君が忘れた物語

 それは、ただふたりの男女が出会い、別れるだけの物語だった。

 記された一冊のノートを手にそう思う。

 これを読む時は、決まって星空が澄んで見える夏の夜だった。

 ふたりにとって思い出の場所で、思い出をなぞるように文字を追っていた。

 ふと頭上に目をやると、数えきれないほどの星が視界に映し出された。

 人と人との出会いも、この星の数ほど多く、この星々のように美しいものなんだろう。

 ただ、私の知るこのふたりの物語は、星空の中でも一層強い光を放つ一等星みたいに、特別なものに感じられる。

 私にとって一番好きなお話だった。
 

 そのお話の書き出しは、こう始まる。


 ――好きだよ。
 なんて私に言った彼は、もういない。
 ずっと前の、彼の言葉。今でも心の真ん中にある言葉。
 なにも、忘れることなんてできないから。
 一番記憶に優しい彼の言葉が、私の道標だったから。


 これは、すべてを此処(ここ)に記憶し続ける私と、彼方に消えてしまった彼との、恋の話。