「グルウウウ……」
「ガウゥウウッ!」
地を這うような低い唸り声が、凍てつく風に乗ってエド村の広場まで届いていた。
村の正門のずっと先から現れたのは凶暴な魔物の群れだ。漆黒の硬い毛並みに、ナイフのように鋭い牙と爪。遠目からでもその凶悪さがひしひしと伝わってくる。オオカミを一回り、いや二回りほど巨大化させたような恐ろしい体躯である。
「ブラックウルフか……」
俺は眉根を寄せ、その数を素早くカウントする。
ざっと見て20匹前後。動きは俊敏で、目は完全に獲物を品定めする肉食獣のそれだ。
「ふ、ふわぁ~~ブラン様、あの魔物さんたち、ものすごく怖そうな顔をしてますぅ……」
俺の隣でリナが小刻みに身を震わせながら呟いた。
いつもは元気いっぱいの彼女も、さすがに本物の魔物の群れを目の当たりにして恐怖を隠せないようだ。
「リナ、怖いなら今すぐ教会の中に避難するんだ」
「そ、それはダメです~~ご主人様の傍にいるのがメイドの役目ですから! そ、それに万が一のときはブラン様の盾になります」
リナは震える自分の両足をバシッと両手で叩いて気合を入れると、ドデカい二つの山をグッと前に突き出すように胸を張った。
怯えながらも俺の傍にいようとするその健気な姿には、少し胸が熱くなる。
本当は避難して欲しいところだが、この子は言い出したら聞かんからな。それに、どのみち俺たちがやられたら村も終わりだ。
「わかった。なら、俺のそばから離れるなよ」
「はいっ!」
俺はリナから視線を外して、村の男たちに声を張り上げた。
「正門を閉めろ! 敵を迎え撃つぞ!」
ギシギシと、建付けの悪い音を立てて粗末な木製の扉が閉まっていく。
ここエド村は、かつて王国が組織した開拓団の本拠地だった場所だ。そのため、村の外周は木製の柵でぐるりと囲まれており、一応は外壁としての機能を残している。とはいえ、随分と年月が経って老朽化したくたびれた外壁だ。ブラックウルフが本気で体当たりをすれば、数発で損壊するかもしれない。
老人や子供といった非戦闘員は、すでに村で最も頑丈な石造りの教会へと避難を完了させている。そして残った戦えるものたちは、この村の正門前に集結していた。
防衛戦力およそ35名。
「村の中に一匹でも入られたら、俺たちの負けだな」
「領主さま、その通りだ。ここで食い止めなきゃ教会にいる家族の命がねぇ。絶対に一歩も引かねぇぞ」
戦闘部隊のリーダーであるガンチが、腰の剣の柄に力強く手を置いた。昨日まで錆び付いていたあの剣は、今や小人さんたちの手によって鏡のように美しく磨き上げられ、その出番を今かと待っている。
「敵の数は約20。前衛であるガンチ隊が正門前で魔物の進撃を阻み、ここを死守する。――――――総員、抜刀!」
「「「「「おおおおおぉおっ!!!」」」」」
男たち約30名が一斉に怒号のような声を上げ、新品同様に生まれ変わった剣や槍を構え、鉄の盾を前面に押し出した。
昨日までの絶望だけの表情ではない。彼らの目にはこれならいくらでも戦えるという確固たる自信が宿っていた。
俺はその少し後方、前衛の隙間から戦場全体が見渡せる位置に陣取る。左腰にはアイザス伯爵家ゆかりの剣を帯び、右腰のホルスターには先ほど完成したばかりのリボルバーが収まっている。
「シュルト歩兵銃部隊、最前の魔物に各個照準! 射撃準備!」
「了解でさぁ、領主さま~~いつでもいけますぜ!」
正門の左右に組まれた古い小さな櫓。そこにはシュルトをはじめとする歩兵銃部隊の5名が、すでに配置に就いていた。
まずはシュルトたちの先制攻撃で、敵が接近する前に少しでも数を減らすのが今回の戦いの要である。
「来ますぜ、領主さまっ! 奴ら、速度を上げやがった!」
ガンチが盾を構え直しながら叫ぶ。
ブラックウルフの群れが、泥の混じった悪路を凄まじい躍動感で駆け抜けてくる。その先頭を走る個体が、歩兵銃の射程圏内へと完全に侵入した。
「歩兵銃部隊――――――射撃ぃ、はじめぇ!!」
――――――ダァーーンッ!!
――――――ダァーーンッ!!
――――――ダァーーンッ!!
凍てついたエド村の空気を切り裂き、ラスタール式三八歩兵銃が一斉に火を吹いた。鋭い鞭を打つような、それでいて強烈な炸裂音が五発連続して響き渡る。
初弾の五発。
そのうちの一発が見事に先頭のブラックウルフの足元へと突き刺さった。
「ギャンッ!?」
短い悲鳴と共に、被弾したブラックウルフは勢い余って地面を激しく転がる。即死ではないが、あの個体の機動力はあきらかに封じられたな。
魔石の魔力を爆発させて放たれた弾丸は、ブラックウルフに一撃を与えることに成功したのだ。
未知の方向からの衝撃と、経験したことのない破裂音に驚いたのだろうか。こちらへと突撃してくるブラックウルフたちの足が少し鈍った。
「よし効果は絶大だ、射撃続行ぉ!」
俺の指示が飛ぶと同時に、櫓の上からガチャン、キンと軽快な金属音が響く。次弾を装填した彼らはすぐさま第二射を放つ。
「グルゥウ!?」
「ガフウッ……」
バンバンと小気味よく撃ち鳴らされる銃声に合わせて、一匹、また一匹とブラックウルフたちが地に伏していく。
足を撃ち抜かれて派手に転倒するもの、腹部を貫かれて苦悶の声を上げるもの。異世界の遠距離攻撃としては文字通り桁違いの間合いから放たれる一撃に、魔物たちは完全に困惑していた。
「す、すげぇ……! 領主さま、これとんでもねぇ武器だ!」
「矢を番えるよりもはぇええ! これならバンバン撃てるだよ!」
「うぉおおお……なんじゃあこりゃ。ウルフどもがバタバタと」
「うわはぁ~~シュルトたち魔法使いにでもなったんか! ええぞ、ええぞ~やれやれ!」
櫓の上のシュルトたちからも、それを見上げる前線のガンチたちからも興奮した声が上がる。村全体の士気が一気に最高潮へと跳ね上がっていくのが分かった。
全弾急所にピンポイントで当たれば即死させることもできるだろうが、さすがに初心者にそこまで求めるのは無理だ。標的も動きまくっているわけだし。
だが行動不能もしくは、大幅に動きを制限できるだけでも効果はとてつもなく大きい。
―――そう思っていた矢先だった。
「ギャウンッ!」
突撃の先頭に立っていた一匹が、文字通り崩れるように地に沈んだ。
ええ?
あ、あれ? まったく動かないんだが……
そのブラックウルフはピクリとも動かず、その眉間には綺麗に小さな風穴が開いている。
ピンポイント必殺してるんだが!?
「領主さま~~おれ、なんか弾が飛んでくコツが分かってきたよ!」
櫓の上からシュルトが興奮気味に銃を掲げて力こぶを作ってみせた。
おいおい、マジかよ……。
ひょっとして俺は、とんでもない部隊を作ってしまったのかもしれない。
「ガウゥウウッ!」
地を這うような低い唸り声が、凍てつく風に乗ってエド村の広場まで届いていた。
村の正門のずっと先から現れたのは凶暴な魔物の群れだ。漆黒の硬い毛並みに、ナイフのように鋭い牙と爪。遠目からでもその凶悪さがひしひしと伝わってくる。オオカミを一回り、いや二回りほど巨大化させたような恐ろしい体躯である。
「ブラックウルフか……」
俺は眉根を寄せ、その数を素早くカウントする。
ざっと見て20匹前後。動きは俊敏で、目は完全に獲物を品定めする肉食獣のそれだ。
「ふ、ふわぁ~~ブラン様、あの魔物さんたち、ものすごく怖そうな顔をしてますぅ……」
俺の隣でリナが小刻みに身を震わせながら呟いた。
いつもは元気いっぱいの彼女も、さすがに本物の魔物の群れを目の当たりにして恐怖を隠せないようだ。
「リナ、怖いなら今すぐ教会の中に避難するんだ」
「そ、それはダメです~~ご主人様の傍にいるのがメイドの役目ですから! そ、それに万が一のときはブラン様の盾になります」
リナは震える自分の両足をバシッと両手で叩いて気合を入れると、ドデカい二つの山をグッと前に突き出すように胸を張った。
怯えながらも俺の傍にいようとするその健気な姿には、少し胸が熱くなる。
本当は避難して欲しいところだが、この子は言い出したら聞かんからな。それに、どのみち俺たちがやられたら村も終わりだ。
「わかった。なら、俺のそばから離れるなよ」
「はいっ!」
俺はリナから視線を外して、村の男たちに声を張り上げた。
「正門を閉めろ! 敵を迎え撃つぞ!」
ギシギシと、建付けの悪い音を立てて粗末な木製の扉が閉まっていく。
ここエド村は、かつて王国が組織した開拓団の本拠地だった場所だ。そのため、村の外周は木製の柵でぐるりと囲まれており、一応は外壁としての機能を残している。とはいえ、随分と年月が経って老朽化したくたびれた外壁だ。ブラックウルフが本気で体当たりをすれば、数発で損壊するかもしれない。
老人や子供といった非戦闘員は、すでに村で最も頑丈な石造りの教会へと避難を完了させている。そして残った戦えるものたちは、この村の正門前に集結していた。
防衛戦力およそ35名。
「村の中に一匹でも入られたら、俺たちの負けだな」
「領主さま、その通りだ。ここで食い止めなきゃ教会にいる家族の命がねぇ。絶対に一歩も引かねぇぞ」
戦闘部隊のリーダーであるガンチが、腰の剣の柄に力強く手を置いた。昨日まで錆び付いていたあの剣は、今や小人さんたちの手によって鏡のように美しく磨き上げられ、その出番を今かと待っている。
「敵の数は約20。前衛であるガンチ隊が正門前で魔物の進撃を阻み、ここを死守する。――――――総員、抜刀!」
「「「「「おおおおおぉおっ!!!」」」」」
男たち約30名が一斉に怒号のような声を上げ、新品同様に生まれ変わった剣や槍を構え、鉄の盾を前面に押し出した。
昨日までの絶望だけの表情ではない。彼らの目にはこれならいくらでも戦えるという確固たる自信が宿っていた。
俺はその少し後方、前衛の隙間から戦場全体が見渡せる位置に陣取る。左腰にはアイザス伯爵家ゆかりの剣を帯び、右腰のホルスターには先ほど完成したばかりのリボルバーが収まっている。
「シュルト歩兵銃部隊、最前の魔物に各個照準! 射撃準備!」
「了解でさぁ、領主さま~~いつでもいけますぜ!」
正門の左右に組まれた古い小さな櫓。そこにはシュルトをはじめとする歩兵銃部隊の5名が、すでに配置に就いていた。
まずはシュルトたちの先制攻撃で、敵が接近する前に少しでも数を減らすのが今回の戦いの要である。
「来ますぜ、領主さまっ! 奴ら、速度を上げやがった!」
ガンチが盾を構え直しながら叫ぶ。
ブラックウルフの群れが、泥の混じった悪路を凄まじい躍動感で駆け抜けてくる。その先頭を走る個体が、歩兵銃の射程圏内へと完全に侵入した。
「歩兵銃部隊――――――射撃ぃ、はじめぇ!!」
――――――ダァーーンッ!!
――――――ダァーーンッ!!
――――――ダァーーンッ!!
凍てついたエド村の空気を切り裂き、ラスタール式三八歩兵銃が一斉に火を吹いた。鋭い鞭を打つような、それでいて強烈な炸裂音が五発連続して響き渡る。
初弾の五発。
そのうちの一発が見事に先頭のブラックウルフの足元へと突き刺さった。
「ギャンッ!?」
短い悲鳴と共に、被弾したブラックウルフは勢い余って地面を激しく転がる。即死ではないが、あの個体の機動力はあきらかに封じられたな。
魔石の魔力を爆発させて放たれた弾丸は、ブラックウルフに一撃を与えることに成功したのだ。
未知の方向からの衝撃と、経験したことのない破裂音に驚いたのだろうか。こちらへと突撃してくるブラックウルフたちの足が少し鈍った。
「よし効果は絶大だ、射撃続行ぉ!」
俺の指示が飛ぶと同時に、櫓の上からガチャン、キンと軽快な金属音が響く。次弾を装填した彼らはすぐさま第二射を放つ。
「グルゥウ!?」
「ガフウッ……」
バンバンと小気味よく撃ち鳴らされる銃声に合わせて、一匹、また一匹とブラックウルフたちが地に伏していく。
足を撃ち抜かれて派手に転倒するもの、腹部を貫かれて苦悶の声を上げるもの。異世界の遠距離攻撃としては文字通り桁違いの間合いから放たれる一撃に、魔物たちは完全に困惑していた。
「す、すげぇ……! 領主さま、これとんでもねぇ武器だ!」
「矢を番えるよりもはぇええ! これならバンバン撃てるだよ!」
「うぉおおお……なんじゃあこりゃ。ウルフどもがバタバタと」
「うわはぁ~~シュルトたち魔法使いにでもなったんか! ええぞ、ええぞ~やれやれ!」
櫓の上のシュルトたちからも、それを見上げる前線のガンチたちからも興奮した声が上がる。村全体の士気が一気に最高潮へと跳ね上がっていくのが分かった。
全弾急所にピンポイントで当たれば即死させることもできるだろうが、さすがに初心者にそこまで求めるのは無理だ。標的も動きまくっているわけだし。
だが行動不能もしくは、大幅に動きを制限できるだけでも効果はとてつもなく大きい。
―――そう思っていた矢先だった。
「ギャウンッ!」
突撃の先頭に立っていた一匹が、文字通り崩れるように地に沈んだ。
ええ?
あ、あれ? まったく動かないんだが……
そのブラックウルフはピクリとも動かず、その眉間には綺麗に小さな風穴が開いている。
ピンポイント必殺してるんだが!?
「領主さま~~おれ、なんか弾が飛んでくコツが分かってきたよ!」
櫓の上からシュルトが興奮気味に銃を掲げて力こぶを作ってみせた。
おいおい、マジかよ……。
ひょっとして俺は、とんでもない部隊を作ってしまったのかもしれない。

