思考はループする。何度も何度も同じ思想を繰り返す。
優しかった彼を思い出しては恋しくなり、すぐに歪んだ顔を思い出す。
もうあの頃の彼はいない、と自分に言い聞かせる。
それでも、この痛みを「わかって」ほしい、「ごめん」と言ってほしい、という思いが、喉の奥にずっと引っかかっている。
もうこの先誰も私を抱きしめれる人はいない気がして。
結局私は誰に対しても災の種になるだけで。
重くなるだけで。
イライラさせてしまうだけなんじゃないかって怖くなる。
一度抱きしめてもらえると思った人に、ずっと一年軽視されてきた経験は、私の将来に対する不安を大きくしていた。
そんなグルグルの思考を。
忘れないうちに書こうと思う。
帰ってからの私を。
この今の気持ちを。
言葉を取り戻すために、書こうと思う。
ーーそうして書き進めたこの私たちの物語は、もうすぐ終わりを迎える。
私の国に
私はコンビニに入っただけで、とても懐かしくてホッとして、泣きそうな感覚に襲われた。
もし彼が私の国に来ていたなら、私はきっともっとうまくできただろう。何をすべきか、どうすればいいか、習慣として知っているから。
料理も。私の家で作れた料理が、彼の国では作れなかった。材料が違うから、火力が違うから、とわかっている。もちろん、学べることはある。私はバカじゃない。ただ、あの新しい国でどう生きればいいか、最初はわからなかっただけ。
でも彼は、私に時間をくれなかった。
来たばかりで何もわからない。私の語学力は乏しかった。日常会話もままならない。
来てたった一ヶ月で、彼はあきらめた。
今、帰国して、私はとてもリラックスしていると感じる。私は自立した、有能な女なんだ。彼の国では、どこかへ行きたいと思えば、何か買いたいと思えば、どんなことをしたいと思っても、彼に頼る必要があった。これも、私の本意じゃなかった。
重石
今の私は、愛する人に無視され、軽んじられ、現実の罠に囚われて自分を見失った人と向き合うことがどんな感じなのか、身をもって知った。
現実に押しつぶされ、閉じ込められた人を、そして愛する人を失う感覚は、心に沈む重い石となる。
彼は「早く世界を悟った人は実は遅く世界を悟る」と言った。二十歳の頃の私はそうだったかもしれない。世界を知った気でいたけれど 実はあまり多くを知らなかった。 頭では分かっていても体現していなかった。
でも今の私は、世界を理解し、愛を味わい、自分の心と体を受け入れている。私の世界だけじゃなくて彼の世界も生きたから。2つの世界をこの数年生きたから。
彼の家族に直接会ったのは一度だけだ。でも彼を通して、五年間、彼らの世界を見てきた。彼の一言、ひとつの動作、発言だけで十分だった。彼らの見る世界を理解し、彼らの限界を知った。
人を愛するということは、その人を通して世界を知るということだ。 そしてどれだけその世界が醜くとも、その世界ごと 全てを抱きしめるのだ。
それでも、彼を想い、愛した。彼のために。もし私だけだったら、とっくに諦めていた。
彼があの日に戻ってきてくれた時から、私は戦い始めた。彼にはその生活が必要で、彼には「私」、いや「私たち」が必要だったから。私が見ていたのは彼の可能性だった。彼自身の泉になろうとしていた。
彼がもうすでに自分の人生を諦めていても、それでも彼を彼の諦めた人生と共に抱きしめようと必死だった。
彼の人生を諦めるという その選択肢を、その選択肢をしなければならなかった彼を、抱きしめることが愛だったのに、私にはそれができなかったんだ。
私が好きだった彼
人には心がある。
心には、白と黒のソースがある。白はいい部分。黒は悪い部分。
大体の人は黒の部分も白の部分もどっちも持ってる そしてその黒の部分と白の部分が1つの心という器の中で混じり合っている。
でも私が会った時の彼の心は、白の部分と黒の部分が分かれている彼だった。 そして 時折 黒が白の部分に入ってくる。彼はその不快感をどう処理していいかわからなくて、 沈黙の裏に悩んでいる。そんな人は稀だった。 そんな彼を好きになった。
私は彼をまた愛しているが、今の彼の心は 黒が多くなった。 黒が多くなったけれど 彼はそれをまっすぐ見つめようとせず 言い訳を探している。ごく普通のそこら中にありふれた 黒と白が 混じり合った心になっていた。
彼は「前からそうだった」と言う。そう、黒は彼の一部だった。多かれ少なかれ、誰にでも白と黒はある。
ただ彼はかつて、それらを分けて見る能力を持っていた。その能力を、彼は失った。
仕事自体や、家族のために働くことが悪いわけではない。
全て、外見上は「良いこと」だ。ただ、その環境がかつての彼には合わなかった。黒と白が混じることに不愉快さを覚えられる ピュアな心を持っていたからには 合わなかった。
今の彼は、かつての稀な輝きを手放した。それでいい。 それが彼の生きたかった道なのだ。そんな状態じゃないと今の彼のいる世界では生き残れないのだからそれでいいのだ。
ただ 私の心の中にはかつて愛した人を亡くしたという ぼんやりとした雲が降りている。
愛する人を失うことと、愛した人が死ぬこと、どちらがより苦しいのか。
一生会えないことと、会えても「私が愛したかつての彼はもういない」と知らされること、どちらがより苦しいのか。
「また会えたら、あれを一緒にしたい」そんな夢は、もう持てない。仮にまた会えたとしても、私が 話して、彼は冷たい目で私を見るのだろう。
心の交わりも温もりも、何もないのだから。
変化
彼の国で虐げられた分、自国に帰ってきて、以前とは違う安心感をそっと覚えるようにもなっていた。
以前、あの街から帰国した時は、あの街の自分を失うことが怖かった。今は、今の自分の状態を受け入れてとてもリラックスしている。
一日九時間眠れるようになった。歳をとったから長時間眠れないのだと思っていたけれど、そうじゃなかったみたい。神経が、自律神経が乱れていて眠れなかったのだ。
肩の凝りは和らいだ。あの街にいた頃はずっと肩が凝っていたのだと、縮こまっていたのだと気づいた。
毎日のように自己嫌悪に陥って「死にたい」と思っていた考えは徐々に薄らいでいき、毎日泣かなくなり、心臓が痛むこともなくなった。
あんなに簡単に毎夜のように泣いていたのに、ここ数日泣いていない。
この変化を前に、初めて気づく。あの一年、いや、この二年というもの、私は完全に自分を失っていたのだ。
執着や嫉妬を押し出して、必死に守ろうとした何かは、彼なしでもずっとここにあった。
あの街での最初の一年が終わってからの日々は、全て実感を伴わない夢のようだった。思い出そうとすると、この数年間、だがかったようにも短かったようにも思え、何をしたのかはっきりと思い出せないようなもやの中にいる気分になる。
夜、ふと彼が何をしているか気になることがある。以前は、彼が一人でどうしてるかなって、こうだったらいいなと彼のプラスを願っていた。
今はそんな時、私の中の「黒い心」が、「彼には私より幸せになってほしくない」と囁く。ーー私がもっと優秀で、成功しているところを見せたい。
そんな時、私はまだ彼を許せていないのかもしれないと思う。ずっと許せないままなのかもしれないと、そう思ってしまう時もある。
私は「そこにいてくれる人(present)」が必要なんだと思う。私がいてもいなくても同じ。
あの日々は、何度も何度も子供の頃の傷を抉っていたのだ。
彼の「楽」は、罪悪感を押し殺し、思い出を避け、私が大切だったことを無かったことにするふりをすること。そうすることでしか、前に進めない人だった。でも、それは、私が重要じゃなかったという意味ではない。ただ、彼には私が与えた真心を受け止める力がなく、自分が私に与えた傷と向き合う勇気もなかった、というだけ。彼の限界がそこにあるだけ。
ーーただ、彼に知ってほしい。私は、彼がずっと否定し続けたような人間ではない、と。
この一文を書き終えると、また涙が一つ、こぼれた。
書くということ
別れた時、
最後の日。
彼は何も言わなかった。
ただ元気でって。
私は、まだ、彼のありがとうとごめんねを探している。
別れる時「忍耐強くいてくれてありがとう」って言ってくれた。
うん、何度も何度も私は頑張ったんだ。
でも忍耐という言葉はまた違う気がするけれど。
何度も何度も彼を信じたんだ。
彼には誰か信じてあげる人が必要だと思ったから。
横にいて、大丈夫、いつもここにいるよ、一緒にいるから、
君はできるって信じてるって、言ってあげる人が必要だと感じたから。
そしてこの一年ごめんねって言って欲しかった。
この一年の否定は全部そうじゃないって、
私はそんな人じゃないって、君の言葉の枠にはまり込むような人じゃないって、
そう言って謝って欲しかった。
最後まで、大事な部分が伝わっていない感じが静かに残っていた。
あんなに感じあったのに。この一年、何も伝わらなかった気がした。
私が先に行き過ぎた。多分彼の歩まない道の先まで。
趣味
趣味が増えた。
まず、瞑想。
朝起きて、彼のことを考えてしまいそうになる自分を、
無限ループに陥ってしまいそうな脳を整える。
焦点を自分に持ってくる。
彼のことは、彼のこと。
私のことを抱きしめる。
そして、ストレッチ。
この一年凝り固まった体をほぐしていく。
自分の体に全神経を集中させる。
刮板とかもいい。
体内の湿気を外に出す。
そして、お茶。
温かいものを飲むと言うこと。
体の内側からエネルギーを感じる。
言語学習。
今は共通語、彼の国言葉、私の国言葉、
どれも話し方とか、
論理的思考とかを勉強。
舐められないように。
こんな感じで毎日忙しく過ごしている。
充実している。
でも、たまに外に行って、
誰かと一緒に食事をしたりすると、
思い出してしまう。
私の話を聞いてくれた彼を。
聞いて、考えてくれた彼を。
思い出して、
もういないのだと言う現実を突きつけられる。
もう会えないじゃなくて、
もういない。
暗闇に一人取り残される。
書いていてリラックスするはずだったのに、
過去のあの一年を書いていると、重みでまた
頻繁に悪夢を見て、早くに目が覚めてしまうようになってしまった。
そして瞑想するの繰り返し。
同時に、少し怖くもある。
これをお書き終わったら本当に終わってしまう。
もう終わっているのに。
まだ何度も過去に戻っていきてしまう。
これでいいんだ。少しずつで。
愛はなくても尊敬がある
テレビで、芸能人が愛かお金買って話をしていた。
若い彼女たちは愛だという。
そこに、おばさまは、お金だって言っていた。
「お金で愛は買えないけれど、
お金があれば、月日が経てば尊敬が生まれる」
私は愛かお金かと言われれば、愛だと言う。
でも、尊敬の上に成り立つ愛じゃないとやっていけないと気付かされた。
親しき中にも礼儀あり。
本当にそう。
愛がなくなって、
なぜかずっといじめられ軽視されてた。
彼は「彼にいじめられて可哀想だと思う」なんてたまに言ったけれど、だからと言って、彼は態度を変えはしない。
私の母は専業主婦で、過去の確執から私はあまり母と話さなかった。そんな私を見て彼は、母が可哀想じゃないかと言った。憐んでいた。
じゃあ私はどうなのだろう。知らない国で、知らない言語で、知り合いが誰もいない中、一番心を許していた人に、かつて愛した人に、心を全開にした相手に、「あ?」って毎日顔を顰められる私はどうなのだろう。
言うだけなのだ。行動は伴わないのだ。
彼は何かを考えても、想っても、もう何も行動しない、できない人になっていたんだ。
好きだったんだ
それでも、彼が好きだったのだ。
ただ写真とスタンプだけを送って、いいねマークプラスで「いいね」って付け足してくれたその一言に心が揺れるぐらいに。
世界の綺麗な景色を見るたびに、彼の国の仲睦まじい家族の動画を見るたびに、一緒に行きたかったな、こんな家族になりたかったなと望むほどに。
記念日を大切にするタイプじゃない。
休みは疲れたと言って一人の空間に閉じこもってしまう。
そうじゃなくて。
何かあった時も相談してくれて、考えの中に、そのプロセスに私も入れてくれるだけでよかった。
別に、それが君のしたいことなら反対はしない。
その横で私がどう生きるか、どうサポートできるか、真っ直ぐ君を見つめて考えるだけ。
何度も何度も、その一点の期待を彼はしくじった。
帰国すると決めて、
帰った後も国に留まると決めて(ここで私の上記の思いは伝えた)、
叔父のために働くと決めて、
別れると決めて、
あの街に来ると決めて(その後は一緒に考えてくれた)、
来れなくなって、
2年待ってと言われ、
また叔父の会社を辞め、
次の仕事も住む街も決めて、
私がこっちにきてからも、しないといけないことをやってくれて手続きも手伝ってくれたけれど、それは「一緒」じゃなかった。
私がやりたいか、彼がやりたいか、の二択。一緒にこれがしたいねって考えるプロセスはない。この傾向はずっとあったのかもしれない。
一緒にしてくれても、一緒に考えた後に何かをするっていうのができてなかったのかもしれない。
一緒に考えることはあった。深い話をなん度も一緒にした。
でもそれも、遠距離だからできていたことなのだと思う。
2、3日に一度2時間ほどの電話を通しての深い会話。そんな関係、遠距離じゃなくてあり得るのだろうか。
仕事で疲れて帰ってきてから寝るまでの数時間、相手と向き合えている人はどのくらいいるのだろう。
今しかないからって。1日のこの時間しかないからって。
あの時は、一緒に住んだらもっとずっと一緒にいられて、
もっと共有し合えてっていうのを夢見てた。
でも、疲れて帰ってきて。仕事でたくさん話すから家では静かにしていたい。
仕事で人に合わせないといけなくて疲れるから、
家では人に合わせず自分の好きなことだけをしていたい。
そう言われた。それは彼に限ったことじゃなくて。
そんな人がたくさんいるんじゃないだろうか。
そして休みの日も、疲れたからただ家でゆっくり寝たい。
別にそれが悪いんじゃなくて、
それも当たり前の日常で。
ただそんな日々の中に相手にどう大事だよって伝えるのか。
それを私たちはまだ知らなかった。
あの頃
彼があの街へ来ると言った時、彼のお母さんは私が彼の国へ行けば結婚できると。そこで一緒に暮らせばいいと言った。
私が仕事ができなくても、なくても、結婚金として数百万円あげればいいって。
私はそれが許せなかった。
私の母は専業主婦。私が子供の頃は家だけが彼女の居場所で。余裕がなくて、張り詰めていて。いつも不機嫌だった。
そんな母みたいになりたくないとの思いが大きかったのも一つ。
そして、私も大学までは勉強勉強の日々で。やっと世界に触れて、世界にでて、そこで人と出会って、創造してというのに触れ出したばかり。
その世界との触れ合いを全てなくして彼を私の全ての人生にするなんて無理だった。
彼が、彼の事業に私を入れてくれるっていうなら、少しでも関わらせてくれるっていうならできたかもしれないけど。
大金払ってあの街に行って。世界を知って、世界を大きくして。
私もお金を稼ぐことができるスキルを身につけた。
人と会って、価値を提供できる人に少しずつ成長していっている道のりで。その提供先が彼だけで。彼が私にくれるのは、忙しいと一人の空間に閉じこもってしまう日々。そんなのダメだった。そもそも起業が成功するかなんてわからないし、成功したってお金だけあったって。子供に私たちと同じ思いをさせる。
それなら一人の方がいい。私たち二人だけならできたかな。でも、彼は子供が欲しいという。しかもすぐに。そんなのは、絶対に、無理だった。
私がいい続けた「私たち」。それがあるなら、私は彼とならどこへでもいけた。なんでもできた。でも、それだけがとても難しかった。
女性
女性の権利が叫ばれる時代になってきたけれど、女性だけが考えるのではいけないのだと、強く感じた。
男の人の女性に対するイメージが、理想が変わらない限り、私たちは同じような「理想の女性像」に当てはめられ、私を私と見てもらえないままに、当てはめて評価されてしまう。
好きな人にそんな扱いを受ける惨めさは計り知れない。
私は自分を制限しない女性像であり続けたい。
この先何があっても。結婚したって、子供ができたって。妻である前に、母である前に、私は私でい続ける。
私たちは自由だ。
誰かを好きになろうとしなくたっていい。結婚しなければならないというプレッシャーを感じる必要もない。
孤独に駆られて、誰かの愛を求めないで。まずは自分を愛して、好きなことをする。
毎日自分に言い聞かせる。「私は素晴らしい。美しい。自信に満ちている」
誰かに愛されるのを待たないで。
自分を愛し、自分を知りる。
そうすれば、自分を愛してくれる人に出会ったとき、結婚式の日がどんな日になるか、簡単に想像できるだろう。
人生はとても面白いもの。
唯一の正しい道などないのだから。
2割
この世界で、愛があって純情で結婚するカップルは2割ぐらいなのだそうだ。後は、プレッシャーに負けて、人生のパートナーを選ぶらしい。
私もそうなる気がする。
彼との人生は、純情の人生を歩めただろう。日々の小さな幸せを抱きしめて、平和に横にいられるだけで幸せって。
小さな家庭を築いて、小さな車を買って、一人か二人の子供を育んで。
日々のお金とか、家族とか、小さなプレッシャーはあっても、それ以上の幸せと平和を心に持って生きていく。
そんな人生を思い描いていた。
でも、もうそんな彼はいない。
私たちはもう若くない。
もう愛に生きられないかもしれないと思う。
それなりの条件があって、収入もあって、世間体もよく、価値観も受け止めてくれて、もしくは口をださないでいてくれて。
ただ自分の決定を相手に告げて、相手もそうかと受け入れて。
そんな日々にたまに寂しくもなるけど、それが人生だと受け入れる。それ以外に選択肢はなかったんだと受け入れる。
自分のやりたい仕事ができているし、相手の収入もそこそこ悪くないと言い聞かせる。
そんな人生が今は簡単に想像できてしまった。
でも。
私は、世界を広げ続ける。
誰かの下に入るんじゃなくて、一緒に横を歩いてくれる人を見つける。世界の端と端に行ったとしても、相手を思い続けて不安にするんじゃなくて、元気にしてくれる。
そんな人と出会っていくんだ。
それでもーーそんな人生を歩んだ後に、私が先に死んだら、お墓参りに来てほしい。絶えず生花が備えられているお墓に、花を添えにきてほしい。
私は彼から花をもらうことを夢見てたんだ。心を込めて選んだ花をもらえる夢を。
いつか、叶うといいな。
優しかった彼を思い出しては恋しくなり、すぐに歪んだ顔を思い出す。
もうあの頃の彼はいない、と自分に言い聞かせる。
それでも、この痛みを「わかって」ほしい、「ごめん」と言ってほしい、という思いが、喉の奥にずっと引っかかっている。
もうこの先誰も私を抱きしめれる人はいない気がして。
結局私は誰に対しても災の種になるだけで。
重くなるだけで。
イライラさせてしまうだけなんじゃないかって怖くなる。
一度抱きしめてもらえると思った人に、ずっと一年軽視されてきた経験は、私の将来に対する不安を大きくしていた。
そんなグルグルの思考を。
忘れないうちに書こうと思う。
帰ってからの私を。
この今の気持ちを。
言葉を取り戻すために、書こうと思う。
ーーそうして書き進めたこの私たちの物語は、もうすぐ終わりを迎える。
私の国に
私はコンビニに入っただけで、とても懐かしくてホッとして、泣きそうな感覚に襲われた。
もし彼が私の国に来ていたなら、私はきっともっとうまくできただろう。何をすべきか、どうすればいいか、習慣として知っているから。
料理も。私の家で作れた料理が、彼の国では作れなかった。材料が違うから、火力が違うから、とわかっている。もちろん、学べることはある。私はバカじゃない。ただ、あの新しい国でどう生きればいいか、最初はわからなかっただけ。
でも彼は、私に時間をくれなかった。
来たばかりで何もわからない。私の語学力は乏しかった。日常会話もままならない。
来てたった一ヶ月で、彼はあきらめた。
今、帰国して、私はとてもリラックスしていると感じる。私は自立した、有能な女なんだ。彼の国では、どこかへ行きたいと思えば、何か買いたいと思えば、どんなことをしたいと思っても、彼に頼る必要があった。これも、私の本意じゃなかった。
重石
今の私は、愛する人に無視され、軽んじられ、現実の罠に囚われて自分を見失った人と向き合うことがどんな感じなのか、身をもって知った。
現実に押しつぶされ、閉じ込められた人を、そして愛する人を失う感覚は、心に沈む重い石となる。
彼は「早く世界を悟った人は実は遅く世界を悟る」と言った。二十歳の頃の私はそうだったかもしれない。世界を知った気でいたけれど 実はあまり多くを知らなかった。 頭では分かっていても体現していなかった。
でも今の私は、世界を理解し、愛を味わい、自分の心と体を受け入れている。私の世界だけじゃなくて彼の世界も生きたから。2つの世界をこの数年生きたから。
彼の家族に直接会ったのは一度だけだ。でも彼を通して、五年間、彼らの世界を見てきた。彼の一言、ひとつの動作、発言だけで十分だった。彼らの見る世界を理解し、彼らの限界を知った。
人を愛するということは、その人を通して世界を知るということだ。 そしてどれだけその世界が醜くとも、その世界ごと 全てを抱きしめるのだ。
それでも、彼を想い、愛した。彼のために。もし私だけだったら、とっくに諦めていた。
彼があの日に戻ってきてくれた時から、私は戦い始めた。彼にはその生活が必要で、彼には「私」、いや「私たち」が必要だったから。私が見ていたのは彼の可能性だった。彼自身の泉になろうとしていた。
彼がもうすでに自分の人生を諦めていても、それでも彼を彼の諦めた人生と共に抱きしめようと必死だった。
彼の人生を諦めるという その選択肢を、その選択肢をしなければならなかった彼を、抱きしめることが愛だったのに、私にはそれができなかったんだ。
私が好きだった彼
人には心がある。
心には、白と黒のソースがある。白はいい部分。黒は悪い部分。
大体の人は黒の部分も白の部分もどっちも持ってる そしてその黒の部分と白の部分が1つの心という器の中で混じり合っている。
でも私が会った時の彼の心は、白の部分と黒の部分が分かれている彼だった。 そして 時折 黒が白の部分に入ってくる。彼はその不快感をどう処理していいかわからなくて、 沈黙の裏に悩んでいる。そんな人は稀だった。 そんな彼を好きになった。
私は彼をまた愛しているが、今の彼の心は 黒が多くなった。 黒が多くなったけれど 彼はそれをまっすぐ見つめようとせず 言い訳を探している。ごく普通のそこら中にありふれた 黒と白が 混じり合った心になっていた。
彼は「前からそうだった」と言う。そう、黒は彼の一部だった。多かれ少なかれ、誰にでも白と黒はある。
ただ彼はかつて、それらを分けて見る能力を持っていた。その能力を、彼は失った。
仕事自体や、家族のために働くことが悪いわけではない。
全て、外見上は「良いこと」だ。ただ、その環境がかつての彼には合わなかった。黒と白が混じることに不愉快さを覚えられる ピュアな心を持っていたからには 合わなかった。
今の彼は、かつての稀な輝きを手放した。それでいい。 それが彼の生きたかった道なのだ。そんな状態じゃないと今の彼のいる世界では生き残れないのだからそれでいいのだ。
ただ 私の心の中にはかつて愛した人を亡くしたという ぼんやりとした雲が降りている。
愛する人を失うことと、愛した人が死ぬこと、どちらがより苦しいのか。
一生会えないことと、会えても「私が愛したかつての彼はもういない」と知らされること、どちらがより苦しいのか。
「また会えたら、あれを一緒にしたい」そんな夢は、もう持てない。仮にまた会えたとしても、私が 話して、彼は冷たい目で私を見るのだろう。
心の交わりも温もりも、何もないのだから。
変化
彼の国で虐げられた分、自国に帰ってきて、以前とは違う安心感をそっと覚えるようにもなっていた。
以前、あの街から帰国した時は、あの街の自分を失うことが怖かった。今は、今の自分の状態を受け入れてとてもリラックスしている。
一日九時間眠れるようになった。歳をとったから長時間眠れないのだと思っていたけれど、そうじゃなかったみたい。神経が、自律神経が乱れていて眠れなかったのだ。
肩の凝りは和らいだ。あの街にいた頃はずっと肩が凝っていたのだと、縮こまっていたのだと気づいた。
毎日のように自己嫌悪に陥って「死にたい」と思っていた考えは徐々に薄らいでいき、毎日泣かなくなり、心臓が痛むこともなくなった。
あんなに簡単に毎夜のように泣いていたのに、ここ数日泣いていない。
この変化を前に、初めて気づく。あの一年、いや、この二年というもの、私は完全に自分を失っていたのだ。
執着や嫉妬を押し出して、必死に守ろうとした何かは、彼なしでもずっとここにあった。
あの街での最初の一年が終わってからの日々は、全て実感を伴わない夢のようだった。思い出そうとすると、この数年間、だがかったようにも短かったようにも思え、何をしたのかはっきりと思い出せないようなもやの中にいる気分になる。
夜、ふと彼が何をしているか気になることがある。以前は、彼が一人でどうしてるかなって、こうだったらいいなと彼のプラスを願っていた。
今はそんな時、私の中の「黒い心」が、「彼には私より幸せになってほしくない」と囁く。ーー私がもっと優秀で、成功しているところを見せたい。
そんな時、私はまだ彼を許せていないのかもしれないと思う。ずっと許せないままなのかもしれないと、そう思ってしまう時もある。
私は「そこにいてくれる人(present)」が必要なんだと思う。私がいてもいなくても同じ。
あの日々は、何度も何度も子供の頃の傷を抉っていたのだ。
彼の「楽」は、罪悪感を押し殺し、思い出を避け、私が大切だったことを無かったことにするふりをすること。そうすることでしか、前に進めない人だった。でも、それは、私が重要じゃなかったという意味ではない。ただ、彼には私が与えた真心を受け止める力がなく、自分が私に与えた傷と向き合う勇気もなかった、というだけ。彼の限界がそこにあるだけ。
ーーただ、彼に知ってほしい。私は、彼がずっと否定し続けたような人間ではない、と。
この一文を書き終えると、また涙が一つ、こぼれた。
書くということ
別れた時、
最後の日。
彼は何も言わなかった。
ただ元気でって。
私は、まだ、彼のありがとうとごめんねを探している。
別れる時「忍耐強くいてくれてありがとう」って言ってくれた。
うん、何度も何度も私は頑張ったんだ。
でも忍耐という言葉はまた違う気がするけれど。
何度も何度も彼を信じたんだ。
彼には誰か信じてあげる人が必要だと思ったから。
横にいて、大丈夫、いつもここにいるよ、一緒にいるから、
君はできるって信じてるって、言ってあげる人が必要だと感じたから。
そしてこの一年ごめんねって言って欲しかった。
この一年の否定は全部そうじゃないって、
私はそんな人じゃないって、君の言葉の枠にはまり込むような人じゃないって、
そう言って謝って欲しかった。
最後まで、大事な部分が伝わっていない感じが静かに残っていた。
あんなに感じあったのに。この一年、何も伝わらなかった気がした。
私が先に行き過ぎた。多分彼の歩まない道の先まで。
趣味
趣味が増えた。
まず、瞑想。
朝起きて、彼のことを考えてしまいそうになる自分を、
無限ループに陥ってしまいそうな脳を整える。
焦点を自分に持ってくる。
彼のことは、彼のこと。
私のことを抱きしめる。
そして、ストレッチ。
この一年凝り固まった体をほぐしていく。
自分の体に全神経を集中させる。
刮板とかもいい。
体内の湿気を外に出す。
そして、お茶。
温かいものを飲むと言うこと。
体の内側からエネルギーを感じる。
言語学習。
今は共通語、彼の国言葉、私の国言葉、
どれも話し方とか、
論理的思考とかを勉強。
舐められないように。
こんな感じで毎日忙しく過ごしている。
充実している。
でも、たまに外に行って、
誰かと一緒に食事をしたりすると、
思い出してしまう。
私の話を聞いてくれた彼を。
聞いて、考えてくれた彼を。
思い出して、
もういないのだと言う現実を突きつけられる。
もう会えないじゃなくて、
もういない。
暗闇に一人取り残される。
書いていてリラックスするはずだったのに、
過去のあの一年を書いていると、重みでまた
頻繁に悪夢を見て、早くに目が覚めてしまうようになってしまった。
そして瞑想するの繰り返し。
同時に、少し怖くもある。
これをお書き終わったら本当に終わってしまう。
もう終わっているのに。
まだ何度も過去に戻っていきてしまう。
これでいいんだ。少しずつで。
愛はなくても尊敬がある
テレビで、芸能人が愛かお金買って話をしていた。
若い彼女たちは愛だという。
そこに、おばさまは、お金だって言っていた。
「お金で愛は買えないけれど、
お金があれば、月日が経てば尊敬が生まれる」
私は愛かお金かと言われれば、愛だと言う。
でも、尊敬の上に成り立つ愛じゃないとやっていけないと気付かされた。
親しき中にも礼儀あり。
本当にそう。
愛がなくなって、
なぜかずっといじめられ軽視されてた。
彼は「彼にいじめられて可哀想だと思う」なんてたまに言ったけれど、だからと言って、彼は態度を変えはしない。
私の母は専業主婦で、過去の確執から私はあまり母と話さなかった。そんな私を見て彼は、母が可哀想じゃないかと言った。憐んでいた。
じゃあ私はどうなのだろう。知らない国で、知らない言語で、知り合いが誰もいない中、一番心を許していた人に、かつて愛した人に、心を全開にした相手に、「あ?」って毎日顔を顰められる私はどうなのだろう。
言うだけなのだ。行動は伴わないのだ。
彼は何かを考えても、想っても、もう何も行動しない、できない人になっていたんだ。
好きだったんだ
それでも、彼が好きだったのだ。
ただ写真とスタンプだけを送って、いいねマークプラスで「いいね」って付け足してくれたその一言に心が揺れるぐらいに。
世界の綺麗な景色を見るたびに、彼の国の仲睦まじい家族の動画を見るたびに、一緒に行きたかったな、こんな家族になりたかったなと望むほどに。
記念日を大切にするタイプじゃない。
休みは疲れたと言って一人の空間に閉じこもってしまう。
そうじゃなくて。
何かあった時も相談してくれて、考えの中に、そのプロセスに私も入れてくれるだけでよかった。
別に、それが君のしたいことなら反対はしない。
その横で私がどう生きるか、どうサポートできるか、真っ直ぐ君を見つめて考えるだけ。
何度も何度も、その一点の期待を彼はしくじった。
帰国すると決めて、
帰った後も国に留まると決めて(ここで私の上記の思いは伝えた)、
叔父のために働くと決めて、
別れると決めて、
あの街に来ると決めて(その後は一緒に考えてくれた)、
来れなくなって、
2年待ってと言われ、
また叔父の会社を辞め、
次の仕事も住む街も決めて、
私がこっちにきてからも、しないといけないことをやってくれて手続きも手伝ってくれたけれど、それは「一緒」じゃなかった。
私がやりたいか、彼がやりたいか、の二択。一緒にこれがしたいねって考えるプロセスはない。この傾向はずっとあったのかもしれない。
一緒にしてくれても、一緒に考えた後に何かをするっていうのができてなかったのかもしれない。
一緒に考えることはあった。深い話をなん度も一緒にした。
でもそれも、遠距離だからできていたことなのだと思う。
2、3日に一度2時間ほどの電話を通しての深い会話。そんな関係、遠距離じゃなくてあり得るのだろうか。
仕事で疲れて帰ってきてから寝るまでの数時間、相手と向き合えている人はどのくらいいるのだろう。
今しかないからって。1日のこの時間しかないからって。
あの時は、一緒に住んだらもっとずっと一緒にいられて、
もっと共有し合えてっていうのを夢見てた。
でも、疲れて帰ってきて。仕事でたくさん話すから家では静かにしていたい。
仕事で人に合わせないといけなくて疲れるから、
家では人に合わせず自分の好きなことだけをしていたい。
そう言われた。それは彼に限ったことじゃなくて。
そんな人がたくさんいるんじゃないだろうか。
そして休みの日も、疲れたからただ家でゆっくり寝たい。
別にそれが悪いんじゃなくて、
それも当たり前の日常で。
ただそんな日々の中に相手にどう大事だよって伝えるのか。
それを私たちはまだ知らなかった。
あの頃
彼があの街へ来ると言った時、彼のお母さんは私が彼の国へ行けば結婚できると。そこで一緒に暮らせばいいと言った。
私が仕事ができなくても、なくても、結婚金として数百万円あげればいいって。
私はそれが許せなかった。
私の母は専業主婦。私が子供の頃は家だけが彼女の居場所で。余裕がなくて、張り詰めていて。いつも不機嫌だった。
そんな母みたいになりたくないとの思いが大きかったのも一つ。
そして、私も大学までは勉強勉強の日々で。やっと世界に触れて、世界にでて、そこで人と出会って、創造してというのに触れ出したばかり。
その世界との触れ合いを全てなくして彼を私の全ての人生にするなんて無理だった。
彼が、彼の事業に私を入れてくれるっていうなら、少しでも関わらせてくれるっていうならできたかもしれないけど。
大金払ってあの街に行って。世界を知って、世界を大きくして。
私もお金を稼ぐことができるスキルを身につけた。
人と会って、価値を提供できる人に少しずつ成長していっている道のりで。その提供先が彼だけで。彼が私にくれるのは、忙しいと一人の空間に閉じこもってしまう日々。そんなのダメだった。そもそも起業が成功するかなんてわからないし、成功したってお金だけあったって。子供に私たちと同じ思いをさせる。
それなら一人の方がいい。私たち二人だけならできたかな。でも、彼は子供が欲しいという。しかもすぐに。そんなのは、絶対に、無理だった。
私がいい続けた「私たち」。それがあるなら、私は彼とならどこへでもいけた。なんでもできた。でも、それだけがとても難しかった。
女性
女性の権利が叫ばれる時代になってきたけれど、女性だけが考えるのではいけないのだと、強く感じた。
男の人の女性に対するイメージが、理想が変わらない限り、私たちは同じような「理想の女性像」に当てはめられ、私を私と見てもらえないままに、当てはめて評価されてしまう。
好きな人にそんな扱いを受ける惨めさは計り知れない。
私は自分を制限しない女性像であり続けたい。
この先何があっても。結婚したって、子供ができたって。妻である前に、母である前に、私は私でい続ける。
私たちは自由だ。
誰かを好きになろうとしなくたっていい。結婚しなければならないというプレッシャーを感じる必要もない。
孤独に駆られて、誰かの愛を求めないで。まずは自分を愛して、好きなことをする。
毎日自分に言い聞かせる。「私は素晴らしい。美しい。自信に満ちている」
誰かに愛されるのを待たないで。
自分を愛し、自分を知りる。
そうすれば、自分を愛してくれる人に出会ったとき、結婚式の日がどんな日になるか、簡単に想像できるだろう。
人生はとても面白いもの。
唯一の正しい道などないのだから。
2割
この世界で、愛があって純情で結婚するカップルは2割ぐらいなのだそうだ。後は、プレッシャーに負けて、人生のパートナーを選ぶらしい。
私もそうなる気がする。
彼との人生は、純情の人生を歩めただろう。日々の小さな幸せを抱きしめて、平和に横にいられるだけで幸せって。
小さな家庭を築いて、小さな車を買って、一人か二人の子供を育んで。
日々のお金とか、家族とか、小さなプレッシャーはあっても、それ以上の幸せと平和を心に持って生きていく。
そんな人生を思い描いていた。
でも、もうそんな彼はいない。
私たちはもう若くない。
もう愛に生きられないかもしれないと思う。
それなりの条件があって、収入もあって、世間体もよく、価値観も受け止めてくれて、もしくは口をださないでいてくれて。
ただ自分の決定を相手に告げて、相手もそうかと受け入れて。
そんな日々にたまに寂しくもなるけど、それが人生だと受け入れる。それ以外に選択肢はなかったんだと受け入れる。
自分のやりたい仕事ができているし、相手の収入もそこそこ悪くないと言い聞かせる。
そんな人生が今は簡単に想像できてしまった。
でも。
私は、世界を広げ続ける。
誰かの下に入るんじゃなくて、一緒に横を歩いてくれる人を見つける。世界の端と端に行ったとしても、相手を思い続けて不安にするんじゃなくて、元気にしてくれる。
そんな人と出会っていくんだ。
それでもーーそんな人生を歩んだ後に、私が先に死んだら、お墓参りに来てほしい。絶えず生花が備えられているお墓に、花を添えにきてほしい。
私は彼から花をもらうことを夢見てたんだ。心を込めて選んだ花をもらえる夢を。
いつか、叶うといいな。
