ジュエルクッキー、君の分だけ様子がおかしい

 付き合ってから一ヶ月が経ち、今日はクリスマスだ。
 
 製菓部の部室には、いつもより甘い匂いが漂っている。冬休みが始まった校内は静まり返っているけど、俺たちは元気に登校している。蒼は弓道の練習で、俺は製菓部の雑務をやりに来ている。年が明ければ部長(仮)として製菓部を切り盛りしないといけないから。

 そういえば、付き合うようになって蒼に呼び捨てを強制された。彼氏なんだから「蒼」「澪」って呼び合うのは当たり前だ、なんて真顔で言われて。そこは容赦ない。こちらからの要望は、敬語をやめてもらって、ため口にしてもらうことだ。ぎこちないけど頑張ってくれている。

 俺たちの関係はというと……実は、あまり変わっていない。放課後に手を繋いだりすることはある――でも、蒼が近くにいるだけで心臓が壊れそうになる。
 あの美しい瞳に俺だけが映っているなんて、とろけそうになるのは仕方ないだろう。

 今日は特別に、蒼の好きなジュエルクッキーのクリスマスバージョンを作った。真っ黒のチョコサブレにしてカルダモンとシナモンを利かせる。もちろんジャムは盛り盛りで。あのキリッとした顔で実は甘党なところ、本当に可愛いと思う。

 パタパタと足音がしたと思ったら、ドアが開き、蒼が入って来た。

「澪〜、疲れたし、腹減った」

「これ食えよ。お前の分、取っておいたから」

 隣同士に座り、皿に盛り付けたクリスマス仕様のクッキーを渡す。

「わぁ、チョコの匂いがする。ジャム盛り盛りだし、ハートだし……愛を感じるな~」

「うっ」と俺は喉を詰まらせる。やり過ぎた、と思いながらも、誤魔化すように俺も口にクッキーを入れた。
 だけど、焦ったせいでドロっとジャムが流れて口元を汚してしまう。

 ティッシュに手を伸ばした瞬間、蒼に手首を掴まれて、引き寄せられる。

「……蒼?」

 チュッ、という音がしたと同時に、蒼と俺の唇が重なっていた。
 柔らかくて、すり合わせてくる唇――。

 ジャムの甘さが口内に広がる――触れているだけなのに、身体の芯まで熱くなる。息の仕方を忘れて、目を閉じたまま、ただその温度を確かめていく。

 そして、少しだけ離れて、蒼が熱っぽく呟く。

「メリークリスマス。今日のジャムも甘いね。カルダモン多めで……でも、澪の方がもっと甘いな」

「蒼、どうした? 急に……こんなことして」

「クリスマスプレゼント貰っちゃった。ずっと狙ってたから……キス、したくて」

 悪戯っ子みたいに言うから、イメージと違いすぎてビックリして、彼の艶めいた唇をただ見つめてしまう。

「……蒼も、そんなこと考えてたんだな」

「俺もって――澪もキスしたかったの?」

「うっ……」

 図星を突かれて、顔が火照り何も言えなくなる。黙っているのが答えだと、蒼にはわかるはずだ。

「じゃあ、いいよね。もっとしても……」

 甘い声で囁かれて耳の奥まで熱くなってきた。もうダメだ……恥ずかしい。

 身体から火が出そうになった俺は、誤魔化すようにジュエルクッキーにジャムをたっぷりと山盛りに乗せ、蒼のほっぺにぐりっと押しつけてやる。

「もう、澪! つけないでよ〜」

 蒼が笑いながら抗議してくるけど、そんな焦った顔を初めて見たから、俺も笑えてきた。

「仕方ないな〜 綺麗にしてやるよ」

 俺はティッシュに手を伸ばしかけて――やめた。
 代わりに蒼の両肩に手を置き、身を乗り出し――ほっぺに唇を寄せて、ペロリと舐めてみる。

「ちょっ……澪、それは……」

「仕返し。勝手にキスするから」

 頬に残ったジャムが無くなる頃には、蒼が完全に固まり、耳から頬まで真っ赤に染まっていく。

 さっきまでの余裕が跡形もなくなって、ちょっとやり返せたのかもしれない。
 俺だけドキドキさせられるのは不公平だから!

「……可愛いことしないでよ」

「お互い様だから」

「もう……知らないよ」

ぐいっと身体を引き寄せられて、片手で耳と頭を撫でられ、そのまま唇が近づいて再びキスが始まった。優しくて心まで満たされていき、夢見心地になる。

 ――初めてのキスはジャムの味だった。

ジャムを山盛りにすると安心する――それを喜ぶヤツがいることが嬉しくて。
自分だけに向けられる瞳がすぐ近くにある――それは奇跡だから。

瞼を自然に下ろして、次第に、身体から力が抜けていく。
そして俺の唇は、蒼によってゆっくりと、隅々まで味わわれてしまうのだ。



            ―FIN―