僕と君と廻る庭

-----------------------------------------------------------------------------------------------
 またねと言って振りあった手。
 その手が再び触れ合うのは。
 明日かもしれないし。
 遠い未来かもしれない。
 それでも。
 またねと次を約束したのなら。
 再び会えたその時に。
 それは(うそ)ではなくなる。
 それぞれの道に歩くなら。
 つないだ手は離さないといけない。
 別れの(きわ)に手を振りあったのなら。
 それは再会の約束。
 その日を夢見て。
 今日は眠る。
-----------------------------------------------------------------------------------------------

 その日は随分と葉が()っていた。

 風が吹く度に木々から葉がヒラリヒラリと飛ばされ落ちていく。
 僕はその光景に、どこか寂しさと、次の新たな葉をつけた姿への期待を感じる。
「そんなところでどうしたの?」
 庭で大の字に寝転んでいる僕の元へ彼がゆっくりと歩いてくる。
「特にどうもしてないよ、いつも通り庭を感じているだけさ……」
「そうかい?それにしてはいつもよりちょっとばかりセンチメンタルに見えるけれど」
「……君には(かな)わないな」
 そう呟いた僕の顔の上に舞った葉が乗っかってきた。
「プッ!」
 その様子を見ていた彼は思わず噴き出す。
「わーらーうーなー!」
 僕は顔に乗っかった葉を手で払うと、そのまま庭をゴロゴロと転がった。
「何してんのさ」
 彼が少しあきれた様子で転がる僕を追いかけてくる。
 転がる、と言っても、勢いよくゴロゴロと転がっている訳ではない。
 ゆっくりと仰向(あおむ)け、うつ伏せ、仰向け、うつ伏せ、になるという行動を交互に行っているだけだ。
「なんかつまんないなぁと思ってさぁ……」
「つまらない?何が?」
「今日さ『今まで当たり前だと思ってた』事が、そうじゃなかったんだなって。気付いたんだ」
 僕はうつ伏せになると、駄々をこねる子供の様に足をばたつかせる。
「成程ね……確かに、同じ日常を送っていると、その日常が『あって当たり前』に感じてしまうかもしれないね」
「そう、でもそれももう終わってしまったんだ。そしたら急にその日常が(こい)しくなって『あぁ、もうあの頃には戻れないんだ』そんな気持ちが(あふ)れてきて。明日になっても、もうその日常が無いんだって……」
 僕はそう言って深いため息をつく。
「そう思うって事は君は、その日常が大好きだったんだね」
「うん。でも――それに気付くのがあまりにも遅すぎた。もっと早く気付いていれば、思いっきりその日常を楽しんで、大切にして過ごしていたのに……何でもっと早く気が付かなかったのかなぁ……」
 今度は仰向けになって空を見上げる。少しまぶしい、目が痛い。
 そんな気がして僕は腕で両目を(おお)うと(ひとみ)の奥でじわりと熱い物が込み上げる。
「――君は今までその日常を大切にしていなかったのかい?」
「え?」
「君は毎日、その『当たり前だと思っていた日常』を意味も無い一日だ。そう思って一日一日を過ごしていたのかい?」
「……いや、毎日すっごい楽しかった。毎日『またね』って言うのが(さび)しいけれど、でも明日にはまた会えるから。早く明日にならないかなって、そう思ってた。勿論、毎日が良い事ばかりじゃなかったけれど。それでも――うん、僕は毎日を大切にしていた――と思う」
 目を閉じると、過ぎた日々が次々と鮮明(せんめい)(よみがえ)る。
「なら、後悔する事も、やり直したいと思う事も無いと思うよ。過ぎた日常に()いが残らないように君は毎日を心から楽しんだ。その日常が終わってしまう事は確かに寂しいかもしれない。だけど、過ごした日々の思い出まで消えてしまう訳ではない。そうでしょ?」
 彼の言葉に徐々に涙が(あふ)れてきた。
 過ぎた日々を思い出せば思い出すほど、それらの記憶が(いと)おしくてたまらない。
 笑いあった日もあった、腹が立つ日もあった、悲しい日もあった。
 今はその全てが愛おしい。
「うん……それに、いつもみたいに『またね』って、そう言って別れたんだ」
「その時、別れた人はなんて言ってたの?」
「その人も『うん、またね』って……」
「なら、いつかまた会えるじゃないか」
「えっ?」
 彼の一言で、何故か胸の奥が少しだけ軽くなる。
「『またね』と言ってくれたのなら、その人は君との『再会』を夢見ている。僕は思うんだ。

『またねとは、再会の約束の言葉』

 なんじゃないかと」
「再会の――約束……」
「そう、君はその人に『もう会えない』と思って『またね』と言ったのかい?違うでしょ?」
 僕は小さく(うなず)く。
 またいつか出会って。色々な話をして。
 バカみたいな事もして。沢山笑いあって。
 また、そんな時が来ればいいな。
 そんな思いを胸に()めて、夕日を背にしたあの人に手を振ったんだ。
「君が『また会おう』そういう約束の意味を込めた『またね』と振った手に、同じ言葉で返してくれたのなら、その人も、君に『また会おう』という約束をしてくれたんだよ。その『再会』が明日じゃなくても、いつかまた会えると、君を信じているからそう言ってくれたんじゃないかな。きっと、皆同じ思いでそうやって『またね』と言って手を振って別れてるんだと思うよ。君一人じゃない、きっと皆――少なくとも君に手を振ってくれたその人は、今君と同じ気持ちだと思う」
 そう言って彼は優しくほほ笑む。
「そうだといいな。でも……会うのが何年も先だったら、全然会えなかったらどうしよう……」
「それは、君に人生があるように、それぞれの人にも人生がある。だから僕は軽々しく、すぐに会えるといいね、なんて事は言えない。でも、一つだけ言えるとしたら……」
「言えるとしたら?」
 彼は一呼吸置いて口を開く。
数年越(すうねんご)しにちゃんと会えたなら『またね』の約束を果たせたことになるんじゃないかと僕は思うし。その()めていた年月(としつき)の分だけ、また会えた時の感動も大きい。きっと話すことだって山()みだよ。今までの日常では体験できなかった喜びを、体験できるんじゃないかな。そう思うと、少しの別れも悪くはないかなって。そう、思えるんじゃない……?」
 彼は優しくそう言いながら、舞い落ちてきた葉を一枚拾い上げると、再び風が吹いた時、その風に乗せて飛ばすように、優しく放った。
「そっか……僕は今まで『またね』という言葉にそんな意味があるなんて思わないで軽く使っていたよ……。そんな深い意味があったんだね……」
「うーん、確かに『またね』にそういう意味はあるけれど。元々あったその意味が『今日という日の別れ』を経験した事によってその意味がより一層(いっそう)深まった。僕はそう考える方が自然なんじゃないかな。こんな風に語る僕だけど……正直今君が抱えてる『またね』の不安や、言葉の重みは今の僕にはわからないからね」
 彼は少し照れくさそうに言いながら僕に微笑む。
 僕はその微笑みを見ると、胸の奥の締め付けがどんどん緩やかになっていくのを感じた。
「……言葉の持つ意味は、その人の経験でも、育まれていくんだね……」
 僕はその時、ふと、一つの言葉が頭に浮かび、ムクリと上半身だけを起こす。

「『問いを育てて、意味を(はぐく)む』――」

「え?」
 彼は不思議そうに僕を見る。

「『そして、言葉は(まわ)り、新たな問いへ――』」
 僕の言葉を聞いた彼の顔が明るくなった。

「僕が考えた(うた)だよ。もう一度聞いてくれる?」
「勿論!!」
 僕は深呼吸をする。
 それと同時に小さな風がサラリと吹く。
 やがて、その風がピタリとやんで、庭に静寂が訪れた時、僕は静かに言葉を紡いだ。

「問いを育てて、意味を育む。そして言葉廻り、新たな問いへ」

 (しば)しの沈黙が続いた後……。

 クシュン!

 彼のくしゃみが響き渡る。
「あのさぁ……」
 僕は深いため息をつくと、彼を横目で見る。
「ごめんごめん!あの、なんて言おうか考えてたら鼻がむずむずして……でも――うん……凄く君らしい――いや、とっても『この庭らしい』詩だと思う!問いを育てて――かぁ……」
 僕は黙って頷く。
「今まで僕達は色んな問いについて話して来た。そしてその(たび)意味を僕達で探して。それからまた別の問いの意味を探している時。前に探した問いの意味を使って、新たな問いの意味を探していた。つまり、その言葉は廻って、新しい問いへとなった。でも僕達はそれを意図(いと)して使っている訳じゃない――自然と出てきた。『尊重』だったり『普通』だったり。他にも沢山……」
「そうだね、今日も君は『日常』って言っていた、つまり君の今までの日常は『普通』だったんだよね」
 僕は彼の言葉に(うなず)いた。
「そう、そしてそれは今日だけじゃない。今まで色んな話をしている時に、僕達が意味を見つけた言葉を使っていた」
「……(まわ)ってるね」
「うん……」
「という事はだよ」
 彼はそう言ってまた僕に優しくほほ笑んだ。
「君の今日の『またね』という言葉も、いつか廻って、君に帰ってくるって事じゃないか」
 彼の言葉に僕はハッとする。
「そうだね――そうだよね!」
「うん!だから『大丈夫』だよ!!」
 そして彼と僕は抱き合って笑いあうと、庭に僕達の大きな笑い声が木霊(こだま)した。

 そうだ。

 あの日。

 僕達は。

                ――(まわ)っていたんだ――