僕はあなたの星になる

「立花〜……実行委員が言ってたことはあんま気にするな。そうだろ? 矢野」
「ああ。そもそも、文化祭は楽しむものだ。ガチのランウェイをするものじゃないから。……立花は堂々としていればいい」

 リハーサルしたは良いものの、実行委員が想像していたようなモデルではなかった僕は散々「猫背にならない!」「目線を彷徨(さまよ)わすな!」「おどおどしない!」などと文句を言われ、しまいには「期待外れ」とため息を吐かれてしまったのだった。

 サッカー部のユニフォームを着ている坂下くんと、野球部のユニフォームを着ている矢野くんが花道から落ち込んで返ってくる僕に励ましの言葉をくれる。「うん……」と頷いたきり、上手い返しが思いつかずに言葉が喉に詰まり、何も話せない。

 せっかくそーちゃんにカッコよく仕上げてもらったのに。
 右手と右足を同時に出してしまうし、表情は硬いし、ポーズもぎこちないし。そーちゃんに合わせる顔がない。

「人前に立つのが苦手な立花からしたら舞台に立ってる時点で100%頑張ってるよ! 実行委員には上手く伝わってないけど」
「写真撮るのとリアルで歩くのは違うからな……写真部が撮った立花は本当にカッコよかったから実行委員も過剰に期待したのだと思う」

 坂下くんと矢野くんが慰めの言葉をくれる。この2人が一緒に参加してくれて良かった。僕だけだったら、もう立ち直れないでいただろう……。裏で待機していたバドミントン部や卓球部からも「あんま間に受けるなよ」「つか実行委員(アイツ)こそ何様なん?」と声をかけてくれ、ありがたく……そして言葉を返す気力もなく「ありがと」とだけ言って控えの教室まで戻ろうとしたら。

 ドン、と何かを叩く大きな音が体育館中に響いた。

「『期待外れ』? どの口が言ってんだァ? ……テメェの強制命令に従ってくれたのに恩を仇で返しやがって!」

 ドン、とまた大きな音。
 僕たちは顔を見合わせ、舞台袖から客席の方を見渡すと……実行委員と対峙して壁をドン、と拳で殴っているそーちゃんがいた。

「……そーちゃん」
「てか、マジのヤンキーじゃん……コワ……」
「立花……付き合う人は考えたらどうだ……?」

 そーちゃんの本性を知らない坂下くんと矢野くんは、実行委員に睨みを()かせているそーちゃんは怖いヤンキーだと思っている。

 違うのに。
 本当は舐められないように見た目を変えて、口調を変えているだけなのに。
 素直で、笑顔が可愛い人なのに。

「人前に立つのが苦手で、悩んで悩んで有志イベントが成功することを考えて参加してくれた、優しい気持ちを考えられない実行委員(お前ら)の元にテルを置いておきたくなんかねぇよ。こんな扱い受けるなら、参加やめる。こっちから願い下げだ!」

 怒鳴り声。それから花道に上がって、こちらに堂々と勢いよく歩いてくる姿は本当にヤンキーだった。前に街で男にナンパされておどおどしていたそーちゃんと同一人物には見えない。

 舞台袖にいる僕の元まで来ると「帰ろう」とだけ言い、僕の腕を掴んで連れて行こうとする。

「どこに行くの?」
「もうこんなところにいなくて良い。参加なんかしなければ良かった」

 グイグイ引っ張られ花道を一緒に歩くと「ええ! 立花辞退しちゃうの⁉︎ 俺ら参加した意味無くなることない⁉︎」と坂下くんの言葉が背中にかけられる。

 ……そうだよね。
 僕が参加しやすくなるように、クラスのみんなが一緒に有志イベントに出てくれるというのに。僕だけドタキャンになってしまう。

「こんな()()なイベント、無い方がいいだろ」

 坂下くんたちに吐き捨て、そーちゃんは僕を連れて体育館から出ていく。

 実行委員に期待外れとため息を吐かれて、僕は確かに傷ついた。でもそれは、写真がとても良くてモデルに期待していたから。実行委員だって本気で良いものに仕上げようとしている。参加した坂下くんや矢野くんだって、楽しみたいからこの場にいる。

 ……クソなんて言葉で、片付けられないよ。

「そーちゃん。落ち着いて。一度控え室に戻ろう?」
「あんなこと言われて、落ち着いていられるかよ!」

 でも立ち止まってくれた。僕の言葉は聞いてくれる。少し前を歩くそーちゃんの肩が震えていて、怒りでどうにかなりそうなのだと想像がつく。

(本気で、怒っているんだ)

 期待外れと言われたこと。
 僕が傷ついたこと。
 そーちゃんが代わりに文句を言ってくれたから。それだけで僕はもう十分だった。

「あー、腹立つ!」

 ガン、と体育館の扉を蹴る。大きな音が辺りに響く。中にいる人たちは多分驚いてしまうだろう。

 そーちゃんが怒ると、見た目も相俟(あいま)って本当のヤンキーみたいに怖くなってしまう。可愛いそーちゃんしか知らなかった。怖いそーちゃんを知らなかった。

 怒ってくれるのは。
 僕を想ってくれているから。
 嬉しいが勝ってしまう。
 こんなの変だよね。

 でも、みんなを勘違いさせてしまう。優しくて笑顔が可愛くて、写真を撮るのが大好きなそーちゃんは、喧嘩腰で乱暴なヤンキーだとレッテルを貼られてしまう。

「……僕の代わりに怒ってくれてありがとう。そーちゃんが文句を言ってくれてスッキリした。だから……イベントには参加しようと思う」
「……は?」

 大きな目を丸くさせてこちらを見る。それからどんどん険しい表情になって「あんなの失敗に終わればいいよ」と言うから。

 どれだけ実行委員はそーちゃんを怒らせてしまったのだろうかと苦笑する。
 でも、僕も伝えないと。
 嫌な気持ちにはなったけど。それよりも、クラスのみんなと何かを成功させたいという気持ちもあるから。

「みんな本気なんだよ。本気だから、上手に歩けない僕を見てがっかりした。みんなで作り上げて、初めて有志イベントは成功すると思うから。……参加すると言った以上、僕は投げ出せないよ」
「……」
「クソなイベントだなんて、言わないで」

 見つめ合う。そーちゃんの目は僕から逸らされ、俯いていく。まだ、何か心に引っ掛かるのだろうか。

「……テルくんを傷つけた奴らのことは、許せない」
「もう、これきりだから。大丈夫だよ」
「……」
「そーちゃん」

 先ほど体育館の壁を殴って赤くなった右手を取り、甲をそっと撫でる。

「僕を守ってくれてありがとう。……すごく、嬉しかった」

 険しいそーちゃんの顔は、段々と落ち着いていく。ふぅ、とため息を吐いて「控え室戻るか」と言ってくれた。

「いつもそんな性格なら痴漢に遭わなそうなのに」
「いや、オレも……ボクも、ここまで感情(あら)わになったの初めてだよ」

 見た目もヤンキーだったから、本当に喧嘩が始まるのではないかとドキドキしたんだよ。何がそーちゃんをここまで本気にさせたのだろう。

「控え室戻ったら。不自然な歩き方とかポーズ改善しないと。そーちゃんアドバイスくれるよね?」
「……うん」

 いつもの様子に戻ってきた。良かった。やっぱり、怒っているとハラハラしちゃうから。

 後で坂下くんたちにも謝りに行かないと。