君が忘れた物語

 なんとなく漂っていた気まずさから顔を合わすことが減っていたところに、突然奏多は今までとなにも変わらない態度で接してくるようになった。

 その変化や掴めない奏多の心情に戸惑いながらも、また話せるようになったことだけはポジティブに捉えて、毎日を過ごしていった。

 そうして中学三年生になっても、人数の少ない田舎の学校ではクラス替えに大した変化はない。特に、症状を抱えた私と仲良くしてくれている奏多と夏目さんは、教師の計らいもあってか同じクラスになっていた。

 「瑚子、早く行こう」

 こうして、奏多は今でも私のことを見てくれているし、世界を広げてくれている。一般の学生が楽しんでいるような、当たり前の日常というものを、私にくれていた。

 けれど、彼との関係性に変化はない。

 名前で呼び合うことに慣れたこと、周囲の注目がなくなって奏多といることも当たり前の日常の景色のひとつになったこと。そのくらいだった。

 だから私は、自分から動くことを決意した。

 最近できた街唯一のカラオケにふたりで行った帰り道、夕方になっても陽の落ちが緩やかな夏の始まり。

 「ねえ奏多」

 「どうした?」

 「今年の夏祭りの日さ、一緒に天体観測しない?」

 去年、私と奏多の初対面の場所。

 あの時は、まさかこんなふうにふたり肩を並べて歩いてるだなんて考えもしなかった。

 「一緒に夏祭り行かない?って誘いじゃないのが瑚子らしいな。俺も天体望遠鏡を返すためにも誘おうと思ってた」

 「今年は一緒に星を見ようね」

 「そうだな、隣にいれば目元に天体望遠鏡が落ちてくる心配もないしな」

 そんなふうに茶化して笑う奏多の姿を、とても愛おしく感じるようになったのはいつからだろう。

 最初は良くも悪くも印象に残りやすい人で、けれど気づいた時にはこの瞬間だけだとしても彼との思い出を一緒に作れたら、と思うようになった。そして、今は……。

 私は次第に、欲深い人になってしまっていたのかもしれない。

 名前の呼び方を変えた日から、明確に異性として意識するようになった。それはきっと 奏多も一緒だと思っていたから。だから、そう遠くないうちに関係を進めるような言葉があるんじゃないかと期待してしまっていた。

 でも、なかった。

 夏目さんは「どうして秋岡くん動かないの 」とすごい剣幕で文句を言っていたけど、きっと私の症状のことを考えて、いろんな可能性を考慮して、慎重になってくれているんだと思った。

 その心遣いは嬉しい。でも、きっと、私の求める言葉を伝えてくれたら、そういう関係になれたら、もっと嬉しい。

 だから、受け身でいるのではなく、自分がそうなりたいと思う未来を掴むために、私から動くことを決めた。

 私は奏多のことが好きだから。