瞬夏終冬(しゅんかしゅうとう)

「なぁ、何個か訊いていいか」
「いいよ」
「いつから俺のこと好きなの」

 周は恋愛ごっこが始まる前から、俺のことを好きだったと言った。叔父としての親しみを込めたものではなく、恋愛対象として見ていたと。

「失恋しかネタに出来ないとはいえ、愛とか恋とか、そういう歌で飯食ってた人間とは思えない鈍さで申し訳ないんだけどさ、正直俺は全然気付けなかったんだ。恋愛ごっこが始まってからはそれらしい感じがしないでもなかったけど」
「気付かれないようにしてたからね。ほら、特技は隠すことって履歴書に書けるぐらい、そこについては年季入ってるから」

 開き直ったような顔で笑うのがもどかしい。秘密など、誰が好き好んで抱えたがるというのか。

「ツラかったろ。ごめんな」

 言いたくても言えない。
 口に出して失敗すれば、恋も相手も失う。
 今まで通りの関係ではいられなくなる。
 男女の恋愛でもそれは同じだ。
 けれど同性間の恋愛となるとそれらに加え、目に見えない別の要素が心理的圧力として重なる。
 誰かを好きになるという気持ちに、違いなどどこにもないのに。

「ちなみに今謝ったのは同情とかそういうのじゃないからな。単に気付いてやれなくて悪かったってことだから」
「いいよ。僕だっていつから好きだったのかって聞かれても、すぐ答えられないし。なんて言ったらいいのかな、普通に平板な道をてくてく歩いてたつもりだったのに実はそこはゆるっとした下り坂で、ちょっとずつ加速がつくみたいにいつの間にか好きになってた、みたいな感じだったから」
「きっかけもわからない?」
「強いて言うなら、初めて会った時じゃないかな」

 そんな昔まで遡るのか。

「もちろん、あの時は好きとかそんな気持ちはなかったよ。ただ、自分と同じようにはみ出てるヒトがいるんだなって、ちょっと心強かったんだと思う。しかも大人なのにって。それで興味が湧いたんだよ」
「世間一般の真っ当な大人じゃなかったもんなぁ……今もそうだけどさ」

 だからせめて、正しい大人であろうとした。
 けれど。

「なぁ、『正しさ』て何だと思う?」

 予期せぬ方向からの質問に面食らった顔をしたものの、周はしばらく考えた後、自信のなさそうな声で「……間違いじゃないこと、とか」と答えた。

 間違いじゃないこと。

「では、ここで問題です」
「何なに」
「あるところにYという男性の作詞家がいました。YにはAという年の離れた18歳の甥がいますが、血の繋がりはありません。このふたりが恋愛関係を結ぶことは正しいと言えるでしょうか?」

 周の表情が固まる。
 俺の胸に、ずっとわだかまっていたもの。

 『正しさ』とは、何だ。
 『正しい大人』とは、誰のことだ。
 『正しい関係』とは、何に対してだ。
 『正しくないこと』は即ち、間違っていることなのか。

「その問題に答えはあるのかな」
「お前はどう思う」
「質問を質問で返すのはズルい」
「問題を出しているのは俺だよ。言っただろ。今は俺のターンなの」

 周は目を伏せ、数度の瞬きをした後、こちらを見た。

「正しくない」
「理由は」
「そこまで僕に言わせるとか、葉くん、Sだね」

 俺は目で続きを促す。

「……そもそもふたりとも男でしょ。あと、身内同士ってことも倫理的に引っ掛かりそう。Aの親を含めて、その関係を素直に受け入れてくれる人はきっと少ないだろうし、面白おかしく言われるならまだしも『触れちゃダメ』みたいな空気になる気がする。あと、Aは法律上は大人だけど、まだ働いてもいない高校生だから、何かあった時に責められるのがYになる」

 『正しくない』と答えた背景には、これだけの理由があると周は考えている。
 いや、恐らくこれまでに何度も考えていたのだろう。
 だからこその隠し事だったに違いない。
 自分の気持ちよりも、俺や周りのことを優先する周らしい理由。

「では、ここでもうひとつ問題です」
「今度は何」
「そのふたりの関係が『正しくない』というのであれば、それはイコール『間違っている』ということでしょうか」

 今度の問いに対して、周はハッとした。

「……出題の仕方を変えるぞ」

 俺は膝の上に置かれていた周の左手に、自分の右手を重ねた。

「周りの誰もが『間違っている』と言うことに対して、自分が『正しい』と信じられる根拠があるなら、それは『正しさ』になり得るでしょうか」

 周は一呼吸置いてから、俺の目を見て答えた。

「答えは『なり得る』だね。例えば『ヒトを殺すことについて、そうすることを良しとする根拠があればそれは正しさになる』と言われたら、普通は否定すると思う。ヒトが持ってる生きる権利は、誰も奪っちゃいけないから。でも、その根拠は時代や立場によって変わるよね。仇討ちが許されていた時代なら、仇を討つことは正しいとされていた訳だし。だから、葉くんと僕の関係に当てはめた時も僕は『正しい』と答えたい。僕の気持ちを否定する権利は誰にもないし、周りの誰かが『間違っている』と言ったとしても、僕らにとって信じられるものがあるならそれが正しい形なのだと思うから」

 意志の強い目が、曖昧にしてきた俺の弱さを射抜く。

「葉くんにとっての『正しさ』は、誰が決めるの?」

 本当は分かっていたんだ。
 レストランで周が泣き出した時、面倒臭いと思わなかった時点で、もう答えは出ていた。

「俺の正しさは、俺が決める」

 自分の感情に名前を付けるのは、他の誰でもない。
 自分だ。

「俺は、周が好きだよ」