射場の緊張感から解き放たれ、人混みの中から俺を探す真っ直ぐな瞳。距離を置かれても何も言わずに来続けて、俺が壁を作っても何も言わず、ドアの前で毎回一瞬だけ足を止めて……振り返らずに待ってくれている。問い詰めることも、責めることもせずに。
「こども」だと思ってたけど、七瀬の方が俺より「おとな」だ。
気づいていたんだろうな……怖がりな俺が、自分の気持ちを認められないでいることを。
「ピピー!」とオーブンの焼き上がり音が鳴り、現実に引き戻される。急いでオーブンを開け、鉄板を取り出し次の鉄板を入れる。焦げていなくて一安心。クッキーをラックに並べていく。
粗熱が取れたクッキーに、通常より丁寧にジャムを多めに盛って、そっと白い箱に詰める。ジャムが宝石みたいにキラキラしてて綺麗だ。
スマホを手に取り『部室で待ってる』とだけ送信する。
七瀬、今日も勝ったかな……笑顔で会えるといいんだけど。
それから落ち着かない時間が続いた。学校に戻るのは夕方だろうから、それまで片付けでもしよう。でも、やっぱり落ち着かなくて、何度も同じ棚を掃除したり、何回もスマホを確認したり……完全に心が取り乱されている。
ふと、窓の外を見ると茜色の空が広がっていた。もうすぐ日没か……既読にはなってたけど七瀬からの返信はない。諦めてそろそろ帰ろうかな、と考えている時だった。
「バン」とドアが開き、驚いてそちらを見ると、七瀬が息を切らして立っていた。
「充電切れてて、連絡出来なくて……」
ほっとしてにやけて笑みが零れてしまう。嫌われてなかった……そのことが一番嬉しくて。
「勝ちました、一位です!」
白い歯を見せて、ニカッとしてくれる。前みたいに清々しい表情だ。
「凄いな、一位なんて。これお祝い」
箱を差し出すと、七瀬はすぐ中身を確認して、さらに明るい顔になる。
「わぁ〜 ジャムがいっぱい乗ってる……」
七瀬はスペシャルバージョンのジュエルクッキーを、感極まったみたいな瞳で眺めている。大げさなんだよ……と思いながらも嬉しくなってしまう。
そして、俺は勇気を出すことにした。
「……後輩のひとりだって言って、ごめん」
七瀬はこちらに柔らかな視線を向けて、目を細めて微笑む。
そのヴィーナスみたいな慈愛に満ちた微笑みが眩しくて――こんなスターで凄いやつに、俺みたいなのが気持ちを伝えてもいいのか……?
でも……トロールなんだ七瀬は。甘い味を覚えたら死ぬまで忘れない妖精……ってばあちゃんも言っていたし。
「期間、今日で終わりにしようと思ってて……」
七瀬の明るかった表情が、真顔になり、次第に影を落としていく。
「続けるのやめよっか……部活だけの恋人」
「嫌です。じゃあ、このジャムの量はなんなんですか?」
そうだよな……分かってる。怒るよな……矛盾してるし。
「先輩……まだ好きでいてもいいですか? 後輩のひとりかもしれません……でも」
声が震えている。哀しい顔とその切ない響きが胸を刺す。
七瀬はずっと俺だけを見ててくれた。距離を置いても変わらなかった。
信じたい、七瀬のことを――腹をくくるぞ。
「嘘だ。後輩のひとりだなんて……お前が特別すぎて、どうしていいかわからなくて……怖かったんだ」
「それって……先輩って俺のことを?」
「うん……お前は後輩のひとりなんかじゃない。ずっと好きだったみたい」
「認めてもいいんですか? 俺のこと好きって」
「うん……」
声が詰まりながらも頷くと、七瀬に纏っていた強張りが緩み、柔らかさを取り戻す。そして俺は続けた。
「これからも……多めでいい?」
七瀬は熱い視線で見つめながら、ボソッと呟く。
「……足りないです」
「え?」
「こんなんじゃ、全然ダメです」
気づいた時には七瀬との距離はゼロで、腕の中にぎゅっと包まれていた。
「もっといっぱいください」
その言葉が、ジャムのことだけじゃないとわかってしまって、心臓が痛くて目頭が熱くなる。
七瀬の固い胸と腕に締め付けられるほど、その場所の苦しさから七瀬の強い想いが伝わってくる。石鹸みたいな彼の匂いに纏われていると――もう、逃げられない……でも幸せで、もう逃げなくていいんだと気づいた。
「……じゃあ、部活以外も恋人になる?」
「はい! あっ、ごめんなさい……痛かったですか?」
七瀬はすっと俺の身体から、離れようとする。でも、咄嗟に掴んでいた。
「……手だけならいいぞ」
七瀬は一瞬固まったけど、ゆっくりと俺の手を握り返し、指を絡めていく。その触れ方が大人すぎて、急に恥ずかしくなる。
「……本当に?」
「ちょっと、この、触りかたは……」
七瀬にクスッと笑われながらも、俺は幸福感に満たされていく。
夕陽が沈むころ、手を繋いだまま、一緒に帰路についた。
「こども」だと思ってたけど、七瀬の方が俺より「おとな」だ。
気づいていたんだろうな……怖がりな俺が、自分の気持ちを認められないでいることを。
「ピピー!」とオーブンの焼き上がり音が鳴り、現実に引き戻される。急いでオーブンを開け、鉄板を取り出し次の鉄板を入れる。焦げていなくて一安心。クッキーをラックに並べていく。
粗熱が取れたクッキーに、通常より丁寧にジャムを多めに盛って、そっと白い箱に詰める。ジャムが宝石みたいにキラキラしてて綺麗だ。
スマホを手に取り『部室で待ってる』とだけ送信する。
七瀬、今日も勝ったかな……笑顔で会えるといいんだけど。
それから落ち着かない時間が続いた。学校に戻るのは夕方だろうから、それまで片付けでもしよう。でも、やっぱり落ち着かなくて、何度も同じ棚を掃除したり、何回もスマホを確認したり……完全に心が取り乱されている。
ふと、窓の外を見ると茜色の空が広がっていた。もうすぐ日没か……既読にはなってたけど七瀬からの返信はない。諦めてそろそろ帰ろうかな、と考えている時だった。
「バン」とドアが開き、驚いてそちらを見ると、七瀬が息を切らして立っていた。
「充電切れてて、連絡出来なくて……」
ほっとしてにやけて笑みが零れてしまう。嫌われてなかった……そのことが一番嬉しくて。
「勝ちました、一位です!」
白い歯を見せて、ニカッとしてくれる。前みたいに清々しい表情だ。
「凄いな、一位なんて。これお祝い」
箱を差し出すと、七瀬はすぐ中身を確認して、さらに明るい顔になる。
「わぁ〜 ジャムがいっぱい乗ってる……」
七瀬はスペシャルバージョンのジュエルクッキーを、感極まったみたいな瞳で眺めている。大げさなんだよ……と思いながらも嬉しくなってしまう。
そして、俺は勇気を出すことにした。
「……後輩のひとりだって言って、ごめん」
七瀬はこちらに柔らかな視線を向けて、目を細めて微笑む。
そのヴィーナスみたいな慈愛に満ちた微笑みが眩しくて――こんなスターで凄いやつに、俺みたいなのが気持ちを伝えてもいいのか……?
でも……トロールなんだ七瀬は。甘い味を覚えたら死ぬまで忘れない妖精……ってばあちゃんも言っていたし。
「期間、今日で終わりにしようと思ってて……」
七瀬の明るかった表情が、真顔になり、次第に影を落としていく。
「続けるのやめよっか……部活だけの恋人」
「嫌です。じゃあ、このジャムの量はなんなんですか?」
そうだよな……分かってる。怒るよな……矛盾してるし。
「先輩……まだ好きでいてもいいですか? 後輩のひとりかもしれません……でも」
声が震えている。哀しい顔とその切ない響きが胸を刺す。
七瀬はずっと俺だけを見ててくれた。距離を置いても変わらなかった。
信じたい、七瀬のことを――腹をくくるぞ。
「嘘だ。後輩のひとりだなんて……お前が特別すぎて、どうしていいかわからなくて……怖かったんだ」
「それって……先輩って俺のことを?」
「うん……お前は後輩のひとりなんかじゃない。ずっと好きだったみたい」
「認めてもいいんですか? 俺のこと好きって」
「うん……」
声が詰まりながらも頷くと、七瀬に纏っていた強張りが緩み、柔らかさを取り戻す。そして俺は続けた。
「これからも……多めでいい?」
七瀬は熱い視線で見つめながら、ボソッと呟く。
「……足りないです」
「え?」
「こんなんじゃ、全然ダメです」
気づいた時には七瀬との距離はゼロで、腕の中にぎゅっと包まれていた。
「もっといっぱいください」
その言葉が、ジャムのことだけじゃないとわかってしまって、心臓が痛くて目頭が熱くなる。
七瀬の固い胸と腕に締め付けられるほど、その場所の苦しさから七瀬の強い想いが伝わってくる。石鹸みたいな彼の匂いに纏われていると――もう、逃げられない……でも幸せで、もう逃げなくていいんだと気づいた。
「……じゃあ、部活以外も恋人になる?」
「はい! あっ、ごめんなさい……痛かったですか?」
七瀬はすっと俺の身体から、離れようとする。でも、咄嗟に掴んでいた。
「……手だけならいいぞ」
七瀬は一瞬固まったけど、ゆっくりと俺の手を握り返し、指を絡めていく。その触れ方が大人すぎて、急に恥ずかしくなる。
「……本当に?」
「ちょっと、この、触りかたは……」
七瀬にクスッと笑われながらも、俺は幸福感に満たされていく。
夕陽が沈むころ、手を繋いだまま、一緒に帰路についた。



