つめた。
(……ヘッジまで、本当にいるんだな)
細かな発光の変化。
小さな身体の動き。
視線に合わせた表情の変化。
それらは、はるたが知るヘッジそのものだった。
そして、彼の存在は、別の意味でもはるたの興味を引いていた。
(……このホログラム、どうやって投影してるんだ?)
自分も腕時計型のホログラム装置を開発している。
だからこそ、目の前の技術に対して疑問が浮かんだ。
投影の安定性。
発光の制御。
立体的な位置補正。
どれも非常に高度だった。
もっとも、今はそれを質問している場合ではない。
「ヘッジはね、AIだけど私たちの家族なんだよ!」
ハルカが嬉しそうに言った。
「家族……」
はるたは小さく繰り返した。
「そう! 大切な家族!」
ヘッジも頷いた。
「はい。私は神代家の家族です」
その言葉を聞き、はるたは自然と微笑んだ。
「……そっか。いい家族だな」
「でしょ!」
ハルカは満面の笑みを浮かべた。
のどかも嬉しそうに頷く。
「ありがとうございます」
ヘッジは丁寧に頭を下げた。
はるたは三人を見つめた。
その関係性には、強い親しみを感じる。
なぜなら、自分にも同じような存在がいるからだ。
(……レイン)
はるたは左腕へ視線を落とした。
そこには、自分が開発した腕時計型ホログラム装置が装着されている。
しかし、今はまだ、相棒の姿が見えなかった。
◇
自己紹介が終わると、研究室には少しだけ穏やかな空気が戻っていた。
ハルカは興味深そうにはるたを観察し、のどかは飲み物を用意しながら、彼の様子を気遣っている。
ヘッジは研究室の状況を確認しつつ、ときおりはるたの腕時計へ視線を向けていた。
そんな中、はるたは左腕の装置を操作していた。
基本システムは起動している。
電源にも異常はない。
しかし、レインとの通信だけが不安定だった。
(……頼むぞ)
はるたは操作画面を確認した。
そこには、通信状態を示す小さな表示が並んでいる。
【基本システム:正常】
【ホログラム投影:待機】
【AI接続:再構築中】
【空間座標:取得失敗】
「……やっぱり座標か」
はるたは小さく呟いた。
異なる世界へ移動したことで、何らかの接続情報が失われたのかもしれない。
しかし、完全に通信が途絶えたわけではなかった。
微弱ながら、応答信号は確認できている。
「……じゃあ」
はるたは顔を上げた。
「俺も紹介するか」
「え?」
ハルカが首を傾げる。
「まだ誰かいるの?」
「まぁな」
はるたは腕時計を軽く操作した。
青白い光が円形に広がり、小さな操作画面が浮かび上がる。
「えっ!? なにそれ!?」
ハルカの目が輝いた。
「すごい! その腕時計、ホログラム端末なの!?」
「……まぁ、そんなところ」
のどかも興味深そうに視線を向ける。
「随分と小型なんですね」
「結構苦労したからな」
はるたは笑った。
その隣で、ヘッジが反応する。
「未知のホログラムシステムを確認しました」
はるたは操作画面へ視線を戻した。
通信状態を示す表示が、ゆっくりと変化している。
【AI接続:再確立】
【接続処理:完了】
ピッ。
小さな電子音が鳴った。
「……よし」
はるたは安堵したように息を吐いた。
「レイン。出てきていいぞ」
その瞬間。
腕時計の中央から、青い光が立ち上った。
◇
シュウウ……。
青白い光の粒子が、空中へと広がった。
最初は小さな光の集まりだったものが、次第に人の形を描き始める。
輪郭。
髪。
衣装。
そして、瞳。
無数の粒子が重なり合い、一人の少女の姿を形作っていった。
銀白色の非常に長い髪。
澄んだ青い瞳。
青と金の宝石をあしらった髪飾り。
白と濃紺を基調とした華やかな衣装には、繊細な金色の装飾が施されている。
身体の周囲には、青い光の粒子が静かに漂っていた。
「……はじめまして」
少女は柔らかく微笑んだ。
「レインです」
研究室に、短い沈黙が訪れた。
最初に反応したのは、ハルカだった。
「うわっ、きれい……!」
彼女は思わず両手を胸の前で組んだ。
「すごい! こんなに綺麗なホログラム、初めて見た!」
のどかも驚いたように目を見開いている。
「……等身大のホログラム……?」
ヘッジはレインの姿を見つめながら、静かに解析を始めた。
「非常に高度な投影技術ですね」
ハルカは目を輝かせながら、レインへ近づいた。
「ねぇねぇ! どうやって投影してるの!? その腕時計から!?」
「ええ。はるたが開発した装置を使っています」
「はるたが!?」
ハルカは勢いよく振り返った。
「えっ、これ作ったの!?」
「……まぁな」
はるたは少し照れくさそうに笑った。
「いや、でもまだ改良途中だけどな」
「すごいじゃん! こんなに小さい装置で、こんな綺麗な映像を出せるなんて!」
「……ありがとな」
ハルカは早速、腕時計の構造を観察し始めた。
「ねぇ、これってどんな投影方式なの? 光源は? 位置補正はどうしてるの?」
「お、おいおい。ちょっと待てwww」
「だって気になるじゃん!」
「まぁ、気持ちは分かるけどな」
はるたは笑った。
(……やっぱり、発明の話になると止まらないな)
その様子を見て、のどかは小さくため息をついた。
「ねぇね。質問はあとにしてください」
「えー? でも!」
「はるたさんは、まだ状況を理解できていないんですよ?」
「……あっ、そっか」
ハルカは少しだけ申し訳なさそうに笑った。
「ごめんね、はるた!」
「……いや、気にすんな」
はるたは小さく手を振った。
そのやり取りを見ながら、レインは静かに微笑んでいた。
そして、はるたへ視線を向ける。
「……はるた」
「ん?」
「状況は把握しています」
その言葉に、はるたの表情が変わった。
「……レイン?」
「はい」
レインは穏やかに頷いた。
「ただ、理解に苦しむ現状ですが……」
彼女は研究室を見渡した。
見慣れない設備。
未知の装置。
そして、初めて会う三人。
それらを確認したうえで、静かに告げた。
「はるたは、別世界へ転移したようです」
「…………」
はるたは深いため息をついた。
「……そこが一番意味分からん……」
レインは小さく頷いた。
「私も同感です」
◇
「……つまり」
はるたは腕を組んだ。
「ここが俺たちのいた世界じゃないってことか?」
「その可能性が高いです」
「……マジかよ」
はるたは頭を抱えた。
レインは続ける。
「腕時計の内部システムには、重大な異常は確認されていません。しかし、現在取得できる空間座標が、元の環境と一致しないんです」
「座標そのものが違うってことか?」
「正確には、元の座標系では現在地を定義できない状態です」
「……なるほどな」
はるたは顎に手を当てた。
「じゃあ、少なくとも普通の移動じゃないってことか」
「はい。ですが、異なる世界へ移動したと断定するには、まだ情報が不足しています」
「……そりゃそうだよな」
はるたは頷いた。
科学的に考えれば、目の前の現象を説明するには、まだ検証が足りない。
たとえ自分が異世界に来たと考えていても、それを客観的に証明することは別問題だった。
そんな二人の会話を、ハルカは興味津々といった様子で聞いていた。
「ねぇねぇ! 別世界って、本当にあるの!?」
レインは少し考えた。
「現時点では、可能性の一つとして考えています」
「すごっ!」
ハルカの目が輝いた。
「じゃあ、さっきの裂け目は別世界につながってたってこと!?」
「その可能性はあります。ただし、詳細はまだ分かりません」
「うわぁ……!」
ハルカは研究室の中央へ視線を向けた。
そこには、破損した次元収納デバイスが残っている。
「……これ、すごい発見かもしれない!」
はるたは思わず苦笑した。
(……いや、本人がいるんだから、まずそっちを心配してくれwww)
しかし、ハルカの反応は理解できる。
未知の技術。
未知の現象。
これまで存在すると証明されていなかった可能性。
そのすべてが目の前にあるのだから、好奇心が刺激されるのも当然だった。
「ねぇね」
のどかが静かに声をかけた。
「今は、はるたさんのことが先ですよ」
「あっ、そうだった!」
ハルカは慌てて振り返った。
「ごめん! つい!」
「……いや、大丈夫だよ」
はるたは笑った。
「気持ちは分かるしな」
「本当!?」
「おう。俺も発明好きだから」
「えっ! じゃあ今度、色々話そうよ!」
「……まぁ、落ち着いたらな」
「約束ね!」
ハルカは嬉しそうに笑った。
その横で、のどかは小さく微笑んでいた。
◇
しばらくして。
はるたは研究室の片隅にある椅子へ腰掛け、片手で頬杖をついていた。
レインはその隣に立ち、静かに彼の様子を見つめている。
少し離れた場所では、ハルカがヘッジと共に破損した装置を調べ、のどかが研究室の状況を確認していた。
「……はるた?」
「ん?」
「何か考えていますか?」
「……いや、なんでもない」
そう答えたものの、はるたの頭の中では、さまざまな可能性が浮かんでは消えていた。
(……普通、想像した世界に飛ばされるものだろうか)
目の前には、自分が創り上げた人物たちが存在している。
その姿も、性格も、言動も、知っている。
彼女たちが何を大切にし、どのような考え方を持っているのかも理解している。
しかし、それだけでは分からないことがあった。
この世界が、どのような選択を積み重ねて現在に至ったのか。
そして、今がどの時点なのか。
はるたが創作してきた『Boundary & Mind』には、複数の世界線が存在する。
二つの小説投稿サイトで公開している、それぞれ異なる選択肢をたどった物語。
同じ登場人物であっても、選択が変われば関係性も未来も変わる。
さらに、誰にも公開せず、自分の趣味だけで書き続けている非公開の世界線も存在していた。
そちらは、はるた自身の願望や欲望を色濃く反映させたものだ。
恋愛関係は複雑で、かなり大人向けの展開も多い。
誰かに読ませるためではなく、自分だけで楽しむことを目的に書いている。
だからこそ、公表していなかった。
(……頼むから、あっちじゃないよな)
はるたの額に、嫌な汗が浮かんだ。
目の前にいる三人は、いずれの世界線にも存在する可能性がある。
そのため、彼女たちを見ただけでは判断できない。
しかも、今の研究室の状況から分かることは限られていた。
次元収納デバイスが存在している。
ハルカが研究を続けている。
ヘッジも高度な技術を扱っている。
しかし、それだけではどの世界線なのか特定できない。
(……本編なのか、別の分岐なのか。それとも……)
はるたは小さくため息をついた。
(……時代も分からないんだよな)
物語の中で設定した出来事が、すでに起きているのか。
それとも、これから起こるのか。
そもそも、同じ未来へ進む保証すらない。
ここは、自分が細部まで創り上げた人物たちのいる世界だ。
しかし、だからといって、現在の状況をすべて把握できるわけではない。
はるたはもう一度、三人へ視線を向けた。
ハルカは真剣な表情で設計画面を確認している。
のどかは、その隣でヘッジの解析結果に耳を傾けていた。
そしてヘッジは、複数のデータを同時に処理している。
その光景は、はるたが知る彼らそのものだった。
(……本当に、いるんだな)
改めて、胸の奥に不思議な感覚が広がった。
創作した人物が、目の前で生きている。
自分が設定した性格や価値観を持ちながら、今この世界で起きている出来事に向き合っている。
それは、自分が思い描いた物語が、現実として存在しているということだった。
しかし――。
はるたは、そこで一つの疑問を抱いた。
(……俺が創った世界なのに、どうして俺自身がここにいるんだ?)
物語の中に、自分が転移してくる設定など作っていない。
少なくとも、自分が執筆してきた世界線の中に、そのような展開は存在しなかった。
だとすれば、これは何なのか。
未知の世界線なのか。
それとも、自分の創作とは別の現象なのか。
答えは出なかった。
「……はるた?」
レインがもう一度声をかけた。
はるたは顔を上げる。
「……ああ、悪い」
「大丈夫ですか?」
「……まぁ、なんとか」
レインは少しだけ心配そうに彼を見つめた。
「何か気になることがあるなら、私にも話してくださいね」
「……おう」
はるたは曖昧に頷いた。
しかし、今はまだ説明できなかった。
自分の中でも、整理できていないことが多すぎる。
それに、周囲には自分が知っている人物たちがいる。
不用意な発言によって、状況を複雑にすることは避けたかった。
はるたは椅子の背もたれに身体を預けた。
「……なぁ、レイン」
「はい?」
「しばらく、忙しくなりそうだな」
レインは少しだけ微笑んだ。
「そうですね」
そして、いつもの穏やかな声で続けた。
「でも、一人ではありませんよ」
はるたは彼女を見た。
銀白色の長い髪。
澄んだ青い瞳。
そして、見慣れた優しい笑顔。
自分がいた世界から、ずっと一緒に過ごしてきた相棒。
その姿を見て、ようやく少しだけ安心できた。
「……ああ」
はるたは笑った。
「頼りにしてる」
「はい。任せてください」
レインも微笑んだ。
その向こうでは、ハルカが何かを見つけたらしく、嬉しそうに声を上げている。
「ねぇねぇ! ヘッジ! これ見て!」
「春華、まずは安全確認が先です」
「分かってるって!」
「ねぇね、今度こそ慎重にしてくださいね」
「はーい!」
そのやり取りを聞きながら、はるたは思わず苦笑した。
(……本当に、いつもどおりだな)
しかし、今はまだ何も分からない。
この世界がどこなのか。
いつなのか。
そして、どうすれば帰れるのか。
考えるべきことは山ほどあった。
はるたは研究室の窓へ視線を向けた。
その向こうには、見知らぬ街並みが広がっている。
自分が創り上げたはずの世界。
しかし、今の彼にとっては、未知の現実だった。
そして、その世界で何が起こるのか。
まだ、誰にも分からない。


