つがいがなんだってんだ!

 ***
 
 翌日の昼休みになっても、青葉は術式ノートから顔を上げられずにいた。もう何度目かも分からないため息を吐く。
 昨日からどれだけ計算し直しても、出てくる答えは同じだ。現行の構成で三十体すべてを同時制御できるのは、青葉だけ。一般的な保持霊力量に合わせて出力を落とせば、大型の術式魚を含めた一斉起動は成立しない。

「まーだ考えてんの?」
「眉間の皺深くなってんぞー」

 机の向かいから声が落ちてきた。
 顔を上げると、伊織と颯人が呆れたようにこちらを見ていた。

「今日決めなきゃいけないんだもん」
「今から術式を組み直すとか大変すぎん? おれだったら、速攻で自分がやります! って言っちゃうけどな」
「だって……今の私が使えてる霊力は、私一人のものじゃないし」
「でも、今は青葉が使える力なんでしょ?」
「そうだけど」

 言葉が詰まる。伊織はしばらく青葉の顔を見つめていたが、やがて向かいの椅子を引いた。

「青葉はさ、何がそんなに引っ掛かってんの?」
「……なんなんだろ。自分でも上手く言葉にできないんだけど……自分が組んだ術式のせいで、東雲に迷惑かかるじゃん」
「東雲は、大丈夫って言ってんだろ?」
「そりゃ、東雲はそう言うしかないじゃん。でも、なんていうか……それって結局、東雲の力がなきゃダメってことじゃん」
「東雲だからダメってこと?」
「違う。東雲がダメなんじゃなくて……」
「じゃあ、番の力だからってことか?」
「…………」
「……ねえ、青葉。怒るかもしれないけどさ、言って良い?」
「なに?」
「それさ。結局、番に支配されてるのと変わらなくない?」
「……は?」
「使えって言われたから使う。番だから受け入れる。それが嫌なのは分かるよ。でも、番だから絶対に使わないって決めるのも、判断基準が番であることには変わらないじゃん」
「そんな簡単に言わないでよ」
「簡単じゃないから言ってるんだよ」

 伊織は目を逸らさなかった。思えば、彼女にここまで突っ込んで言われたことは初めてかもしれない。

「じゃあさ、もし今の霊力量が、番じゃなくて、青葉が訓練して手に入れたものだったら? 青葉は迷わず使ったんじゃない?」
「! それは……」

 その問いに、はっとした。
 たしかに、もしこれが自分一人の力だったなら、こんなに迷ったのだろうか。
 単純に、これが番の力だから引っ掛かってるのか。それとも——。

「……使うかもしれない」
「うん」
「でも、私にしか動かせないなら、誰でも使える術式が完成したとは言わないでしょ」

 そう口にした瞬間、胸の奥で絡まっていた何かが、するりとほどけたような気がした。
 ああ、そうか。番の力を使いたいかどうかと、この術式を完成と呼べるかどうかは、別の問題なのだ。

「なるほどね。じゃあやっぱり、新しい方法考えなきゃね!」

 伊織は笑顔でそう言うと、がたりと椅子から立ち上がった。

「え、ちょっと待って。どこ行くの」
「購買ー!」
「あ、じゃあおれも行くわ。お前何かいる?」
「……サンドイッチ」
「了解ー」

 伊織と颯人が廊下へ出ていくのを見送ると、青葉は再び試験記録を確認した。
 個別試験は、すべて成功している。
 小型魚も、大型魚も、一体ずつなら誰でも問題なく動かせた。失敗したのは、三十体を一人の制御者へ接続した時だけだ。
 ……一人、か。
 青葉は、統括術式の構成をもう一度見直した。
 自分なら全部動かせる。だから、全部を一人で動かす構成にしたけれど。

「……なんで、全部を一人で動かす前提にしてたんだろう」

 誰でも使えることと、誰か一人で使えることは、同じではない。
 三十体すべての制御を、一人に集める必要はない。制御を分散し、起動と動きの合図だけを一つの統括術式で共有すればいい。
 青葉は勢いよくペンを取り、統括術式から三つの制御区画へ回路を枝分かれさせる線を引いた。