僕はあなたの星になる

 いよいよ当日の朝。
 有志イベントに参加する生徒は通常のHR(ホームルーム)よりも1時間早く体育館に集まり、確実準備をすることが出来る。関係者以外誰もいないのをいいことに、広い場所に衣装やメイク一色を広げてそーちゃんは「やるぞ〜!」と腕を捲り上げていく。

「……よろしく」
「うん。任せて」

 衣装は汚れないように最後に着替えることになった。椅子に座る僕の前に立つと「触るね」と一言呟くそーちゃん。「うん」と返し、重たい前髪が持ち上げられていく。

 目が合う。
 きらきら、お星さまのように輝いているそーちゃんの瞳。

「体が強張ってる。深呼吸して。安心して身を委ねてよ」

 そーちゃんが僕を王子さまにしてくれる。今日で3回目だからわかりきっているはずなのに、慣れない空気の中にいるのか無意識に体がカチコチに固まっていたらしい。

「大丈夫……大丈夫。ボクを信じて」

 正面に立っていたそーちゃんは床に膝を着き、冷たくなってしまった僕の両手を小さな手で包み込んで握りしめる。下から見上げられて。

 ああ、ただ王子さまに仕上げるだけじゃないんだ。
 僕の気持ちを置いていかないように立ち止まってくれるんだ。

 緊張で心臓バクバクで、どうにかなってしまいそうだったのに。
 そーちゃんのことで頭がいっぱいになると。胸の鼓動は強くなるけれど、体の内側から熱で温められていくような感覚。

 深呼吸を数回繰り返して、そーちゃんを見つめる。
 僕を夜空の王子さまだと言ってくれるけれど。
 僕が迷子にならないように道を示してくれるそーちゃんはまるで星のようだった。

「そーちゃんを信じる」

 僕も手を握り返す。

 確かめるようにお互い数秒見つめ合い――急に小っ恥ずかしくなって同時に吹き出す。

「じゃあ、作業に取り掛かるね」

 もう一度髪を丁寧に掴んでいく。
 頭に触れられている。
 トクトクと、別の意味で鼓動が高鳴っていく。

 二次元では感じられない、対人間に対しての反応だった。

 そーちゃんが僕に触れていく感覚を噛み締めたくて目を閉じた。

「坂下くん、矢野くん! 2人も軽くメイクするから座って〜」

 雑音の中、実行委員の生徒に2人が声かけられるのを聞き取る。両脇に2人が並ぶ気配。

「ほぇ〜、立花……まっじで別人レベルじゃん……」

 右から坂下くんの声。

「ああ……なんか、このヤンキーくんにしか心開いてなさそうって感じも……逆に、良い」

 左から矢野くんの声。
 2人がメイクアップされていく僕をマジマジと見つめている。目を閉じているけれど視線を感じる。

 見ないでよ……と言いたくなったが、それさえも惜しく感じ僕は頭や顔に触れていくそーちゃんの手の感覚だけに集中した。

 日焼け止めや下地を塗るのも苦手だけれど、そーちゃんに触れられるのは別だった。黙って受け入れ、仕上がりを待つ。

 アイシャドウ、アイブロウ、目元に小さな宝石(ラインストーン)を散りばめて。

「唇、塗るね」

 一言そーちゃんが小さく言ってから、そっとチップが唇に触れる。
 視界が暗くなる。そーちゃんの顔が、目の前にある。

 そっと、目を開ける。
 綺麗な二重の瞼が伏せられている。その視線は、僕の唇に集中している。

 僕の目の前にも、メイクに夢中で半開きになっているそーちゃんの唇。

 柔らかそう。食べてみたい。
 そんなことを考え、我に返り顔を()()らす。

「……どうしたの?」

 きょとん顔で見つめられる。
 ――変に意識してるのは僕だけだ。
 苦笑し「なんでもない」と言い顔を元の位置に戻す。

「……? 変なテルくん」

 そーちゃんは笑って、再び透明グロスを塗っていく。

「終わった人からこっち来て〜、リハーサルするよ〜」

 実行委員に声をかけられる。
 僕よりも後に来て、僕よりも早く終わった坂下くんと矢野くんが立ち上がる。僕はそーちゃんに「もう少し待って」と言われ丁寧に仕上げられていくのを待つ。

(そーちゃんも、モデルになったらいいのに)

 こんなに綺麗で可愛い顔してるのに表に立たないなんて勿体ないと思った。

「……よし。完璧。リハーサル行っておいで!」
「ありがと」

 そーちゃんからOKが出て、僕もリハーサルするため舞台裏に駆け込む。