君が忘れた物語

 転校して来てからひと月も経てば、その環境に馴染(なじ)むことができていた。特に、クラス 内である程度目立っているような、あるいは発言権がありそうな、そんな男子三人組に混ぜてもらえた。自然だと感じるくらいの距離感で話をできているのは、俺の転校人生の賜物だと言ってもいい。

 そして何より、あの子、春木瑚子さんの反応が、いくらか良くなったことがとんでもなく嬉しかった。

 「おはよう!」

 「おはよ」

 そう、返事があるだけで胸が高鳴る思いだった。

 転校初日、教室内に彼女の姿を見つけて即座に気がついた。あの花火大会の日、俺がまだこの街に来てから数日のこと。花火なんかに目もくれず、面白いものがないかと散策していた時に、見つけた人。

 はじめて誰かを綺麗だと思った。

 親の仕事の事情で、頻繁に引っ越しては新たな交友関係を築いてきたから、色々な人に会ってきた。特に都会には、造形が整った人も、垢抜(あかぬ)けて大人っぽい人もいた。

 でも、そうじゃなくて。

 なぜだか、彼女のことを誰よりも綺麗だと感じてしまった。あの夜の瞬間の雰囲気に押されたせいではない。教室で、ちゃんと対面してもずっとそう感じている。

 「春木さんは、可愛いと思うけど全然(しゃべ)らないからな〜」

 「そうだよなぁ、ちょっと地味だし……この間アリとか言ってたお前はどうなのよ」

 「うーん、やっぱナシかな」

 「どっちだよ」

 なんて会話をしている友人三人の言う通り、可愛いと言われる部類の子だとも思う。

 造形の主張は弱いながらも形の良い瞳や、通った鼻筋、小ぶりな唇もきちんと整っていて、きっとメイクが映えるんだろうなと思わせる顔立ち。だけど、そこじゃなくて。

 「春木さんは、きっと、そんな表面的な良さに留まる人じゃないと思うんだ」

 あえて言葉にするなら、そう。内包的な美しさ、と言うのが一番しっくりくる。

 だから、そう感じた理由を知りたくて、俺は意識的に彼女との距離を縮めようと思ったのだった。それに、俺に落ちてきた天体望遠鏡も、返せずに預かっているところだし。

 「奏多は転校初日から春木さん一筋だよな〜」

 「ん? ああ、まあな」

 「このクラスには、あの夏目(なつめ)さんもいるのにな」

 「やっぱ夏目さんがいいよな」

 学内で問題にならない程度の薄いメイクや髪のアレンジを身につけていろんな女子から慕われる、いわゆる一軍女子の、その真ん中にいるのが(みお)さんという人なのだけど……。

 彼らの話は色恋のもので、俺の春木さんに対する感情がそれに当てはまるのかは、しっくりはこない。つまり、恋愛感情なのかと聞かれると、なんとなく違うような気がしていた。

 妙に意識したせいで、その日は恒例の挨拶が少しそっけなくなってしまった。