そして半年後、私たちは再び連絡を取り合うようになった。
私は言った。別れたことを後悔した、と。
彼の声を聞くことができなかったことを後悔した、と。
彼の国の言葉の勉強は続けていて、彼はずっと私の中に生きていた。
彼は少し涙ぐんで、笑っていた。
契約
でも、私が「彼を信じきれない」と吐露すると、彼は驚くべきことを言い出した。
「契約でも交わすか」と。
それはとてもビジネス的な発想で、正直あまり好きじゃなかった。
恋愛に契約書。 冷たく感じた。
彼は、自分自身の気持ちの揺らぎを恐れていたて、『約束を破る自分』を警戒し、自分自身を縛る鎖として、この契約書を作ったのだろうか。それとも、単に彼の世界では、愛は『責任』と『条件』で語られるものなのだろうか。
そんな迷いはあったけれど、でも、彼が「曖昧さを排除し、証明しよう」と態度を示してくれたことを受け入れた。
彼は私の不安を真摯に受け止め、形にしようとしてくれたのだと思うことにした。
そして、私たちは以下の契約を交わした。(A:彼、B:私)
Aは契約期間中、単身でおり、誰とも恋愛的な関係を築かない。
署名後3ヶ月以内も、同様に誰とも恋愛関係を築かない。
Aは自己成長に集中し、自らの発言に責任を持つ。
1年間、いかなるお見合い活動等にも参加しない。
1年後、他のものと恋愛関係になる場合は、事前に可能性を示し、Bに直接報告する。
違反した場合、両者は永遠に全ての接触を絶つ。
互いに恋愛関係に入る準備ができた場合、Aはいつでも本契約を終了させられる。
契約期間は1年間。
違反した者は、「私はこの決断に、残りの人生ずっと後悔することはありません」と100%誠意を持って宣言しなければならない。
本契約を通じて、私たちは互いの人生に積極的に関与し続けること、近況を共有し、電話をかけ合い、単なるカジュアルな友情を超えた絆を維持することを約束した。
彼の離職
それからたまに連絡を取り合っていたある日、彼が言った。
「仕事を辞めた」
やめさせられたのか、自分からやめたのか、私にはよくわからない。
ただ、叔父とものすごく喧嘩して、両親にも「もうやめてやる」と言い捨て、少し落ち着いてから「やめる算段をつけた」と言っていた。
これを聞いた時、私はものすごく怒っていた。
彼の仕事に対する思いが、たったの半年で消え去るような、そんな脆いものだったのかと。
また彼がそうなる未来が見えていなかったくせに、彼を「叔父のもとで働け」と強制しておいて、今になって彼が辞めることを受け入れる両親に。
彼の面倒を見ると言い、いいことだけを吹き込んでおいたくせに、彼をここまで追い詰めた叔父に。
そしてまた同じように、きちんと説明してくれない、彼自身に。
でも、私はこうした怒りを今回は自分の中だけにとどめておいた。
その後1週間。
彼は荷物をまとめ、実家へと帰った。
再び描く未来図
そこからまた、私たちは「私たちをどうするのか」と話し合った。
彼が私の国へ来てもいい。どこか違う国へ二人で行ってもいい。今もう自由じゃないかと。
彼も具体的な国名を出してきて、一緒に話し合ったけれど、
でも、彼の頭の中には両親の重荷が巣くっていて、他の国へ行くなんてことは、もうできなくなっていたのだと思う。
彼はネットで、彼の国で私ができそうな仕事をいくつか見つけて送ってくれた。
そのうちのいくつかに申し込み、トントン拍子で私の彼の国での就職が決まった。
埋められない溝
もう、違和感はずっとそこにあった。
私たちの間には、埋められない溝が、静かに大きく開いていた。
私が仕事を見つけられたのは二つの都市。一つは外国人が多いところ、もう一つは外国人がほとんどいないところ。
私は、「できれば外国人が多い町に行きたい」と言った。
でもその時、たまたま彼の仕事が見つかった——それは、外国人があまり多くない方の都市だった。
彼は私の主張を聞きもせず、その仕事のオファーを受け取った。
「いい条件で給料もいいから」と、嬉しそうだった。
私が「外国人が少ないかもしれない」と言うと、彼は言った。
「二つの都市は近いのだから、それぞれ別々に住んでもいいじゃないか」と。
私は呆然とした。
「私は君の国に行くのは、私たちが一緒になるためなのに。そのために履歴書も書いて、面接の練習もして挑んでいるのに」
それでも私は、今回は彼の行動を重視した。
言葉じゃなくて、動いてくれてる。仕事を見つけてきてくれたのも私のためだ——そう自分に言い聞かせていた。
彼の国へ
そして、私は彼の国へ行くことにした。
この時、私の心はものすごく不安だった。
彼が動いてくれた。仕事を見つけてきてくれた。でも、彼が私のことをどう思っているのか、二人のことをどう思っているのか。
話し合いはしなかった。聞きもしなかった。
なんとなく会ってみるまではわからないな、と思っていたから。
何を言われても、言葉だけじゃもう信じられない、と思っていたから。
壁
私も仕事のオファーを受ける時、彼は突然言い放った。
「来るな」
今後、時間があったら仕事の合間を縫って互いの国に行き来すればいい。その時に二人ともお互いのことをどう思うかわかるだろう。
今すぐ彼の国に来ることは早急すぎる——そう言われた。
理解できなかった。
今まで時間をかけて履歴書を用意し、面接をしてやっと手に入れたこの機会を、台無しにするの?
仕事を紹介してくれた時点で、探してくれた時点で、もう一緒に住む気持ちが彼の中にあるものだと思っていた。
しかも、彼はこれを電話では伝えてくれない。
電話しようと言っても「今は話せない」と言われ、全てテキストでのやり取りだった。
彼は言った。
「太陽みたいに光をくれる人が欲しい。そんな人が必要だ」と。
私には、わからなかった。
これまでずっと彼の横で励まし、この道を歩もうと忍耐強く、いつも笑顔で横にいたのは私だったじゃないか。
この数年、ずっと一緒にいたではないか。お互いにエネルギーを上げ合ってきたではないか。
この私が、太陽じゃなかったというのなら、私は何だったの?
私は何かを間違えた——そんな瞬間は思い出せなかった。
最後の方は間違えた。彼の意向を無視して私の主張だけを押し通し、彼のことを全く聞けなかったのは、私が悪い。
でもそれ以前は、私も太陽だったと思う。
今のこのチャンスを逃すと、もう一緒に会えない気がした。
もう一生、一緒に住むなんて機会はない気がした。
そしてそれ以上に、彼ともっと話したかった。目を見て話して欲しかった。
だから私は、彼の心配をよそに、彼の国に行くと言い張った。
「一緒に住んで、それから考えよう」って。
彼は私に押されて、「分かった」と言った。
住む所
それから彼の国へ行くまでの1ヶ月ちょい。
彼はあまり連絡を送れなかった。電話する機会もくれなかった。「忙しい」と言って。
一緒に住まいを探した。ネットで探した。
彼は「私と彼の部屋が別々にあるところがいい」と言った。
私はそれでもいいけれど、リビングルームが欲しいと主張した。
家に帰ってきてお互いの部屋に入り、別々に過ごすんじゃなくて、一緒に同じ空間でくつろいで過ごす時間が欲しかったから。
部屋を探す時も、私たちの性格の違いは明確に現れていた。
彼は「省エネ派」で、私は「全部の選択肢を吟味してから一番いいものを見つけたい派」。
ここでも私たちはすれ違った。
私が1日中時間をかけて部屋を見つけているのに、彼は自分の中の「いい部屋」の基準を私に伝えもせず、一人で良し悪しを判断していた。
その基準を共有してくれないことに苛立ち、共有してくれたら私もその基準に合うものを探すことができるのにと、歯がゆく思った。
それでもなんとか二人の基準に合う部屋を見つけ——というか、彼が「いい」と言えば私は何でもよくて、彼の決断を受け入れるしかないのだけど——彼はそのままそこに移り住み、新しい生活を一ヶ月早く始めていった。
私も彼の国に行くまでの間、言葉を勉強し、ビザ申請をこなし、慌ただしくも順調に、私たちの「一緒に住む日々」への道が開けていった。
私は言った。別れたことを後悔した、と。
彼の声を聞くことができなかったことを後悔した、と。
彼の国の言葉の勉強は続けていて、彼はずっと私の中に生きていた。
彼は少し涙ぐんで、笑っていた。
契約
でも、私が「彼を信じきれない」と吐露すると、彼は驚くべきことを言い出した。
「契約でも交わすか」と。
それはとてもビジネス的な発想で、正直あまり好きじゃなかった。
恋愛に契約書。 冷たく感じた。
彼は、自分自身の気持ちの揺らぎを恐れていたて、『約束を破る自分』を警戒し、自分自身を縛る鎖として、この契約書を作ったのだろうか。それとも、単に彼の世界では、愛は『責任』と『条件』で語られるものなのだろうか。
そんな迷いはあったけれど、でも、彼が「曖昧さを排除し、証明しよう」と態度を示してくれたことを受け入れた。
彼は私の不安を真摯に受け止め、形にしようとしてくれたのだと思うことにした。
そして、私たちは以下の契約を交わした。(A:彼、B:私)
Aは契約期間中、単身でおり、誰とも恋愛的な関係を築かない。
署名後3ヶ月以内も、同様に誰とも恋愛関係を築かない。
Aは自己成長に集中し、自らの発言に責任を持つ。
1年間、いかなるお見合い活動等にも参加しない。
1年後、他のものと恋愛関係になる場合は、事前に可能性を示し、Bに直接報告する。
違反した場合、両者は永遠に全ての接触を絶つ。
互いに恋愛関係に入る準備ができた場合、Aはいつでも本契約を終了させられる。
契約期間は1年間。
違反した者は、「私はこの決断に、残りの人生ずっと後悔することはありません」と100%誠意を持って宣言しなければならない。
本契約を通じて、私たちは互いの人生に積極的に関与し続けること、近況を共有し、電話をかけ合い、単なるカジュアルな友情を超えた絆を維持することを約束した。
彼の離職
それからたまに連絡を取り合っていたある日、彼が言った。
「仕事を辞めた」
やめさせられたのか、自分からやめたのか、私にはよくわからない。
ただ、叔父とものすごく喧嘩して、両親にも「もうやめてやる」と言い捨て、少し落ち着いてから「やめる算段をつけた」と言っていた。
これを聞いた時、私はものすごく怒っていた。
彼の仕事に対する思いが、たったの半年で消え去るような、そんな脆いものだったのかと。
また彼がそうなる未来が見えていなかったくせに、彼を「叔父のもとで働け」と強制しておいて、今になって彼が辞めることを受け入れる両親に。
彼の面倒を見ると言い、いいことだけを吹き込んでおいたくせに、彼をここまで追い詰めた叔父に。
そしてまた同じように、きちんと説明してくれない、彼自身に。
でも、私はこうした怒りを今回は自分の中だけにとどめておいた。
その後1週間。
彼は荷物をまとめ、実家へと帰った。
再び描く未来図
そこからまた、私たちは「私たちをどうするのか」と話し合った。
彼が私の国へ来てもいい。どこか違う国へ二人で行ってもいい。今もう自由じゃないかと。
彼も具体的な国名を出してきて、一緒に話し合ったけれど、
でも、彼の頭の中には両親の重荷が巣くっていて、他の国へ行くなんてことは、もうできなくなっていたのだと思う。
彼はネットで、彼の国で私ができそうな仕事をいくつか見つけて送ってくれた。
そのうちのいくつかに申し込み、トントン拍子で私の彼の国での就職が決まった。
埋められない溝
もう、違和感はずっとそこにあった。
私たちの間には、埋められない溝が、静かに大きく開いていた。
私が仕事を見つけられたのは二つの都市。一つは外国人が多いところ、もう一つは外国人がほとんどいないところ。
私は、「できれば外国人が多い町に行きたい」と言った。
でもその時、たまたま彼の仕事が見つかった——それは、外国人があまり多くない方の都市だった。
彼は私の主張を聞きもせず、その仕事のオファーを受け取った。
「いい条件で給料もいいから」と、嬉しそうだった。
私が「外国人が少ないかもしれない」と言うと、彼は言った。
「二つの都市は近いのだから、それぞれ別々に住んでもいいじゃないか」と。
私は呆然とした。
「私は君の国に行くのは、私たちが一緒になるためなのに。そのために履歴書も書いて、面接の練習もして挑んでいるのに」
それでも私は、今回は彼の行動を重視した。
言葉じゃなくて、動いてくれてる。仕事を見つけてきてくれたのも私のためだ——そう自分に言い聞かせていた。
彼の国へ
そして、私は彼の国へ行くことにした。
この時、私の心はものすごく不安だった。
彼が動いてくれた。仕事を見つけてきてくれた。でも、彼が私のことをどう思っているのか、二人のことをどう思っているのか。
話し合いはしなかった。聞きもしなかった。
なんとなく会ってみるまではわからないな、と思っていたから。
何を言われても、言葉だけじゃもう信じられない、と思っていたから。
壁
私も仕事のオファーを受ける時、彼は突然言い放った。
「来るな」
今後、時間があったら仕事の合間を縫って互いの国に行き来すればいい。その時に二人ともお互いのことをどう思うかわかるだろう。
今すぐ彼の国に来ることは早急すぎる——そう言われた。
理解できなかった。
今まで時間をかけて履歴書を用意し、面接をしてやっと手に入れたこの機会を、台無しにするの?
仕事を紹介してくれた時点で、探してくれた時点で、もう一緒に住む気持ちが彼の中にあるものだと思っていた。
しかも、彼はこれを電話では伝えてくれない。
電話しようと言っても「今は話せない」と言われ、全てテキストでのやり取りだった。
彼は言った。
「太陽みたいに光をくれる人が欲しい。そんな人が必要だ」と。
私には、わからなかった。
これまでずっと彼の横で励まし、この道を歩もうと忍耐強く、いつも笑顔で横にいたのは私だったじゃないか。
この数年、ずっと一緒にいたではないか。お互いにエネルギーを上げ合ってきたではないか。
この私が、太陽じゃなかったというのなら、私は何だったの?
私は何かを間違えた——そんな瞬間は思い出せなかった。
最後の方は間違えた。彼の意向を無視して私の主張だけを押し通し、彼のことを全く聞けなかったのは、私が悪い。
でもそれ以前は、私も太陽だったと思う。
今のこのチャンスを逃すと、もう一緒に会えない気がした。
もう一生、一緒に住むなんて機会はない気がした。
そしてそれ以上に、彼ともっと話したかった。目を見て話して欲しかった。
だから私は、彼の心配をよそに、彼の国に行くと言い張った。
「一緒に住んで、それから考えよう」って。
彼は私に押されて、「分かった」と言った。
住む所
それから彼の国へ行くまでの1ヶ月ちょい。
彼はあまり連絡を送れなかった。電話する機会もくれなかった。「忙しい」と言って。
一緒に住まいを探した。ネットで探した。
彼は「私と彼の部屋が別々にあるところがいい」と言った。
私はそれでもいいけれど、リビングルームが欲しいと主張した。
家に帰ってきてお互いの部屋に入り、別々に過ごすんじゃなくて、一緒に同じ空間でくつろいで過ごす時間が欲しかったから。
部屋を探す時も、私たちの性格の違いは明確に現れていた。
彼は「省エネ派」で、私は「全部の選択肢を吟味してから一番いいものを見つけたい派」。
ここでも私たちはすれ違った。
私が1日中時間をかけて部屋を見つけているのに、彼は自分の中の「いい部屋」の基準を私に伝えもせず、一人で良し悪しを判断していた。
その基準を共有してくれないことに苛立ち、共有してくれたら私もその基準に合うものを探すことができるのにと、歯がゆく思った。
それでもなんとか二人の基準に合う部屋を見つけ——というか、彼が「いい」と言えば私は何でもよくて、彼の決断を受け入れるしかないのだけど——彼はそのままそこに移り住み、新しい生活を一ヶ月早く始めていった。
私も彼の国に行くまでの間、言葉を勉強し、ビザ申請をこなし、慌ただしくも順調に、私たちの「一緒に住む日々」への道が開けていった。
