瞬夏終冬(しゅんかしゅうとう)

 この水族館には男前のウミガメがいると言っていたのは、高校生の頃の姉だった。

「目元が凛々しくて甲羅も立派で、すごく大きいのに水の中を優雅に泳ぐ姿がめちゃくちゃ良いのよ」とデートから帰るなり力説していた。そのウミガメがオスなのかメスなのかの区別も付いていないだろうに、なぜ男前と断定出来るのか、当時の俺には意味がよくわからなかった。
 男前と持ち上げることで「無邪気にウミガメを褒める可愛い女」を演出していたのか。あるいはウミガメを持ち上げてまでも相手に嫉妬させようとしたのか。
 女というのは言動のひとつひとつに表の意味と裏の解釈があるのだなと、後に俺は思ったものだった。

 カメは万年生きるというなら、かつて姉が見たという男前のウミガメはまだここにいるのだろうか。
 分厚いガラスの向こうで微動だにしないウミガメを眺めながら、そんなことを思い出していた。

「ウミガメの寿命ってさ、70年から80年って言われてるんだって」

 レストランを出てもまだ泣いている周を連れて、ウミガメの展示近くに置かれていた長椅子に腰掛けること、およそ30分。ようやく気持ちが落ち着いてきたのか、下を向いてハンドタオルを片手に周は鼻をすすっている。
 長生きのウミガメと18歳の高校生、32歳の俺。

「さすがに万はいかないか」
「そんなに生きたら、もう妖怪だよ」

 ティッシュを取り出し、軽く鼻をかむ。いつもの軽口が出てきたと思ったが、次の瞬間、うめき声と共に大きなため息を吐いた。

「……かっこ(わる)。もう最悪」

 首に手を当て、目を閉じてうなだれている。

「何が」
「子ども扱いされないように、今まで言葉の使い方とか返事の仕方とかめちゃくちゃ気を付けてたのにさ、感情に任せてぶっちゃけちゃって、もう全部台無しだよ……」

 うぅ、とせっかく止まった涙がまたぶり返しそうな勢いで落ち込んでいる。

「葉くんのバカ」
「はいはい、俺はバカですよ」
「嘘。全然違う。葉くん恰好良い。葉くん大好き」
「隠す気ゼロだな」
「だってバレちゃったから、もういいかと思って」

 伏せていた顔を上げ、今度は大きく伸びをする。周の肩の辺りからパキッと音が聞こえた。

「バカを否定するなら天才とか言えよ」
「葉くん、天才じゃないし」
「傷付くなぁ」
「怒ったり苦しんだりしながら歌詞作っててさ、人間らしさ全開なんだもん。そんな人に向かって『才能があっていいね』なんて簡単に言えないよ」
「……思慮深いな、お前は」

 もう本当、こういうことサラッと言えちゃうの、何なのお前。

「さっきのレストランでの話、あれだけ自分のことをぶわーっと話せるの、純粋に凄いな。ちょっと尊敬したわ」
「嫌になったの間違いじゃないの?」
「ならないよ」
「試されてたって知ったのに?」
「あんなもん、試した内には入んないから」
「僕、葉くんの優しさにつけ込むような、ずるい人間だよ?」
「誰だってそうだよ」

 周だけじゃない。誰にでも表に出せない薄暗いところはあるのだ。姉にも、そして俺にも。