教室の外は一気に賑やかさを増していた。生徒たちがそれぞれの専門棟へ向かう中、青葉と東雲は自科霊棟へと続く渡り廊下へ足を向ける。
「じゃあ、行くか」
「……はあ」
「不満そうだな」
東雲は少し困ったように眉を下げた。
「なんか、上手いこと丸め込まれた気がするから……」
「だな……でも、興味はあるんだろ?」
「…………」
核心を突かれ、青葉は言葉を詰まらせる。
「……まあ、ちょっとね」
「なら良かった」
東雲はどこかホッとしたように、柔らかく微笑む。
なんであんたが嬉しそうな顔すんのさ。なんか、調子が狂うなあ。
付箋を見た時と同じようなモヤモヤが再び湧き上がってきて、思わず口を尖らせた。その時だった。
「青葉ー!!」
賑やかな廊下の向こうから、聞き慣れたひときわ明るい声が響いてくる。
振り向けば、資料集を抱えた伊織が、こちらへ向かって猛ダッシュで駆けてきていた。
「待って待って! 置いてかないでー!」
「伊織?」
勢いよく二人の前で急ブレーキをかけた伊織は、肩で息をしながらも、ぱあっと花が咲いたような笑顔を浮かべた。
「青葉! 自科霊来るって本当!?」
「う、うん。ハゲ山にさっき突然言われて」
「やったぁぁぁっ!!」
伊織は歓声を上げるなり、青葉の両手を掴んでぶんぶんと上下に振った。
「これから三か月、ずっと一緒じゃん!」
「あ……!」
そういえば。伊織は、霊力の流れを感知し、人や物、空間に残る情報を読み取る『感応霊術』の使い手だ。当然、自科霊に所属している。
「そっか……! 伊織と同じクラスなんだ!」
ありがとう、ハゲ山。最高だ。さっきまで胸に引っかかっていたものが一瞬でどうでもよくなるくらい、心強い味方の存在が嬉しかった。
そんな二人の盛り上がりに、通りがかった颯人が肩をすくめながら苦笑を漏らす。
「マジかよ。いいなー、お前ら一緒で。自科霊ならすぐそこじゃん」
「結界棟、一番移動遠いもんね。颯人も自科霊来る?」
「やーだね。俺の結界愛は深いんでな」
「なんじゃそりゃ。じゃあ文句言うな」
「それとこれとは別だろ。おい青葉、東雲に迷惑かけんなよ?」
「なんで! かけないし!!」
「はいはい、じゃあな。おーい、千堂! 行こうぜー」
颯人は背中越しに軽く手を上げ、結界霊術棟へ続く反対側の階段を、友人たちと歩いていった。
その背中を見送ると、伊織がくるりと改めて東雲の方へと向き直る。
「というわけで、東雲くん!」
「ん?」
「これからしばらく、うちの青葉をよろしくお願いしまーす!」
「ああ、こちらこそ。よろしく」
「青葉ってば、一度研究モードに入るとマジで周りが見えなくなるから! 誰かがストッパーになってあげないと大変なんだからね」
「知ってるよ」
「え?」
東雲からの思わぬ返答に、伊織と揃って目を瞬かせる。
「休み時間も、よく本を読んでるだろ。誰かが声をかけるまで、本当に気づいてないことが多いから。……かなり集中するタイプなんだな、と思って」
「…………」
確かにその通りだ。でも、そんな風に分析されていたのかと思うと、なんだか無性に気恥ずかしい。
妙な空気が漂う中、隣の伊織が口元をニヤリと歪めた。ねえ、絶対今面白がってるでしょ。良い性格してるよ、本当に。
「さ、行くよ! 二時間目が始まっちゃうぞー」
伊織に背中をぽん、と押され、三人で再び自然科学霊術棟——通称、自科霊棟へ向かう。教養棟から南へ延びる長い渡り廊下の先に、その建物はあった。棟へ足を踏み入れると、普段通っている術式創成霊術棟とは、どことなく漂う空気が違う。創成棟はもっと研究室然とした佇まいだけれど、ここは内装の色使いからしてどこかポップな雰囲気がある。
やがて東雲が教室の扉を開けた瞬間——まず耳に飛び込んできたのは、渦を巻くような賑やかな笑い声と歓声だった。
「なあ、昨日の実技、マジでエグくなかった!?」
「炎の出力調整ミスって、天井焦がしたやつ誰だよ!」
「お前だろうが!」
「あの美波ちゃんも血相変えて飛んできたもんなー」
「耐霊加工なかったら、この教室三回は爆発してんな」
教室のあちこちで、楽しげな声が飛び交っている。
窓際では、退屈しのぎに指先で小さなつむじ風をくるくると回して遊ぶ風操霊術の生徒。廊下側では、手のひらほどの水球を宙に浮かべ、器用にキャッチボールを楽しむ二人組。そのすぐ横では、植物操作の術者が、伸ばした蔦で棚の上の黒板消しをひょいと取り、手元へ引き寄せている。さらに別の机では、身体強化系の男子たちが、机を軋ませながら腕相撲に興じていた。
——なんだ、ここ……!?
呆気にとられ、何度も瞬きを繰り返す。まるで異世界へ迷い込んでしまったような感覚に、ただ立ち尽くすしかなかった。
「じゃあ、行くか」
「……はあ」
「不満そうだな」
東雲は少し困ったように眉を下げた。
「なんか、上手いこと丸め込まれた気がするから……」
「だな……でも、興味はあるんだろ?」
「…………」
核心を突かれ、青葉は言葉を詰まらせる。
「……まあ、ちょっとね」
「なら良かった」
東雲はどこかホッとしたように、柔らかく微笑む。
なんであんたが嬉しそうな顔すんのさ。なんか、調子が狂うなあ。
付箋を見た時と同じようなモヤモヤが再び湧き上がってきて、思わず口を尖らせた。その時だった。
「青葉ー!!」
賑やかな廊下の向こうから、聞き慣れたひときわ明るい声が響いてくる。
振り向けば、資料集を抱えた伊織が、こちらへ向かって猛ダッシュで駆けてきていた。
「待って待って! 置いてかないでー!」
「伊織?」
勢いよく二人の前で急ブレーキをかけた伊織は、肩で息をしながらも、ぱあっと花が咲いたような笑顔を浮かべた。
「青葉! 自科霊来るって本当!?」
「う、うん。ハゲ山にさっき突然言われて」
「やったぁぁぁっ!!」
伊織は歓声を上げるなり、青葉の両手を掴んでぶんぶんと上下に振った。
「これから三か月、ずっと一緒じゃん!」
「あ……!」
そういえば。伊織は、霊力の流れを感知し、人や物、空間に残る情報を読み取る『感応霊術』の使い手だ。当然、自科霊に所属している。
「そっか……! 伊織と同じクラスなんだ!」
ありがとう、ハゲ山。最高だ。さっきまで胸に引っかかっていたものが一瞬でどうでもよくなるくらい、心強い味方の存在が嬉しかった。
そんな二人の盛り上がりに、通りがかった颯人が肩をすくめながら苦笑を漏らす。
「マジかよ。いいなー、お前ら一緒で。自科霊ならすぐそこじゃん」
「結界棟、一番移動遠いもんね。颯人も自科霊来る?」
「やーだね。俺の結界愛は深いんでな」
「なんじゃそりゃ。じゃあ文句言うな」
「それとこれとは別だろ。おい青葉、東雲に迷惑かけんなよ?」
「なんで! かけないし!!」
「はいはい、じゃあな。おーい、千堂! 行こうぜー」
颯人は背中越しに軽く手を上げ、結界霊術棟へ続く反対側の階段を、友人たちと歩いていった。
その背中を見送ると、伊織がくるりと改めて東雲の方へと向き直る。
「というわけで、東雲くん!」
「ん?」
「これからしばらく、うちの青葉をよろしくお願いしまーす!」
「ああ、こちらこそ。よろしく」
「青葉ってば、一度研究モードに入るとマジで周りが見えなくなるから! 誰かがストッパーになってあげないと大変なんだからね」
「知ってるよ」
「え?」
東雲からの思わぬ返答に、伊織と揃って目を瞬かせる。
「休み時間も、よく本を読んでるだろ。誰かが声をかけるまで、本当に気づいてないことが多いから。……かなり集中するタイプなんだな、と思って」
「…………」
確かにその通りだ。でも、そんな風に分析されていたのかと思うと、なんだか無性に気恥ずかしい。
妙な空気が漂う中、隣の伊織が口元をニヤリと歪めた。ねえ、絶対今面白がってるでしょ。良い性格してるよ、本当に。
「さ、行くよ! 二時間目が始まっちゃうぞー」
伊織に背中をぽん、と押され、三人で再び自然科学霊術棟——通称、自科霊棟へ向かう。教養棟から南へ延びる長い渡り廊下の先に、その建物はあった。棟へ足を踏み入れると、普段通っている術式創成霊術棟とは、どことなく漂う空気が違う。創成棟はもっと研究室然とした佇まいだけれど、ここは内装の色使いからしてどこかポップな雰囲気がある。
やがて東雲が教室の扉を開けた瞬間——まず耳に飛び込んできたのは、渦を巻くような賑やかな笑い声と歓声だった。
「なあ、昨日の実技、マジでエグくなかった!?」
「炎の出力調整ミスって、天井焦がしたやつ誰だよ!」
「お前だろうが!」
「あの美波ちゃんも血相変えて飛んできたもんなー」
「耐霊加工なかったら、この教室三回は爆発してんな」
教室のあちこちで、楽しげな声が飛び交っている。
窓際では、退屈しのぎに指先で小さなつむじ風をくるくると回して遊ぶ風操霊術の生徒。廊下側では、手のひらほどの水球を宙に浮かべ、器用にキャッチボールを楽しむ二人組。そのすぐ横では、植物操作の術者が、伸ばした蔦で棚の上の黒板消しをひょいと取り、手元へ引き寄せている。さらに別の机では、身体強化系の男子たちが、机を軋ませながら腕相撲に興じていた。
——なんだ、ここ……!?
呆気にとられ、何度も瞬きを繰り返す。まるで異世界へ迷い込んでしまったような感覚に、ただ立ち尽くすしかなかった。


