森の中は暗くて、まさかそんなところに穴があるなんて考えもしなくて、あっさり足を取られて底に落ち。
まず自然発生しそうもない穴の上から懐中電灯で照らされて。
「お前を落としたいから落とし穴掘った」
むかつくやつ選手権をやったら間違いなく優勝って男にそんなことを言われて。
俺はどうしたらいいんだろう。
「あの……お前、俺のこと、ここまで嫌いだったの?」
「丹羽だって俺のこと嫌いなくせに」
「いやー、嫌いは嫌いだけど、ここまでじゃねえよ」
ってか俺、お前の顔だけは好きだし。
……とは言えない。
だがこの状況はまずい。相変わらず俺は穴の中で、穴を掘った張本人によっていわば監禁された状態なわけだから。
「そのー、なあ、工藤、俺を穴に落として、どうする気、だったの?」
へらっと笑って発した問いに、工藤は思い悩むような表情をする。数秒後、こっちを見たやつの顔にはうっすらと笑みが浮かんでいて、場違いにも目を凝らしてしまった。
が、薄い唇から飛び出してきたとんでもない言葉に、俺は大きくのけぞった。
「愛でる」
「めっ……?!」
め、でる? それってそういう意味だ? 目が飛び出る? いやいや、そうじゃなくてめでるめでる…………愛でる?!
「俺、お前のことめちゃくちゃ嫌いなんだよね」
穴の縁から俺を眺め下ろしながらにやっと工藤が笑う。手にした懐中電灯の光に下から照らされているせいか、怪談話でもしているみたいな顔色だ。
「特にその、俺幸せですって感じのきらきらな笑顔見ると吐き気すんの。入学したころからずっと目障りだった」
「え……えと、そ、そうなんだ。でも今、愛でるって、その」
愛でるってのは、好きなものを大事に大事に見る、みたいな意味じゃなかったっけ? 今のこいつの台詞、全然好きなものって意味じゃなさそうなんですけど?
ビビる俺に工藤がひたと瞳を向けてくる。
「むかつくからこそ泣かせたいじゃん。実際、その怯え切った顔、めちゃくちゃそそるし。やっぱり穴掘ってみてよかったわ。どう? 落ち心地」
「どっ……ど、ど、どうじゃねえよ!」
こ、こ、こいつ一体なに言ってんの?!
ヤバい、声が上ずってしまう。その俺を工藤は淡々と見下ろしている。あまりにも冷静そのものなので本気で怖くなってきた。
「ごめん。今までひどいこと言い過ぎた。今度からはもうちょっと優しくすっから。だから」
謝るが、やつの表情は変わらない。なあ、と哀れっぽい声を出すと、工藤が不意に立ち上がる。懐中電灯の明かりも遠ざかる。
もしかして置き去りにされるのか?! こんな森の中に?!
「ちょ! 工藤?! 工藤さん?! おーい! 勘弁してって! あのー!」
「聞こえてる。うるさい、くそが」
不機嫌そうな声が穴の外から聞こえる。ほっとしたとき、ぽいっとなにかが落ちてきた。見ると、ロープだった。
「もういいわ。十分楽しんだから上がって来い」
面倒臭そうな声とともに、再び白光が頭上から降り注いでくる。
戸惑っていると、光の中にぬっと顔が突き出された。
「さっさと来いって」
つっけんどんに促され、俺はそろそろとロープに手を伸ばす。それは登山用のザイルで、ところどころ土がこびりついた使い込まれたものだった。
「お前、こんなものまで用意、してたの」
ロープにすがりつきながらつっかえつっかえに言う。返事はない。ただ、ロープがくん、くん、と引かれる感触がある。
やっと穴から頭を出すと、工藤が俺を引っ張り上げてくれているところだった。
ぐいっとロープが引かれるごとに体が大きく浮き上がる。
……めっちゃ力あるじゃん。意外すぎ……。
「重い。さっさと上がってこい。このデカブツ」
が、感心したのも束の間、どちゃくそに口汚く吐き捨てられる。おかげでほっとするのを通り越し、いらあっとしてしまった。
「なんで俺が罵られないといけねえんだよ、このチビ!」
「ああ、もう耳が腐る。不法投棄されたくなきゃ黙って上がってこい馬鹿」
こいつの辞書には汚物みたいな単語しか並んでないんだろうか。むかむかするが、目の前に骨ばった手を差し出され、しぶしぶ握る。そうして驚いた。
……手、マメだらけじゃん……。
まさか、こんなマメができるほど穴を掘っていたってことだろうか。なんで……とぐるぐるしている間に強い力でぐい、と穴から引き出され、俺はよろめきながら地面に倒れ込む。
全身を包んだのは、冷えた秋の空気だった。
「よかった。一生出られなかったらどうしようかと思った……」
「ビビりめ」
額に浮かんだ汗をざっと乱暴に手の甲で払いつつ、工藤がせせら笑う。
「こんなぎゃんぎゃん言われるなら出さなきゃよかった」
「おい……」
陰鬱な声で言われてぞっとする。距離を取ろうと尻でいざったと同時に、ふふ、と工藤が笑った。
こいつはまず声を出して笑わない。だから、いきなりの含み笑いに本気でちびりそうになった。
モナリザが爆笑したら、今と同じ驚きを感じるに違いない。
「お前のひっどい顔、やっぱいいわー」
「は?! え?!」
こいつ、ガチで俺を落とすつもりで穴掘ってたのか? そんなに俺が嫌いだったのか? どんだけ憎まれてんだよ、俺! いや、そもそもだけど、俺がここに来るってなんでわかった? まさかストーカー?
数秒の間にさまざまな思いが脳を飛び交う。あたふたする俺を、工藤は琥珀色に透ける目で眺めてから、ややあって、なあ、と呼びかけてきた。
「そっちはなんでこんなとこにいんの?」
「そっ……」
「おかしいだろ。こんな時間にスコップ持って。なにしてたの」
「いや、それはー、そのー……」
「言わないともう一度穴に突き落とすけど?」
真顔で物騒なことを言いやがる。本気かどうかは普段から表情筋が死んでいるこいつの顔からは読み取れない。でも……こいつならやりかねない危うさがある。
「答えないの?」
言葉に詰まる俺にしびれを切らしたのか、工藤が腰を上げる。その顔を白々とした懐中電灯の明かりが下から照らす。
……これマジで穴に叩き込まれるやつじゃね?
獲物を見つけたオオカミの目、なんてよく言う。オオカミなんて見たことないけど、多分、こんな目をしているんだと思う。底光りしていて危うくて、目が離せないこんな。
ただその俺の直感が正しいなら、俺は絶体絶命ってことじゃないか?
怯える俺に工藤はじりじりと迫ってくる。俺よりも華奢なくせに、全身からゆらっと妖気が漂っているようで……だめだ、怖い。
本気で喉笛食い破られるかも、と背筋が凍った。というかもうこれ、確実に穴の中に逆戻りになるような。もしなったら今度こそ出してもらえないかもしれない。そうなったら、そうなったら……ああああ、もう!
「ち、地底の入り口!」
観念して怒鳴ると、工藤がぴたっと足を止めた。
「……今、なんて?」
「だ、だ、だから! 地底世界の入り口探してたんだってば! おま、お前知らない? この辺りってそういう伝説あんの! 地底で暮らしてる人達の国があってそこへ繋がる入り口があるって話! 俺それ探してんの! 地底人になりたいの、俺!」
呆気に取られたように薄い唇が開く。
再び沈黙に染められた俺達の間を、笑うみたいな鈴虫の声が通り過ぎていく。
「……ガチで?」
半信半疑の声で問いかけられる。その顔にはいつも通り表情がない。だからこいつがなにを考えているかはわからない。
めちゃくちゃ呆れているのかもしれない。
けど、俺は。
「ガチだよ! ずっと探してんの! 中三の時からずっと! これでいいかよ!」
「………」
この後自分に訪れる展開をシミュレーションしたとたん、全身の力が抜けた。
だってそうだろう。俺は学校でチャラ王子なんて呼ばれている。イケメンでノリがよくて誘われれば誰とでも遊ぶ。女子にも気軽に笑いかける。そういう軽いタイプのきらきら男子だから……って自分で言ってて恥ずかしくなってくるが。
とにかくその俺がだ。夜中にスコップで地面を掘り返して回っている。この事実はなかなかにシュールじゃないか?
パブリックイメージと行動がかみ合っていないことくらい俺にだってわかっていたからずっと知られないように気を付けてきたのに。よりにもよって、犬猿の仲のこいつに知られるとは……。
チャラいだとか、頭お花畑だとか、取り得は顔面だけとか、めちゃくちゃ貶されているこいつに!
……俺の人生、完全に詰んだわ。
震える俺を、工藤はどこを見ているんだかわからない目で眺めてくる。よほど驚いたのか、一分経っても二分経っても口を開かない。
「ええい! いつまで黙ってんだよ! さっさと馬鹿にしろってば! 中二病こじらせすぎとか、脳内花畑に害虫湧いてますよとか! 地底探すより、自分の心のケアしたほうがいいぞとか! いつもみたいにさあ!」
「俺、いつもそんなひどいこと言ってたっけ」
言ってたよ! と怒鳴る俺を工藤は複雑そうに見返してくる。んだよ、可哀想なもの見るみたいに見るんじゃねえ! と怒鳴り声を追加しようとしたとき、細い手が上がった。がりがりと自身の頭を掻き、独り言のように言う。
「ちょっと、その、びっくりした」
「……イタすぎて血が出てビビったって話か」
「丹羽、少し落ち着いたら。確かにイタいけども、そういうイタさで血は出ない」
わかってるわ! いちいちむかつく! しかもこいつ、ナチュラルにイタいって言いやがった。うう、と呻いて蹲る俺の耳に足音が迫る。見ると、工藤が目の前に膝を突くところだった。
「なにしてんだよ。さっさと笑えっての」
「いや、これは笑えんわ」
「笑えないほど重症か! そういうとこが腹立つんだよ! いっつも涼しい顔で馬鹿にしてきやがって! ほんともう!」
いらいらしながら地面の土を握り締める。それを思い切り顔面に投げつけてやろうとふりかぶる。でも……できない。
……くそ! なんでこいつにこの顔がついてるんだ!
憤ったとき、工藤が深い溜め息を落とした。目を尖らせた俺に向かって工藤の手が伸びてくる。なにすんだ、と後ずさろうとしたとき。
「やっぱ笑えない。だってお前笑ったら俺も哀れってことになるから」
肩がくんと掴まれ、引き留められた。
「…………は?」
完全に固まる俺の肩や二の腕を、工藤の細い手がぱたぱたとはたく。こびりついていた土が散り、ぱらぱら、と乾いた音を立てた。
「ガチならもうちょっと装備して来るべきだろうに。俺みたいにさ。そういうところ、やっぱ頭悪いな」
……俺みたいに? 装備? え?
確かにこいつ、ジャージ着てる。シャベルもロープも持って。でも、え?
「お前、は、俺を落としたくて落とし穴、掘ってた、んだよな?」
つっかえつっかえ確認する。すると、歪な笑みがふっと返された。
「やっぱりそう思う?」
「い、いや! お前が言ったんじゃん! 俺のひどい顔、いいとか!」
「……まあ、いつもの顔よりはそっちのほうがマシなのはほんとだけど、さすがに落とし穴掘るほど暇じゃない」
え、なにそれ。どういう意味? もうわけがわからなくて頭がふらふらする。俺は額を押さえながら問いを重ねた。
「ちょっと待った。じゃあ、なんでこんな穴……」
「同じ」
ぽいっと言葉が放り出される。は? と声を漏らす俺を、工藤の目が射貫く。
告げられたのは……信じがたい言葉だった。
「俺も探してた。入口。地底、行きたいから」
まず自然発生しそうもない穴の上から懐中電灯で照らされて。
「お前を落としたいから落とし穴掘った」
むかつくやつ選手権をやったら間違いなく優勝って男にそんなことを言われて。
俺はどうしたらいいんだろう。
「あの……お前、俺のこと、ここまで嫌いだったの?」
「丹羽だって俺のこと嫌いなくせに」
「いやー、嫌いは嫌いだけど、ここまでじゃねえよ」
ってか俺、お前の顔だけは好きだし。
……とは言えない。
だがこの状況はまずい。相変わらず俺は穴の中で、穴を掘った張本人によっていわば監禁された状態なわけだから。
「そのー、なあ、工藤、俺を穴に落として、どうする気、だったの?」
へらっと笑って発した問いに、工藤は思い悩むような表情をする。数秒後、こっちを見たやつの顔にはうっすらと笑みが浮かんでいて、場違いにも目を凝らしてしまった。
が、薄い唇から飛び出してきたとんでもない言葉に、俺は大きくのけぞった。
「愛でる」
「めっ……?!」
め、でる? それってそういう意味だ? 目が飛び出る? いやいや、そうじゃなくてめでるめでる…………愛でる?!
「俺、お前のことめちゃくちゃ嫌いなんだよね」
穴の縁から俺を眺め下ろしながらにやっと工藤が笑う。手にした懐中電灯の光に下から照らされているせいか、怪談話でもしているみたいな顔色だ。
「特にその、俺幸せですって感じのきらきらな笑顔見ると吐き気すんの。入学したころからずっと目障りだった」
「え……えと、そ、そうなんだ。でも今、愛でるって、その」
愛でるってのは、好きなものを大事に大事に見る、みたいな意味じゃなかったっけ? 今のこいつの台詞、全然好きなものって意味じゃなさそうなんですけど?
ビビる俺に工藤がひたと瞳を向けてくる。
「むかつくからこそ泣かせたいじゃん。実際、その怯え切った顔、めちゃくちゃそそるし。やっぱり穴掘ってみてよかったわ。どう? 落ち心地」
「どっ……ど、ど、どうじゃねえよ!」
こ、こ、こいつ一体なに言ってんの?!
ヤバい、声が上ずってしまう。その俺を工藤は淡々と見下ろしている。あまりにも冷静そのものなので本気で怖くなってきた。
「ごめん。今までひどいこと言い過ぎた。今度からはもうちょっと優しくすっから。だから」
謝るが、やつの表情は変わらない。なあ、と哀れっぽい声を出すと、工藤が不意に立ち上がる。懐中電灯の明かりも遠ざかる。
もしかして置き去りにされるのか?! こんな森の中に?!
「ちょ! 工藤?! 工藤さん?! おーい! 勘弁してって! あのー!」
「聞こえてる。うるさい、くそが」
不機嫌そうな声が穴の外から聞こえる。ほっとしたとき、ぽいっとなにかが落ちてきた。見ると、ロープだった。
「もういいわ。十分楽しんだから上がって来い」
面倒臭そうな声とともに、再び白光が頭上から降り注いでくる。
戸惑っていると、光の中にぬっと顔が突き出された。
「さっさと来いって」
つっけんどんに促され、俺はそろそろとロープに手を伸ばす。それは登山用のザイルで、ところどころ土がこびりついた使い込まれたものだった。
「お前、こんなものまで用意、してたの」
ロープにすがりつきながらつっかえつっかえに言う。返事はない。ただ、ロープがくん、くん、と引かれる感触がある。
やっと穴から頭を出すと、工藤が俺を引っ張り上げてくれているところだった。
ぐいっとロープが引かれるごとに体が大きく浮き上がる。
……めっちゃ力あるじゃん。意外すぎ……。
「重い。さっさと上がってこい。このデカブツ」
が、感心したのも束の間、どちゃくそに口汚く吐き捨てられる。おかげでほっとするのを通り越し、いらあっとしてしまった。
「なんで俺が罵られないといけねえんだよ、このチビ!」
「ああ、もう耳が腐る。不法投棄されたくなきゃ黙って上がってこい馬鹿」
こいつの辞書には汚物みたいな単語しか並んでないんだろうか。むかむかするが、目の前に骨ばった手を差し出され、しぶしぶ握る。そうして驚いた。
……手、マメだらけじゃん……。
まさか、こんなマメができるほど穴を掘っていたってことだろうか。なんで……とぐるぐるしている間に強い力でぐい、と穴から引き出され、俺はよろめきながら地面に倒れ込む。
全身を包んだのは、冷えた秋の空気だった。
「よかった。一生出られなかったらどうしようかと思った……」
「ビビりめ」
額に浮かんだ汗をざっと乱暴に手の甲で払いつつ、工藤がせせら笑う。
「こんなぎゃんぎゃん言われるなら出さなきゃよかった」
「おい……」
陰鬱な声で言われてぞっとする。距離を取ろうと尻でいざったと同時に、ふふ、と工藤が笑った。
こいつはまず声を出して笑わない。だから、いきなりの含み笑いに本気でちびりそうになった。
モナリザが爆笑したら、今と同じ驚きを感じるに違いない。
「お前のひっどい顔、やっぱいいわー」
「は?! え?!」
こいつ、ガチで俺を落とすつもりで穴掘ってたのか? そんなに俺が嫌いだったのか? どんだけ憎まれてんだよ、俺! いや、そもそもだけど、俺がここに来るってなんでわかった? まさかストーカー?
数秒の間にさまざまな思いが脳を飛び交う。あたふたする俺を、工藤は琥珀色に透ける目で眺めてから、ややあって、なあ、と呼びかけてきた。
「そっちはなんでこんなとこにいんの?」
「そっ……」
「おかしいだろ。こんな時間にスコップ持って。なにしてたの」
「いや、それはー、そのー……」
「言わないともう一度穴に突き落とすけど?」
真顔で物騒なことを言いやがる。本気かどうかは普段から表情筋が死んでいるこいつの顔からは読み取れない。でも……こいつならやりかねない危うさがある。
「答えないの?」
言葉に詰まる俺にしびれを切らしたのか、工藤が腰を上げる。その顔を白々とした懐中電灯の明かりが下から照らす。
……これマジで穴に叩き込まれるやつじゃね?
獲物を見つけたオオカミの目、なんてよく言う。オオカミなんて見たことないけど、多分、こんな目をしているんだと思う。底光りしていて危うくて、目が離せないこんな。
ただその俺の直感が正しいなら、俺は絶体絶命ってことじゃないか?
怯える俺に工藤はじりじりと迫ってくる。俺よりも華奢なくせに、全身からゆらっと妖気が漂っているようで……だめだ、怖い。
本気で喉笛食い破られるかも、と背筋が凍った。というかもうこれ、確実に穴の中に逆戻りになるような。もしなったら今度こそ出してもらえないかもしれない。そうなったら、そうなったら……ああああ、もう!
「ち、地底の入り口!」
観念して怒鳴ると、工藤がぴたっと足を止めた。
「……今、なんて?」
「だ、だ、だから! 地底世界の入り口探してたんだってば! おま、お前知らない? この辺りってそういう伝説あんの! 地底で暮らしてる人達の国があってそこへ繋がる入り口があるって話! 俺それ探してんの! 地底人になりたいの、俺!」
呆気に取られたように薄い唇が開く。
再び沈黙に染められた俺達の間を、笑うみたいな鈴虫の声が通り過ぎていく。
「……ガチで?」
半信半疑の声で問いかけられる。その顔にはいつも通り表情がない。だからこいつがなにを考えているかはわからない。
めちゃくちゃ呆れているのかもしれない。
けど、俺は。
「ガチだよ! ずっと探してんの! 中三の時からずっと! これでいいかよ!」
「………」
この後自分に訪れる展開をシミュレーションしたとたん、全身の力が抜けた。
だってそうだろう。俺は学校でチャラ王子なんて呼ばれている。イケメンでノリがよくて誘われれば誰とでも遊ぶ。女子にも気軽に笑いかける。そういう軽いタイプのきらきら男子だから……って自分で言ってて恥ずかしくなってくるが。
とにかくその俺がだ。夜中にスコップで地面を掘り返して回っている。この事実はなかなかにシュールじゃないか?
パブリックイメージと行動がかみ合っていないことくらい俺にだってわかっていたからずっと知られないように気を付けてきたのに。よりにもよって、犬猿の仲のこいつに知られるとは……。
チャラいだとか、頭お花畑だとか、取り得は顔面だけとか、めちゃくちゃ貶されているこいつに!
……俺の人生、完全に詰んだわ。
震える俺を、工藤はどこを見ているんだかわからない目で眺めてくる。よほど驚いたのか、一分経っても二分経っても口を開かない。
「ええい! いつまで黙ってんだよ! さっさと馬鹿にしろってば! 中二病こじらせすぎとか、脳内花畑に害虫湧いてますよとか! 地底探すより、自分の心のケアしたほうがいいぞとか! いつもみたいにさあ!」
「俺、いつもそんなひどいこと言ってたっけ」
言ってたよ! と怒鳴る俺を工藤は複雑そうに見返してくる。んだよ、可哀想なもの見るみたいに見るんじゃねえ! と怒鳴り声を追加しようとしたとき、細い手が上がった。がりがりと自身の頭を掻き、独り言のように言う。
「ちょっと、その、びっくりした」
「……イタすぎて血が出てビビったって話か」
「丹羽、少し落ち着いたら。確かにイタいけども、そういうイタさで血は出ない」
わかってるわ! いちいちむかつく! しかもこいつ、ナチュラルにイタいって言いやがった。うう、と呻いて蹲る俺の耳に足音が迫る。見ると、工藤が目の前に膝を突くところだった。
「なにしてんだよ。さっさと笑えっての」
「いや、これは笑えんわ」
「笑えないほど重症か! そういうとこが腹立つんだよ! いっつも涼しい顔で馬鹿にしてきやがって! ほんともう!」
いらいらしながら地面の土を握り締める。それを思い切り顔面に投げつけてやろうとふりかぶる。でも……できない。
……くそ! なんでこいつにこの顔がついてるんだ!
憤ったとき、工藤が深い溜め息を落とした。目を尖らせた俺に向かって工藤の手が伸びてくる。なにすんだ、と後ずさろうとしたとき。
「やっぱ笑えない。だってお前笑ったら俺も哀れってことになるから」
肩がくんと掴まれ、引き留められた。
「…………は?」
完全に固まる俺の肩や二の腕を、工藤の細い手がぱたぱたとはたく。こびりついていた土が散り、ぱらぱら、と乾いた音を立てた。
「ガチならもうちょっと装備して来るべきだろうに。俺みたいにさ。そういうところ、やっぱ頭悪いな」
……俺みたいに? 装備? え?
確かにこいつ、ジャージ着てる。シャベルもロープも持って。でも、え?
「お前、は、俺を落としたくて落とし穴、掘ってた、んだよな?」
つっかえつっかえ確認する。すると、歪な笑みがふっと返された。
「やっぱりそう思う?」
「い、いや! お前が言ったんじゃん! 俺のひどい顔、いいとか!」
「……まあ、いつもの顔よりはそっちのほうがマシなのはほんとだけど、さすがに落とし穴掘るほど暇じゃない」
え、なにそれ。どういう意味? もうわけがわからなくて頭がふらふらする。俺は額を押さえながら問いを重ねた。
「ちょっと待った。じゃあ、なんでこんな穴……」
「同じ」
ぽいっと言葉が放り出される。は? と声を漏らす俺を、工藤の目が射貫く。
告げられたのは……信じがたい言葉だった。
「俺も探してた。入口。地底、行きたいから」



