宝石神に身を捧げたら、お側においてもらえることになりました〜私を裏切った国など、宝石にして差し上げます〜




「あ、あの……」



「なんだ?」



「いえ、私はどうすれば……」



「知らん。好きにしろ」



「と、言われましても……」



 本殿で横たわり、くつろいでいる神様を前にして、るりはどう振る舞えば良いのか分からなかった。

 自分は外にいる、と一度は遠慮したのだが、社務所もないし、却って目触りだからだめだ、と言われてしまっった。だから結局、こうして本殿の隅っこで縮こまる羽目になっている。

 るりは、この本殿に至るまでの経緯を思い出し、そっとため息をついた。



 宝石の神様と煌めく鳥居を通り抜けると、大きな社殿が出現して、るりは目を見開いた。





 さっきまで、こんな大きな建物は無かったのに。

 きっと鳥居をくぐったから、神様の領域に立ち入ってしまったのだろう。





 るりの全身に緊張が走る。畏怖の感情が、拭えなかった。

 だからこそ、すたすたと本殿に向かっていく神様の後をついていって良いものか悩む。しかし、そうやってまごまごしていると、



「何をしている?早く来い」

 

 と、睨まれてしまい、素直に従うしかなかった。

 それでも、豪奢な装飾で埋め尽くされた神様の住処で足を伸ばすことは出来ない。ましてや、幼い頃からずっと信仰してきた宝石の神様なのだ。



 故に、るりは膝をかかえて、本殿の端でじっとしている。



 しばらくすると、すうすうという寝息が聞こえてきた。はっ、とるりが顔を上げて見ると、神様が瞼を閉じ、船を漕いでいるのが目に入る。





 神様も、お休みになるのね。





 るりはそっと神様に近付いてみた。

 手枕のまま眠っていて、まるでその姿は涅槃仏のよう。

 本殿を明るくしている灯りがちら、と神様の頬を照らすと、彼のまつげがきらきらと瞬きを返した。





 ラメが入っているみたい。

 どこもかしこも完璧に美しい神様なんだ。





 るりは感嘆の息を漏らしかけ、慌てて自身の両手で塞ぐ。

 神様を起こしてはいけない、と考えたのだ。

 るりは、神様の側をそっと離れて、逡巡する。

 



 このままじっとしていても、何にもならない。





 それからふと思い立って、社殿を後にした。

 もしかしたら、と、ある想定を元にまっすぐ参道を歩く。

 そして、辿り着いた先の鳥居をじっと観察した。

 

「やっぱり、ほんの少しくすんでいる」



 るりは鳥居の根元に顔を近付ける。 

 相変わらず豪奢な輝きを放ってはいるが、表面は所々が曇り、その美しさを損なっている。

 それが勿体なくて、るりは鳥居を磨くことを思い付いたのだ。

 だが、拭けるものがない。傷を付けないよう、柔らかい布が良いが、社殿の中を探し回って、荒らすわけにもいかない。

 るりは自身の衣服を見下ろした。

 表面は血と泥に塗れていて、目を逸らしたくなるほど汚い。だが、辛うじてスカートの背面側の内布は、きれいなままだった。迷わずそこを破り取る。





 もう、ここ以外に居場所はない。何者かに、全て奪われてしまった。

 早く消えてしまいたいけれど、神様の気分でそうもいかない。

 だから、私がいても彼に気持ちよく過ごしてもらえるように、少しでも出来ることをしよう。





 るりは手の中の布をぎゅ、と握り、それからゆっくりと鳥居に触れようとした。



 その時だ。



「何をしている!!」

 

 怒号が響き渡った。

 驚いてるりが振り返ると、拝殿の入り口で仁王立ちしている神様がいる。

 それから神様は、のしのしと大股でるりに近付き、手をぐいっと引っ張った。



「汚い手で触れるな!」



「きゃあ!」



 神様の目が赤く見える。それに射るように睨まれ、るりはひ、と息のんだ。

 彼の言葉が、胸の中に深く突き刺さって、痛む。



 汚い。

 別にそれで良いと思っているわけでも、気にしていないわけでもない。

 ましてや。



「…………わけじゃない」



「なんだ?俺に言い返すというのか?」



 目を細める神様を、るりはきっ、と睨みつけた。

 例え神様が相手とはいえ、言葉が止まらなかった。



「別に、こうなりたくてなったわけじゃない!!」



 綺麗なままなら、それが良かった。

 母親の血を浴びなくて済むなら、それが一番良かった。

 そうじゃなくなったから、ここへ来たのに。

 



 私が一番、美しくないことを恥じているのに。





 涙をぐっとこらえて、るりは神様を正面から見据え続けた。

 神様も何も言わず、るりを見つめている。

 だが不意に、彼は片手を上げた。途端、周囲の気温が下がっていく。季節外れの寒さに、るりの背筋は震えた。

 みるみるうちに、神様の掌の少し上、それも空中に、透明な宝石が浮かび上がる。



「口答えするような生意気な口は要らないな?」

 

 神様はそれだけ冷淡に告げると、その宝石を放った。

 るりの右頬に命中する。



 パリンッ!!



 簡単に砕けたそれは、些細な衝撃以上の痛みをるりに与えることはなかった。

 だが。



 パキパキパキ。



 宝石が触れた部分から、るりの顏が何かで覆われていく。

 それは、神様が放ったものとほぼ同じ、透明な宝石だった。



「────────っ!!」



 るりは驚き、その宝石を剝がそうと慌てて手を触れた。が、皮膚の中から生えているようにそれらの宝石はびくともしない。



「ははは!怖いか、恐れ入ったか!これだから人間は傲慢で生意気で嫌いだ」



 神様は頬を吊り上げる。

 るりは目を見開いて、神様に目を向けた。

 神様はるりの、宝石となってしまった頬にす、と手を触れる。



「ほら、謝れ。頭を垂れろ。そうすれば許してやらなくも、」



 神様は意地悪く笑った。

 るりは、そんな彼に向かって、きっぱりと言う。

 

「どうぞ。美しいものに笑顔を向けられない顔なんて要りません」



 だが、強気な態度とは裏腹に、るりはぽろぽろと涙を流し始める。

 言葉に詰まったのは、今度は宝石の神様の方だった。