僕と君と廻る庭

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 暑さを(しの)ぐ事。
 寒さを凌ぐ事。
 暑さは冷気で快適になれるが。
 寒さは(だん)で快適になれるのか。
 暑さは孤独(こどく)を与えないが。
 寒さは孤独を与える。
 当然の(ぬく)もりは。
 寒さで()ちひしがれた時にこそ。
 その意味を知る。
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 その日はとても寒かった。

「今日は随分と冷えるね」
 僕達は今日も相変らずいつも通り庭を歩いていた。
 ピュウと冷たい風が僕達の(ほほ)を撫でる。
「そうだね、昨日はあんなに温かったのに、本当にこの庭は気まぐれだね」
 寒さのせいか、彼の頬と耳が少し(あか)くなっている。
 きっと僕も同じだろう。
 その時、ふと僕は自分のズボンのポケットに違和感(いわかん)を覚える。
 まるで何かが入っているような、そんな感覚。
 僕はその違和感を確かめるためにゴソゴソとポケットを漁ると、いつの間にか『何か』が入っている事に気付いて、それを取り出した。
「これは――カイロ?」
 僕がポケットから抜いた手には使い捨てのカイロが握られていた。
 それはまだ未使用で(ふう)が開いていない、新品の物だった。
「それは?」
 彼は不思議そうに横からヒョイと僕を覗き込む。
「使い捨てのカイロだね。でもおかしいな。僕はこんな物用意した覚えは無いし。なんか、『気が付いたら』ポケットの中に入ってたんだ」
「使えるの?」
「うん、多分新品のままみたいだから使えるんじゃないかな」
 そう言って僕はペリペリと開封し、中身のカイロを取り出し。
 ワシャワシャと少しこすると、少しずつ温もりが出てきた。
「うん、大丈夫みたいだね」
 僕はそれが使える事を確認すると「はい」と言って彼に差し出した。
「あげるよ」
「……いいの?」
 彼は首を傾げながらそう聞いて、僕が頷くと彼はそれを受け取った。
「ありがとう、じゃあ貰うね」
 カイロを受け取った彼はさっそくそれに頬ずりをした。
 やはり顔が寒かったのだろう。
「あったかい……」
「寒い時にカイロを頬っぺたに当てると気持ちいいよね」
 僕はクスクスと笑いながらそう言う。
「うん」
 彼が大事そうにカイロで暖を取る姿に、微笑ましさを感じた。
「ねぇ。これは元々君の物で大事な物だったんじゃないの?」
 ふと彼はそんな事を聞いてきた。
「大事だなんてそんな、大げさだよ。それに言ったでしょ、気が付いたら入っていたんだ。元々僕が用意した物じゃあ無い。だから別に僕の物でも無い。それを君にあげるのは自然な事だよ」
「そっか、じゃあこれはもう僕の物だ!後からやっぱり返してなんて言っても返してあげないからね」
 彼は無邪気(むじゃき)にそう言って笑う。
「えぇーそれはちょっと意地悪じゃない?」
 僕もつられて笑う。
「ねぇ、どうして君はこんなに優しいの?」
 彼は不思議に思った様子で僕に問いかけた。
「どうしてって――まぁそれは君が友達だし……」
「友達……か」
 彼は顎に手を当て、少し考え込んだ様子の後、続けた。
「仮に、昔の僕だったとしても?」
「どういう事?」
 僕は彼の言葉に首を傾げる。
「多分なんだけど――『僕が僕』になる前は僕は君の事を心から『友達』だとは思っていなかったと思う。全くとは言わないけれど、人間という事――君という事を理解しようとしていなかったと思うんだよね。あの時から君は僕を『友達』と思っていてくれたのかは分からないけれど、仮に今もあの頃の僕だとしても君は、僕にこうしてカイロを渡したの?」
「うん、渡したよ。まぁ、昔の君だったら『結構です』と言って断っただろうけれどね」
「あー……確かに」
 彼は少しバツが悪そうにしながらも僕に続けて問う。
「もし断ってたら君はその僕にどうしてた?」
「うーん。多分『そっか、もし寒くなったら言ってね、いつでも貸してあげるから』そう言うんじゃないかな」
「そうなんだ。少し意外かも……」
 彼は目をパチクリさせながら少し驚いた様子で僕を見た。
「そう?なんで?」
「なんか、君なら『いいからいいから』って無理やり押し付けるかもしれないなって、なんとなくそう思ったんだ。君は優しいから……」
 彼の言葉に少し納得し、小さく頷きながらも少し否定した。
「あまり自分から『僕は優しいです!』って言う人はいないだろうけれど、君の言葉を借りて言うと『優しいからこそ』君に押し付けないよ」
 僕がそう答えると、彼はより一層(いっそう)混乱した様子で首を傾げた。
「『優しさの押し付け』は『優しさ』と違うんだよ」
「『優しさの押し付け』?」
「そう、自分は良かれと思った事が必ずしもそれが正しいとは限らないんだ。本当の優しさというのは『相手を思いやる気持ち』なんだよね。そうだな……例えばさ、あの木を見てみて」
 そう言って僕は少し先にある木に指差す。
 その木から一本だけ枝が変な所からチョロリとはみ出して、少し不格好(ぶかっこう)だ。
「君はあれを見てどう思う?」
「どうって。元気に育ってるなぁとしか」
綺麗(きれい)に見える?」
「うーん、あのはみ出してる枝が少し気になる程度で、特に何とも思わないかな」
「そう、僕達はあの木は『あのままでいい』と思っている。でも僕が今から『じゃああの枝を切るね』と言ったら君はどうする?」
「そ、そんなの駄目だよ!」
 僕がそう言うと彼は大きな声で言う。
「どうして?切った方が見栄(みば)えはいいよ?」
「あの木はあのままだからいいんじゃないか!」
 続けて彼は彼は少し怒った様子でそう言った。
「そう、それだよ」
「え?」
 彼はキョトンとした顔で僕を見る。
「僕達はあの木はあのままで良いと思ってる。でも『見栄えを良くしたいから切ってあげようか?』というのは意地悪(いじわる)ではない。(むし)善意(ぜんい)から出る言葉なんだ」
「あっ……」
 彼は僕の言葉に納得したように「確かに」と呟いた。
「でも、その善意の押し付けは君の心を傷つけかけた。だから、その善意の押し付けが必ずしもその人にとってありがたい事だとは思わないんだ。『あの人と仲良くなりたいから優しくしよう』その気持ちは確かに大事だ。でもその優しさを相手に送る前に、一度立ち止まって考える。そして声をかけた時『いや、大丈夫だよ』と言ったのならそこで一歩下がる。それが大事なんだ」
「成程……いつか話した。相手への『尊重』だね」
 彼はそう言ってもう一度大きく頷く。
「そう、その通り、その見極(みきわ)めって凄く難しいんだけれどね。一見、外から見ると『困ってるかも』『誰かの助けを必要としてるかも』そう思っていても、もしかしたらその人は今『一人で達成する事』を目標に頑張っている途中なのかもしれない。その時声をかけた時『一人で頑張りたいの』と言ってくれればわかりやすいけれど、必ずしもそうとは限らない。それなのに『善意の押し付け』で、もう少しでその人が一人で達成できそうな目標にいきなり入り込んでそれを手伝ってしまったら、その人の心に近づけるどころか、その人は自分から距離を取ってどこかへ行ってしまう」
 僕がそう言うと、納得した様子の後に新たに疑問が浮かんだようで僕に問いかけた。
「でももしその人が『本当は助けてもらいたいけれど、強がっている』だけだったら、その時はどうすればいいの?」
「そこもとても難しいよね。正直、僕もそういう時、どうすればいいかわからない。僕は困った時はすぐに『助けて』と言える。それは前に君が教えてくれた、僕に強さがあるから。でも中には君の言う通り、困っている事を周りに打ち明けられなくて助けてもらいたい。せっかく手を差し伸べて貰っても、素直に受け取る事が出来ない人もいるかもしれないね。そういう時は『遠くから見守り続けて』(しばら)くしたら、誰も見ていない所でもう一度声をかけてみるのもいいかもしれない」
 僕はそう言うと、人差し指をピンと立てる。
「特にこの『暫くしたら』と『誰も見てない所』が僕は大事だと思う。時間が経てばその人の心は少し変わっているかもしれない。そして、大勢の前では(さら)け出せないけれど、何度か声をかけてくれた相手と二人なら、もしかしたら心を開いてくれるかもしれない。でもこれは結局最終的に『その人次第(しだい)』だから『自分の優しさ』で解決できるものじゃないんだ。だからとっても難しい。そして何より、ここからが一番大事だと思うんだけれど。
 
『自分の優しさで、相手に飲まれないで』

 これは……絶対に大事な事だと僕は思う」
 僕の言葉に彼はより一層首を傾げる。
「どういう意味?申し訳ないけれど、僕にはその意味が全くわからないよ……」
「うん。これはね、ちょっと言葉にするのが難しいからね。正直、この僕の表現もあっているのかわからない。ただね『優しすぎると自分が傷つく』事があるんだ」
「優しいのに傷つく?自分が?」
 僕は黙ってゆっくりと頷く。
「そう、自分の『あの人に優しくしたい』『助けたい』そう思う気持ちが強すぎると、いつの間にか『自分を見失(みうしな)う』事があるんだ。『優しくする』という事は『自分の一部を(けず)る』事だと僕は思う。相手の事を強く思い続ける事に夢中になりすぎて、気が付いたら自分の心の奥深くまで削れてしまっている事もある……」
 僕の言葉に彼は「うーん」と悩んだ後、小さく頷いた。
「……本当に難しいけれど……わかる気がするよ。つまり、『相手を優先しすぎてしまう』、そういう事だよね?」
「相手を思いやる気持ちは大切だし、優しい人ほど『助けになりたい』っていう思いは強くなる。でも、中にはその『優しさ』に依存(いぞん)してしまう人、つけこんでくる人もいる。依存されてしまったらそれはその人の為にはならないし、つけこまれたら知らず知らずのうちに自分を良いように利用されてしまうかもしれない。『優しさ』とは所謂(いわゆる)諸刃(もろは)(つるぎ)』ってやつなのかもしれないと、僕は思うんだ……」
 僕がそう言うと、彼は少しだけ悲しそうな顔になった。
「ちょっと想像したけれど、凄く怖いね……君の優しさを悪さに利用されるなんて事を考えたら、僕は絶対に許せないよ」
「ふふっ、ありがとう……でも悲しい事に、そういう人も世の中にはいるんだ。だから『優しさ』は自分の中で見極(みきわ)めないといけない。そう思うとね。

『優しくない人』は必ずしも『悪い人』とは限らないんだ。

 初めから優しくしなければ、自分を見失う事は無い。そういう『生き方』をするのも僕は別に悪くないと思う」
 僕はそう言って彼に少しだけ微笑んだ。
「そっか――初めから自分を守る為に……」
「うん、でもそういう人でも『全く優しくない』事はないんだ。誰か大切な人には優しくする。家族だったり、友人だったり、(ある)いは恋人だったり。だから、一見『あの人冷たいな』『あんまり優しくないな』と思っても、見えない所では優しい人もいる。

『他人に優しくするなら自分を見失わず』

『優しくないという決めつけは良くない』

 この二つは、結構大事な事だと僕は思う」
 僕がそういうと彼はとても真剣な顔をして深く悩んでいた。
 だから僕は()えて次は声を明るくして彼に言った
「まぁ、こんな(えら)そうな事を言ってる僕も、そんな生き方が出来てるかわからないんだけどね!」
 あっけらかんと僕が笑うと、彼は一瞬驚き、戸惑った表情を見せたが、僕に釣られて笑った。
「確かに、君は本当に『優しすぎる』くらいだからね」
「それって褒めてるの?」
「さぁ、どうだろうね」
 彼は茶化すように笑う。
「でもまぁ『優しすぎる僕達』だからこそ、この庭に居れるのかもしれないね……」

 その時、ピュウと冷たい風が吹く。

「さ、寒い!ちょっとさっきのカイロ貸して!」
 僕は彼に手を伸ばすと、彼は自分の手元のカイロと、僕の手を交互に見て、ニヤリと笑った。
「成程、これで君にこのカイロを返さなければ、僕は君の優しさに付け込んでカイロを(うば)った事になるんだね」
 彼はそういうとその場から突然駆け出してしまった。
「えっ!」
「君は少し『優しすぎる』んだよー!!」
 彼はそう大声を上げながらせっせと走り去ろうとする。
「この!まてー!」
 僕達はそのまま庭を走り回る。
 楽しさで夢中になってか。
 走った事で体温が上がったのか。
 彼の『優しさ』に触れたからなのか。
 不思議と『寒さ』は感じなかった。

 そうだ。

 あの日。

 僕達は。

               ――『温もり』を感じたんだ――