実家である伯爵家の屋敷を出て、はや二十日が経過した。
最初の数日はまだ道と呼べるものがあったが今や舗装などとうの昔に消え失せ、もはやどこが道でどこがやぶかもわからぬ悪路が延々と続いている。ボロ馬車の車輪が泥に埋まるたび、俺とリナで「せーの!」と押し出す日々。
「あ、見てくださいブラン様~~これ、キレイですよ♪」
でこぼこした道にキラリと光る小石が落ちていた。
リナが拾い上げたそれを受け取り、光にかざしてみる。
「……これ、魔石か?」
魔石。この世界の魔物が体内に保有する核であり、魔力の源だ。
通常は魔物を討伐して得るものだが、こうして道端に落ちているということは寿命で死んだ魔物のなれの果てか、あるいは魔物同士の争いで力尽きた個体の残骸だろうか。
魔物の巣窟である魔の森が近づいてきている証拠かもしれん。
「とにかくとっておこう。何かの役に立つかもしれん」
俺は落ちていた数個の魔石を布に包み、懐にしまった。
この何かの役に立つかもという捨てられない性分は、前世の趣味からくる病気みたいなものだ。ネジ一本、端材一つが何かにつながらないかなと妄想にふけるのが好きなのだ。
さらに数日が経ち、ようやくたどり着いた目的の地ラスタール領エド村。
「ふわぁ~~ようやく着きましたねぇブラン様」
「ああ、ここがエド村か……」
かつて開拓団が組織されて、この地にやって来たという。が、その過酷な環境にさしたる成果は上げられず、開拓団は事実上解散した。そのなれの果てがこのエド村である。
並んでいるのは今にも崩れそうな古びた石造りの家ばかり。地面のいたるところに、かつての開拓団が持ち込んだのだであろう赤錆びた剣やつるはしなどの鉄クズが放置されている。
そして村の背後に流れる大河の向こうには巨大な森が延々と広がっている。
そう、こいつが魔の森だ。
空気が突き刺すように冷たい。たしかここは夏は猛暑、冬は極寒というハードな気候だったな。
村を歩けば、家々に暖炉の煙突がほとんどないことに気づく。
「あ、ブラン様~あれ教会ですよね。人が集まっているみたいですよ~」
リナが指さした教会の屋根からはもくもくと煙が上がっていた。
なるほど、村人たちは冬になると唯一まともな暖炉がある教会に身を寄せて寒さを凌でいるようだ。
教会の前では昨日寒さで亡くなったという老人を弔う村人たちが、うつむいて祈っていた。
……これが、俺に与えられた領地の現実か。
俺は無意識のうちに自身の拳を強く握りしめていた。
そして教会に集まっている村民たちに聞こえるよう、声を張り上げる。
「みんな、聞いてくれ! 俺はアイザス伯爵家の九男、ブランだ。このたび、このラスタールの領主として赴任した!」
俺の声に村人たちが力なく顔を上げた。
一人の老人が、杖をつきながら俺の前に進み出る。
「……この村の神父をしております、カジルと申しますじゃ。失礼ながら領主様であるという証拠は?」
俺は腰に下げた剣を提示した。柄にはアイザス伯爵家の重厚な紋章が刻まれている。
「ふむ……確かに、伯爵家の紋章に間違いございませぬな」
「ああ、そうだ」
「……して、お供の軍勢はどこにいらっしゃるのですかな? 魔の森の脅威から我らを守る騎士団の方々は? 物資は? 薪は? 食料は?」
カジルの期待を込めた―――いや、値踏みするような視線に俺は正直に答える。
「軍はいない。俺と、そこのメイドのリナだけだ」
その瞬間、村人たちの表情からわずかな光が消えた。
氷のように冷たい沈黙が場を支配する。村人たちは俺が来た意味を厄介払いの追放だと即座に理解したのだろう。護衛の騎士すらいない、ただの口減らし。そんな若造に何ができる。そんな声が無言の視線となって俺に刺さる。
「ブラン様……長い領主の不在により、館は荒廃しきっております。今は冬の盛り、ひとまずは教会に身を寄せられよ……では」
カジルは事務的にそう告げると、背を向けて去っていった。
歓迎などされていない。むしろ余計な食いぶちが増えたとさえ思われているかもしれない。だが、俺は彼らに対して怒る気にはなれなかった。彼らのアイザス家に対する感情が冷えきっている理由は一目瞭然だから。
いまはこれ以上俺が言葉を発しても、あまり意味はない。
少しずつやっていくしかないんだ。
「ブラン様……」
隣でリナが不安そうな声を漏らす。
俺は彼女の肩を軽く叩き、カジルに言われた教会へと足を向けた。
教会の中も普通に寒いな……外よりはマシという程度なだけ。
「わぁ、しらないひとがきた!」
「おにいちゃん、だれーー?」
中に入ると、子供たちがわらわらと寄ってきて俺とリナを囲んだ。大人の冷ややかさに比べ、子供たちの無邪気さはまだ微笑ましい。
「俺はブランだ。この地の領主としてやってきたんだ」
「りょうしゅ?」
「みんなのお父さんみたいなものですよ♪ ブラン様はとってもすごいんです!」
リナが胸を張ってフォローしてくれる。子供たちは「ふーん?」と不思議そうな顔をしていたが、一人の少年が俺の服の裾を引いた。
「ねえ、りょうしゅさま。じゃあ、はやく春にしてくれる?」
「……それは、領主様でもちょっと難しいな」
苦笑いしながら、俺は教会の隅にある暖炉に目をやった。
申し訳程度に火が灯っているが、脇に積まれた薪の量はあまりに心細い。しかも暖炉の石組みにはあちこちに亀裂やひびが入っていて老朽化がひどい。
このままじゃ熱効率が悪すぎるし、最悪煙が逆流して一酸化炭素中毒になるぞ……
前世の知識が、勝手に教会の構造をスキャンし始める。
ふむ……教会の密封性はそこそこある。あとは効率的な「熱源」と「循環」があれば、この凍えるような空間も変えられるはずだ。
脳内で図面を広げ、配管と熱交換の仕組みをシミュレートする。
俺はいつものクセで色々と脳内イメージを沸かせていた。
すると指先から魔力が漏れ出し、一枚の紙がふわりと舞い落ちた。
おっと、俺の魔法【設計図】が発動してしまったようだ。
「んん?」
拾い上げたその図面には、前世で見覚えのある「あの箱」のパース図が、驚くほど詳細に描かれていた。
そして―――
むくり、ぴょこ。
ぴょこぴょこ。
ぴょこぴょこぴょこ。
紙の中からいつもの小人さんたちが飛び出してきた。だが、今回の彼らは前回とは様子が違う。
「わぁ! りょうしゅさまから、こびとさんがいっぱいでてきた~~」
「ふふ……みんな~~この魔法すごいでしょう♪ って、あれ? ブラン様、この子たち……前の時となんか格好が違いませんか?」
リナの言う通りだ。
これ、完全に作業着やん。
前回マクラを作った時は三角帽子に木の靴で絵本の中の妖精といった風貌だった小人さんたちが、今回は全員どこからどう見てもつなぎの作業着を着ていた。
しかも肩や腰には工具袋を下げ、手にはスパナやドライバー電動ドリルを握りしめている。完全にガチの設備業者さんだ。
これ……やっぱりアレが出来上がるんじゃなかろうか……
最初の数日はまだ道と呼べるものがあったが今や舗装などとうの昔に消え失せ、もはやどこが道でどこがやぶかもわからぬ悪路が延々と続いている。ボロ馬車の車輪が泥に埋まるたび、俺とリナで「せーの!」と押し出す日々。
「あ、見てくださいブラン様~~これ、キレイですよ♪」
でこぼこした道にキラリと光る小石が落ちていた。
リナが拾い上げたそれを受け取り、光にかざしてみる。
「……これ、魔石か?」
魔石。この世界の魔物が体内に保有する核であり、魔力の源だ。
通常は魔物を討伐して得るものだが、こうして道端に落ちているということは寿命で死んだ魔物のなれの果てか、あるいは魔物同士の争いで力尽きた個体の残骸だろうか。
魔物の巣窟である魔の森が近づいてきている証拠かもしれん。
「とにかくとっておこう。何かの役に立つかもしれん」
俺は落ちていた数個の魔石を布に包み、懐にしまった。
この何かの役に立つかもという捨てられない性分は、前世の趣味からくる病気みたいなものだ。ネジ一本、端材一つが何かにつながらないかなと妄想にふけるのが好きなのだ。
さらに数日が経ち、ようやくたどり着いた目的の地ラスタール領エド村。
「ふわぁ~~ようやく着きましたねぇブラン様」
「ああ、ここがエド村か……」
かつて開拓団が組織されて、この地にやって来たという。が、その過酷な環境にさしたる成果は上げられず、開拓団は事実上解散した。そのなれの果てがこのエド村である。
並んでいるのは今にも崩れそうな古びた石造りの家ばかり。地面のいたるところに、かつての開拓団が持ち込んだのだであろう赤錆びた剣やつるはしなどの鉄クズが放置されている。
そして村の背後に流れる大河の向こうには巨大な森が延々と広がっている。
そう、こいつが魔の森だ。
空気が突き刺すように冷たい。たしかここは夏は猛暑、冬は極寒というハードな気候だったな。
村を歩けば、家々に暖炉の煙突がほとんどないことに気づく。
「あ、ブラン様~あれ教会ですよね。人が集まっているみたいですよ~」
リナが指さした教会の屋根からはもくもくと煙が上がっていた。
なるほど、村人たちは冬になると唯一まともな暖炉がある教会に身を寄せて寒さを凌でいるようだ。
教会の前では昨日寒さで亡くなったという老人を弔う村人たちが、うつむいて祈っていた。
……これが、俺に与えられた領地の現実か。
俺は無意識のうちに自身の拳を強く握りしめていた。
そして教会に集まっている村民たちに聞こえるよう、声を張り上げる。
「みんな、聞いてくれ! 俺はアイザス伯爵家の九男、ブランだ。このたび、このラスタールの領主として赴任した!」
俺の声に村人たちが力なく顔を上げた。
一人の老人が、杖をつきながら俺の前に進み出る。
「……この村の神父をしております、カジルと申しますじゃ。失礼ながら領主様であるという証拠は?」
俺は腰に下げた剣を提示した。柄にはアイザス伯爵家の重厚な紋章が刻まれている。
「ふむ……確かに、伯爵家の紋章に間違いございませぬな」
「ああ、そうだ」
「……して、お供の軍勢はどこにいらっしゃるのですかな? 魔の森の脅威から我らを守る騎士団の方々は? 物資は? 薪は? 食料は?」
カジルの期待を込めた―――いや、値踏みするような視線に俺は正直に答える。
「軍はいない。俺と、そこのメイドのリナだけだ」
その瞬間、村人たちの表情からわずかな光が消えた。
氷のように冷たい沈黙が場を支配する。村人たちは俺が来た意味を厄介払いの追放だと即座に理解したのだろう。護衛の騎士すらいない、ただの口減らし。そんな若造に何ができる。そんな声が無言の視線となって俺に刺さる。
「ブラン様……長い領主の不在により、館は荒廃しきっております。今は冬の盛り、ひとまずは教会に身を寄せられよ……では」
カジルは事務的にそう告げると、背を向けて去っていった。
歓迎などされていない。むしろ余計な食いぶちが増えたとさえ思われているかもしれない。だが、俺は彼らに対して怒る気にはなれなかった。彼らのアイザス家に対する感情が冷えきっている理由は一目瞭然だから。
いまはこれ以上俺が言葉を発しても、あまり意味はない。
少しずつやっていくしかないんだ。
「ブラン様……」
隣でリナが不安そうな声を漏らす。
俺は彼女の肩を軽く叩き、カジルに言われた教会へと足を向けた。
教会の中も普通に寒いな……外よりはマシという程度なだけ。
「わぁ、しらないひとがきた!」
「おにいちゃん、だれーー?」
中に入ると、子供たちがわらわらと寄ってきて俺とリナを囲んだ。大人の冷ややかさに比べ、子供たちの無邪気さはまだ微笑ましい。
「俺はブランだ。この地の領主としてやってきたんだ」
「りょうしゅ?」
「みんなのお父さんみたいなものですよ♪ ブラン様はとってもすごいんです!」
リナが胸を張ってフォローしてくれる。子供たちは「ふーん?」と不思議そうな顔をしていたが、一人の少年が俺の服の裾を引いた。
「ねえ、りょうしゅさま。じゃあ、はやく春にしてくれる?」
「……それは、領主様でもちょっと難しいな」
苦笑いしながら、俺は教会の隅にある暖炉に目をやった。
申し訳程度に火が灯っているが、脇に積まれた薪の量はあまりに心細い。しかも暖炉の石組みにはあちこちに亀裂やひびが入っていて老朽化がひどい。
このままじゃ熱効率が悪すぎるし、最悪煙が逆流して一酸化炭素中毒になるぞ……
前世の知識が、勝手に教会の構造をスキャンし始める。
ふむ……教会の密封性はそこそこある。あとは効率的な「熱源」と「循環」があれば、この凍えるような空間も変えられるはずだ。
脳内で図面を広げ、配管と熱交換の仕組みをシミュレートする。
俺はいつものクセで色々と脳内イメージを沸かせていた。
すると指先から魔力が漏れ出し、一枚の紙がふわりと舞い落ちた。
おっと、俺の魔法【設計図】が発動してしまったようだ。
「んん?」
拾い上げたその図面には、前世で見覚えのある「あの箱」のパース図が、驚くほど詳細に描かれていた。
そして―――
むくり、ぴょこ。
ぴょこぴょこ。
ぴょこぴょこぴょこ。
紙の中からいつもの小人さんたちが飛び出してきた。だが、今回の彼らは前回とは様子が違う。
「わぁ! りょうしゅさまから、こびとさんがいっぱいでてきた~~」
「ふふ……みんな~~この魔法すごいでしょう♪ って、あれ? ブラン様、この子たち……前の時となんか格好が違いませんか?」
リナの言う通りだ。
これ、完全に作業着やん。
前回マクラを作った時は三角帽子に木の靴で絵本の中の妖精といった風貌だった小人さんたちが、今回は全員どこからどう見てもつなぎの作業着を着ていた。
しかも肩や腰には工具袋を下げ、手にはスパナやドライバー電動ドリルを握りしめている。完全にガチの設備業者さんだ。
これ……やっぱりアレが出来上がるんじゃなかろうか……

