僕はあなたの星になる

 月曜日。
 放課後、そーちゃんが予約してくれた空き教室に向かえば既にカメラのセットやレフ板、そして衣装やメイク一式が机の上に綺麗に並べられていた。

「本格的……」
「まずは着替えて! この前選んだ衣装だよ」

 気合い十分なそーちゃんは「外で待ってるね!」と教室を出る。1人になった空間で、新しい衣装に手を伸ばす。

「……ただの黒いズボンだと思ったのに……装飾してある……!」

 土曜日に服を買いに行った時。全てそーちゃんに任せていた。『このサイズがいい』と先に試した中からそーちゃんは奥へ奥へ入っていき……『これにする!』と言ったのだった。

『……もっと色んなデザインあるけど、シンプルな黒にするの?』
『うん! 月曜日、楽しみに待っててよ!』

 そのあと紺色のジャケットも購入して、満足そうに笑うそーちゃんが不思議だった。
 日曜日、丸一日かけてジャケットとズボンに装飾を付けていたのだ。

 小さな宝石(ラインストーン)がたくさん付いている。色は白で統一されていて、小さなものを集結させて大きな形になっていた。

 遠目から見ると、紺色のジャケットに大小散りばめられていて……天の川のようになっている。

 両手で広げて、感嘆(かんたん)の声を漏らす。

「ああ……すごい……なにこれ、すごい……え、え? そーちゃん、すごいね、これ!」
「え、なに?」

 外の廊下で待機しているそーちゃんに聞こえるように大きな声で言う。

「天の川みたい!」
「あ、わかった⁉︎ 見てくれた⁉︎ テルくんはきらきら光る太陽というよりは、夜空に浮かぶ星々の……王子さまみたいだから……」

 説明しながら、恥ずかしくなっていくのか声が小さくなっていくそーちゃん。僕も話を聞きながら、口元がニヤけていくのを感じながら慌てて顔を引き締め「待ってて、着替える」とやっと制服を脱いでいく。

「上半身は、ブレザーだけ脱いで。白のシャツはそのまま、第一ボタンまで締めて」
「うん」
「ズボンは申し訳ないけど、脱いでもらって……衣装の方に履き替えて欲しくて」
「何で申し訳ないとか言うの。初めから着替える前提で来たのに」
「初めての時、面倒臭いって言ってたし……」

 それは。わざわざ着替えるとは思わなかったから。ここまで親密な関係になるとも思わなかったし、過去の何気ない一言をそーちゃんが覚えていたことに悪かったな、と思う。

「……あの時は、ごめん。モデルとかよくわからなくて。でも僕……今、とても心が躍っているというか……楽しいんだよね」
「ほんと?」
「うん。あの時買った服がこんなに変身するなんて思わなかったから」

 写真家を超えたスタイリストという域まで来ている。シャツを第一ボタンまで締め、紺色のジャケットを羽織り……ズボンも履き替える。ベルトも装着し直して。

「……どうかな?」

 扉を開ける。ぼんやりしていたそーちゃんの顔がパッとこちらに向くと。……そのまま固まって動かなくなってしまった。「そーちゃん?」と顔の前で手を振ると頬を染めて「はわわ……王子さまだ……!」と初めて会った時のようにそーちゃんは呟く。

「王子さまキャラじゃないんだけどなあ」
「でもでもっ、ボクより背が高くてスタイル良くてかっこよくて、嫌なやつを追い払ってくれる理想の存在だよ!」
「……ありがと。じゃあ、メイクよろしく」

 椅子に座ると、衣装が汚れないように首周りをタオルで覆われる。
 前回の時のように髪を濡らしてから、ドライヤーで髪を上げていき……ワックスで前髪を分けられていく。

「おでこ出すの好きなの?」
「あ、うん。綺麗な顔がよく見えるから」
「綺麗な顔って……そんなこと言ったらそーちゃんの方が」
「テルくん、本当に綺麗な顔だよ……前髪で目元まで隠れてて、いつも眼鏡もしてるから気づかれないけど……でも、見つけたのがボクで嬉しい」

 髪型をセットしながら、そーちゃんは呟く。僕としてはこんなに可愛い子が同級生にいたのに、どうして去年は存在を認識していなかったのだろう、という疑問があった。
 まあ、僕自身がオタクで二次元にしか興味がなかったからだろうけど……。

「出来た!」とはしゃぐ声に立ちあがろうとすれば「待って、軽くメイクもさせて」と言われる。

「元々肌綺麗だから、濃くしないよ」

 そう言いながら下地を手の甲にぶちゅ……と出すそーちゃん。顔に何かを塗るというのが苦手だ。日焼け止めとかも基本塗りたくないし。
 でも今日だけの辛抱だ。覚悟を決めて目を閉じ「どうぞ」と言えば「ありがと」と指の腹で額、頬、鼻、顎……と下地を付けられ、広げられていく。

「うう……女子って毎日こういうことしてんの? 尊敬する……」
「はは、だよねえ。ボクも尊敬する」
「てか、そーちゃんなんでこんなに慣れてんの?」
「慣れてないよ、自分の顔で練習したんだよ」
「え⁉︎」

 思わず目を開けば「うお、びっくりしたぁ!」とそーちゃんが顔を退け反らせた。……今、とても顔が近かったな。って、何を考えているんだ。

 妙なことを考えドキドキしてしまえば「心臓止まると思ったぁ……」と、驚いたという意味で胸を押さえるそーちゃんがいた。

「……写真家ってそんな事まではしないよね? もう、そーちゃんがいたら髪セットする人とか、メイクする人とか必要ないじゃん」
「本来はね。でもこれはただの部活だし、みんな花とか空を撮っているけど……人間撮るのは今回ボクくらいしかいないし……練習台はボクの顔しかなくて」
「……昨日、衣装も作ってメイクの練習もしたの?」
「うん。テルくんを最高の状態に仕上げたくて」

 メイクをしてもらいながら、改めてそーちゃんを見つめる。
 
 可愛い顔をしていると思った。

 よく見ると、目は赤くて(くま)があった。僕がダラダラ漫画を読んで1日を過ごしている間……そーちゃんは、僕のために頑張ってくれていた。

(……かっこいい)

 ここまで賭けてくれている事実に気付いて、胸が熱くなる。
 僕も、本気でモデルにならないと。
 静かに腹を(くく)る。

 下地の後、ファンデーションを塗り、眉もアイブロウで整えてもらい……目元にも小さな宝石を付けてもらう。

「……リップも塗るの?」
「透明グロス。少し、艶を出すだけ。色はないから安心して」

 唇に塗る部分(チップ)がゆっくり近づいて、唇に触れる。真剣な顔のそーちゃんに僕はとてもドキドキしながら終わるのを待つ。唇をなぞられているだけなのに、背中を羽でくすぐられているような気分だった。

(何だろう、この感覚)

 嫌じゃない。全神経が、唇に集中しているようだった。そーちゃんの綺麗で可愛い顔が近くにある。このまま近づけばキス出来そう――。

「……ん、出来た」

 満足そうに微笑んで、離れていくそーちゃんに物足りなさを感じてしまった僕自身を不思議に思う。

 僕はそーちゃんとキスをしたかったのだろうか。

「いい感じ。みんながキスしたくなるような唇の完成」
「キス……」

 じゃあ、そーちゃんは。
 僕にキスしたいって思いながら透明グロスを塗ってくれた?

 ……そんなことは、謎に心拍数が上がっている僕には到底聞けないことだった。

「王子さま。写真撮ろう」

 まるで王子の家来(けらい)のようにそーちゃんは僕を誘導し、カメラの前に僕は立った。