貨物船の積み荷リストをチェックして、僕は満足げに頷いた。
イグナイト王国から購入した高品質な魔法金属をはじめ、みんなでリストアップした必要な品物を、想定よりいい品質で、想定より低価格で手に入れられた。
しかも、今後に向けて新規の取引先となってくれる国や商会もひとつやふたつではなく、今回のフェスタは、ステラロード王国にとって上手くいきすぎるくらいの成果だった。
「さすがにこの船を売ってくれって話には首を縦には振れなかったが、運送事業を考えてもいいかもしれんな」
一番のインパクトは、風がなくても魔力を使って高速で走れるこの船だ。フェスタの途中から、ガレドーラ共和国の提案で、ステラロード王国も近海の警備に参加したのが大きかったらしい。
他国の船とは一線を画す性能は、警備に参加していた他の国から広まり、それこそ父さんが言っていたように、船そのものを売ってくれという突拍子のないものまで飛び出すほどだった。
参加した警備自体はといえば、シエナの話はもちろん、他にもいくつかの噂を聞いていたから覚悟していたのに、意外にもというべきか、海の魔物が少し出た程度で、海賊も怪物も現れなかった。
荷を積んでくるフェスタ前の方が狙われやすいのでは、との予測は飛び交ったものの、フェスタの途中や帰りの時期だって荷を積んでいる船は多いし、なんだか引っかかる。
とにかく、注目を浴びた僕たちは、ここにきてようやく、振る舞いを慎重に検討せざるを得なくなっていた。軍備増強のためであるとか、国力強化のために船がほしいという強めの要望が、あまりに次々と並んでしまったからだ。
シエナを助けた時はみんな必死だったし、警備にしたって性善説に従って行動した結果だ。それ自体を後悔はしていない。
しかし、エンジンとスクリューは、そもそも僕のスキルありきのものだ。その上、世界的な軍拡の火種になってしまうのでは、ステラロード王国としての方針からも外れてしまう。
「個人的には、やっぱり缶詰とピザが一番の収穫かしらね。辺境の島国から世界の台所へ……なんて夢があるじゃない?」
世界の食に革命を起こすのよ、と息巻く母さんは、さっそく何を缶詰にすればいいかのアイデアを、ピザのトッピングとあわせて考え始めている。
こちらも、缶詰の容器自体は僕のスキルありきなので考え事はあるものの、想像以上の反響で嬉しい限りだ。
フェスタの終盤には、さっそくピッツァ・ステラロードの模倣品が出回っていたくらいだから、ステラロード王国の紋章を焼き入れたのは正解だった。
前世でいうところの商標登録の簡易版のようなものも、フェスタ初日の反響を受けて申請済みらしい。模倣品を完全に取り締まれるような効力はないものの、オリジナルに拘る層は一定数いるし、そうでなくても権利を主張しておくのは大事だよね。
ピザ生地の原料となる穀物、チーズやバターの生産地とも会話の機会が作れたらしいから、ステラロード王国のトマトやハーブとビザのアイデアを、世界に広めていく話も夢ではないかもしれない。
「今まで入ってこなかった情報も、たくさん聞けたよな。しっかり整理して次に生かしたいとこだ」
「東のゼム帝国のきな臭さが予想以上だったよね、距離があるとはいえ気をつけないと」
マグナ兄とシルヴァ兄は、会談が落ち着いてきた終盤は主に情報収集に駆け回っていた。これまで相手にされなかったところからも色々な話を聞けたのだそうで、知名度の大事さを思い知らされた。
「うちの船でいうと、モーターボートもだいぶ反響あったんだよな」
「魔法使い向きだからじゃない? あの速さで走り回って魔法をバンバン撃てたら、海戦の常識変わっちゃう」
そういえばオルブライトも、うちの小型船なら海の怪物に立ち向かえるかも、と言っていたっけ。
そこまで考えて、頭の中がざわついた。その話があそこで出てくるのは、おかしくない?
モーターボートをフェスタで初めて出したのは警備の時のはずだから、と考えを整理しようとしたところで、船が大きく揺れた。
空は晴天、風もゆるやかで天候のせいではなさそうだ。となれば――。
「敵襲! 魔物の群れです!」
「イグナイト王国から魔法信号です。事前に取り決めた通り、基本的には各国で対応。可能な範囲で援護しあうとのこと」
イグナイト王国とは行きがけの縁もあって、今回のフェスタでもっとも親交を深めたと言っても過言ではない。途中までの航路が同じなら、と船団を組ませてもらっていた。
「なんだこりゃ、随分な数だな」
行きも魔物が多いという話だったけど、その時の比ではない数だ。警備の時にも、こんなことはなかったのに。やっぱり何かおかしい気がする。
「とにかくやるぞ、お前らついてこい」
ステラロード王国は、常設の軍をほとんど持たない。父さんの戦士団と、母さんの魔法部隊だけだ。
航海に出る時には、他にも戦う力がある人を乗せてはいるけど、専門職ではない。だから、先陣を切るのはたいてい、父さんたちの役目だ。
「さすがは魔法大国イグナイトだ、頼もしいな」
僕たちだけなら、魔法を援護にしつつ斬り込むところだけど、今回は違う。
イグナイト王国の旗艦クイーン・ベアトリス号と護衛船から、色とりどりの魔法が次々と放たれる。まるで、虹の雨が降っているみたいだ。
ちょうどメテオライト号と並走していたクイーン・ベアトリス号の甲板には、シエナの姿もあった。
まわりの魔法使いに負けない大きさの、なんなら一番大きいかもしれないくらいの火球を、真剣な表情で放つのが見える。
せっかく遠距離から数を減らしてくれているのだ。ここで僕たちが突っ込んでしまっては、むしろ邪魔をしてしまう。
父さんたちもそれはわかっているようで、魔法、弓矢を中心に迎え撃ち、仕留めきれず船に取りついた魔物を近接武器で仕留める形で応戦していく。
「よし、こっちはもう大丈夫だね」
「レガロ、僕がちゃんと守るから船首もお願い」
「もちろん、信じてるよシルヴァ兄」
魔物がとりついて壊された部分を素材合成と分解で修理して、船を無傷に保つのが僕の役目だ。
足場が崩れる心配が減れば、思い切りのいい戦い方ができる。
直接的に戦う力がなくても、僕だってステラロード王国の一員なんだ。そう言い聞かせて、魔法弾と咆哮が飛び交う船上を駆け回った。
「レガロ、スキルの射程伸びてない?」
「そうかも、夢中でわかんなかった」
シルヴァ兄に守ってもらいながら、次々と素材合成をやっていく。
壊れたところを分解して作り直せるのは、僕が乗っていて直接触れるメテオライト号だけだけど、素材ボックスの中にストックした素材を使って、素材合成で新たに補強するだけなら、距離がある他の船でもある程度はこなせるようになっていた。
フェスタに来るまでの航海中も、フェスタ開催中も、スキルは日常的に使ってきたから、また知らないうちに成長できていたみたいだ。
「随分荒ぶってやがるな、本当になんだってんだ。みんな怯むな、押し返せ!」
父さんがみんなに檄を飛ばして、投擲用の斧を投げつける。
頭ひとつ飛びぬけていた大きな魔物が、直撃を受けて沈んでいく。
風を無視して船の位置を変えながらの遊撃を得意とするステラロード王国と、大型船に火力を集めた魔法攻撃を得意とするイグナイト王国との共闘は、想像以上にばっちり噛み合っている。
まだまだ数は多いものの、押し切られるほどではないし、今のところは順調だ。
それでも、父さんがあえて激を飛ばした通り、魔物たちの様子もどこかおかしい。
これまで遭遇した魔物たちは、ある程度やられれば逃げていってくれた。それが今回は、何体倒してもお構いなしに向かってくる。
それに、魔物の種類も多すぎる。普段から共生していたり、相性のいい魔物同士なら、異なる種類で群れを作ってもおかしくはない。だけど今回は、相性や普段の生態を完全に無視した混成部隊だ。
「キュウ……」
「心配しなくても大丈夫だよ。怖かったら、隠れててもいいからね」
ソルが、肩の上で心配そうな声を出す。
素材合成の合間にそっと頭を撫でて、小さな体が震えていることに気がついた。
ソルは魔物に遭遇しても、肩の上で毛を逆立てたり、怖い時は背中に隠れたりしたことはあったけど、怯えて震えてしまうことはなかった。
ソルがじっと見つめる先に、僕も目を凝らす。乱戦状態で、よくわからない。
「シルヴァ兄お願い、あそこまで連れていって」
差し伸べられた手を取り、シルヴァ兄の風魔法でジャンプして帆柱に上がる。
「なに、あれ」
「……すぐ戻って、みんなに伝えなきゃ」
上から改めて全体を俯瞰して、僕とシルヴァ兄は同時に青ざめた。あれはまずい、ダメだ。
もう一度、急いで風魔法で甲板に下り、同時に「みんな、伏せて!」と叫んだ。
僕の叫びが届くか届かないかのところで、メテオライト号のすぐ脇の海面から、巨大な蛇のような魔物が飛び出した。
黒々とした身体に、稲妻のようなラインの紫色の光がいくつも、パチパチと音を立てて走る。
「ナーガ……」
誰かがぽつりと呟いた。それは、フェスタの途中で何度か噂に聞いた、そしてシエナたちの船団を襲った海の怪物の名前だった。
巨体に見合わぬジャンプ力で飛び出したナーガは、偶然とはいえ海中からの突進を回避したメテオライト号と、並走していたクイーン・ベアトリス号を、すうと細めた真っ赤な瞳で順番にねめつける。
そのまま空中で身をひるがえし、ナーガは大波を立てて着水した。何体かの魔物が巻き込まれて、血しぶきが舞う。
甲板の端まで走って、海中に目を凝らす。真っ黒な影が方向を変えるのが見えた。
その影は確かに、クイーン・ベアトリス号に頭を向けるように、ゆっくりと動いていく。
――シエナたちが狙われている?
全身の毛が逆立つ。同時に、もう一度叫んでいた。
「母さん、お願い!」
「もちろんよ、任せてちょうだい」
ナーガの着水による衝撃で揺れる海面を切り裂いて、メテオライト号がスピードを上げた。
魔物の隙間を縫うようにして、クイーン・ベアトリス号を狙うナーガの影を追う。
「せっかくできた友好国を、目の前でやらせるかっての」
父さんが、剛腕スキルを発動した右手で手斧を思い切り投げつけた。
海面すれすれまで浮かんできたナーガの脳天に、手斧が吸い込まれる。
咆哮をあげてナーガが身をくねらせる。海面に、薄墨を垂らしたような黒が混じった。
「え、嘘でしょ父さん。当たったし、刺さったの……?」
ナーガは、見た目ほど硬くはないのかもしれない。それにしたって、お互いに結構な速度で走っていて、すっかり荒れた波のせいで足元もおぼつかず、しかも向こうは海中にいるのに、手斧の投擲を当てられるものだろうか?
「わっはっは、どうよ? ぐわあ!」
完全に逆鱗に触れたらしい。ナーガはクイーン・ベアトリス号を追うのをやめ、メテオライト号に体当たりを仕掛けてきた。
まさかの攻撃に混乱しているのか、最初に海中から飛び出てきた時のような勢いはない。
それでも脅威には違いなく、バリバリと音を立てて船体の一部がえぐり取られる。
とても立っていられず、必死に手近な帆柱に掴まって衝撃をやり過ごす。ソルも、僕に必死にしがみついている。
イグナイト王国から購入した高品質な魔法金属をはじめ、みんなでリストアップした必要な品物を、想定よりいい品質で、想定より低価格で手に入れられた。
しかも、今後に向けて新規の取引先となってくれる国や商会もひとつやふたつではなく、今回のフェスタは、ステラロード王国にとって上手くいきすぎるくらいの成果だった。
「さすがにこの船を売ってくれって話には首を縦には振れなかったが、運送事業を考えてもいいかもしれんな」
一番のインパクトは、風がなくても魔力を使って高速で走れるこの船だ。フェスタの途中から、ガレドーラ共和国の提案で、ステラロード王国も近海の警備に参加したのが大きかったらしい。
他国の船とは一線を画す性能は、警備に参加していた他の国から広まり、それこそ父さんが言っていたように、船そのものを売ってくれという突拍子のないものまで飛び出すほどだった。
参加した警備自体はといえば、シエナの話はもちろん、他にもいくつかの噂を聞いていたから覚悟していたのに、意外にもというべきか、海の魔物が少し出た程度で、海賊も怪物も現れなかった。
荷を積んでくるフェスタ前の方が狙われやすいのでは、との予測は飛び交ったものの、フェスタの途中や帰りの時期だって荷を積んでいる船は多いし、なんだか引っかかる。
とにかく、注目を浴びた僕たちは、ここにきてようやく、振る舞いを慎重に検討せざるを得なくなっていた。軍備増強のためであるとか、国力強化のために船がほしいという強めの要望が、あまりに次々と並んでしまったからだ。
シエナを助けた時はみんな必死だったし、警備にしたって性善説に従って行動した結果だ。それ自体を後悔はしていない。
しかし、エンジンとスクリューは、そもそも僕のスキルありきのものだ。その上、世界的な軍拡の火種になってしまうのでは、ステラロード王国としての方針からも外れてしまう。
「個人的には、やっぱり缶詰とピザが一番の収穫かしらね。辺境の島国から世界の台所へ……なんて夢があるじゃない?」
世界の食に革命を起こすのよ、と息巻く母さんは、さっそく何を缶詰にすればいいかのアイデアを、ピザのトッピングとあわせて考え始めている。
こちらも、缶詰の容器自体は僕のスキルありきなので考え事はあるものの、想像以上の反響で嬉しい限りだ。
フェスタの終盤には、さっそくピッツァ・ステラロードの模倣品が出回っていたくらいだから、ステラロード王国の紋章を焼き入れたのは正解だった。
前世でいうところの商標登録の簡易版のようなものも、フェスタ初日の反響を受けて申請済みらしい。模倣品を完全に取り締まれるような効力はないものの、オリジナルに拘る層は一定数いるし、そうでなくても権利を主張しておくのは大事だよね。
ピザ生地の原料となる穀物、チーズやバターの生産地とも会話の機会が作れたらしいから、ステラロード王国のトマトやハーブとビザのアイデアを、世界に広めていく話も夢ではないかもしれない。
「今まで入ってこなかった情報も、たくさん聞けたよな。しっかり整理して次に生かしたいとこだ」
「東のゼム帝国のきな臭さが予想以上だったよね、距離があるとはいえ気をつけないと」
マグナ兄とシルヴァ兄は、会談が落ち着いてきた終盤は主に情報収集に駆け回っていた。これまで相手にされなかったところからも色々な話を聞けたのだそうで、知名度の大事さを思い知らされた。
「うちの船でいうと、モーターボートもだいぶ反響あったんだよな」
「魔法使い向きだからじゃない? あの速さで走り回って魔法をバンバン撃てたら、海戦の常識変わっちゃう」
そういえばオルブライトも、うちの小型船なら海の怪物に立ち向かえるかも、と言っていたっけ。
そこまで考えて、頭の中がざわついた。その話があそこで出てくるのは、おかしくない?
モーターボートをフェスタで初めて出したのは警備の時のはずだから、と考えを整理しようとしたところで、船が大きく揺れた。
空は晴天、風もゆるやかで天候のせいではなさそうだ。となれば――。
「敵襲! 魔物の群れです!」
「イグナイト王国から魔法信号です。事前に取り決めた通り、基本的には各国で対応。可能な範囲で援護しあうとのこと」
イグナイト王国とは行きがけの縁もあって、今回のフェスタでもっとも親交を深めたと言っても過言ではない。途中までの航路が同じなら、と船団を組ませてもらっていた。
「なんだこりゃ、随分な数だな」
行きも魔物が多いという話だったけど、その時の比ではない数だ。警備の時にも、こんなことはなかったのに。やっぱり何かおかしい気がする。
「とにかくやるぞ、お前らついてこい」
ステラロード王国は、常設の軍をほとんど持たない。父さんの戦士団と、母さんの魔法部隊だけだ。
航海に出る時には、他にも戦う力がある人を乗せてはいるけど、専門職ではない。だから、先陣を切るのはたいてい、父さんたちの役目だ。
「さすがは魔法大国イグナイトだ、頼もしいな」
僕たちだけなら、魔法を援護にしつつ斬り込むところだけど、今回は違う。
イグナイト王国の旗艦クイーン・ベアトリス号と護衛船から、色とりどりの魔法が次々と放たれる。まるで、虹の雨が降っているみたいだ。
ちょうどメテオライト号と並走していたクイーン・ベアトリス号の甲板には、シエナの姿もあった。
まわりの魔法使いに負けない大きさの、なんなら一番大きいかもしれないくらいの火球を、真剣な表情で放つのが見える。
せっかく遠距離から数を減らしてくれているのだ。ここで僕たちが突っ込んでしまっては、むしろ邪魔をしてしまう。
父さんたちもそれはわかっているようで、魔法、弓矢を中心に迎え撃ち、仕留めきれず船に取りついた魔物を近接武器で仕留める形で応戦していく。
「よし、こっちはもう大丈夫だね」
「レガロ、僕がちゃんと守るから船首もお願い」
「もちろん、信じてるよシルヴァ兄」
魔物がとりついて壊された部分を素材合成と分解で修理して、船を無傷に保つのが僕の役目だ。
足場が崩れる心配が減れば、思い切りのいい戦い方ができる。
直接的に戦う力がなくても、僕だってステラロード王国の一員なんだ。そう言い聞かせて、魔法弾と咆哮が飛び交う船上を駆け回った。
「レガロ、スキルの射程伸びてない?」
「そうかも、夢中でわかんなかった」
シルヴァ兄に守ってもらいながら、次々と素材合成をやっていく。
壊れたところを分解して作り直せるのは、僕が乗っていて直接触れるメテオライト号だけだけど、素材ボックスの中にストックした素材を使って、素材合成で新たに補強するだけなら、距離がある他の船でもある程度はこなせるようになっていた。
フェスタに来るまでの航海中も、フェスタ開催中も、スキルは日常的に使ってきたから、また知らないうちに成長できていたみたいだ。
「随分荒ぶってやがるな、本当になんだってんだ。みんな怯むな、押し返せ!」
父さんがみんなに檄を飛ばして、投擲用の斧を投げつける。
頭ひとつ飛びぬけていた大きな魔物が、直撃を受けて沈んでいく。
風を無視して船の位置を変えながらの遊撃を得意とするステラロード王国と、大型船に火力を集めた魔法攻撃を得意とするイグナイト王国との共闘は、想像以上にばっちり噛み合っている。
まだまだ数は多いものの、押し切られるほどではないし、今のところは順調だ。
それでも、父さんがあえて激を飛ばした通り、魔物たちの様子もどこかおかしい。
これまで遭遇した魔物たちは、ある程度やられれば逃げていってくれた。それが今回は、何体倒してもお構いなしに向かってくる。
それに、魔物の種類も多すぎる。普段から共生していたり、相性のいい魔物同士なら、異なる種類で群れを作ってもおかしくはない。だけど今回は、相性や普段の生態を完全に無視した混成部隊だ。
「キュウ……」
「心配しなくても大丈夫だよ。怖かったら、隠れててもいいからね」
ソルが、肩の上で心配そうな声を出す。
素材合成の合間にそっと頭を撫でて、小さな体が震えていることに気がついた。
ソルは魔物に遭遇しても、肩の上で毛を逆立てたり、怖い時は背中に隠れたりしたことはあったけど、怯えて震えてしまうことはなかった。
ソルがじっと見つめる先に、僕も目を凝らす。乱戦状態で、よくわからない。
「シルヴァ兄お願い、あそこまで連れていって」
差し伸べられた手を取り、シルヴァ兄の風魔法でジャンプして帆柱に上がる。
「なに、あれ」
「……すぐ戻って、みんなに伝えなきゃ」
上から改めて全体を俯瞰して、僕とシルヴァ兄は同時に青ざめた。あれはまずい、ダメだ。
もう一度、急いで風魔法で甲板に下り、同時に「みんな、伏せて!」と叫んだ。
僕の叫びが届くか届かないかのところで、メテオライト号のすぐ脇の海面から、巨大な蛇のような魔物が飛び出した。
黒々とした身体に、稲妻のようなラインの紫色の光がいくつも、パチパチと音を立てて走る。
「ナーガ……」
誰かがぽつりと呟いた。それは、フェスタの途中で何度か噂に聞いた、そしてシエナたちの船団を襲った海の怪物の名前だった。
巨体に見合わぬジャンプ力で飛び出したナーガは、偶然とはいえ海中からの突進を回避したメテオライト号と、並走していたクイーン・ベアトリス号を、すうと細めた真っ赤な瞳で順番にねめつける。
そのまま空中で身をひるがえし、ナーガは大波を立てて着水した。何体かの魔物が巻き込まれて、血しぶきが舞う。
甲板の端まで走って、海中に目を凝らす。真っ黒な影が方向を変えるのが見えた。
その影は確かに、クイーン・ベアトリス号に頭を向けるように、ゆっくりと動いていく。
――シエナたちが狙われている?
全身の毛が逆立つ。同時に、もう一度叫んでいた。
「母さん、お願い!」
「もちろんよ、任せてちょうだい」
ナーガの着水による衝撃で揺れる海面を切り裂いて、メテオライト号がスピードを上げた。
魔物の隙間を縫うようにして、クイーン・ベアトリス号を狙うナーガの影を追う。
「せっかくできた友好国を、目の前でやらせるかっての」
父さんが、剛腕スキルを発動した右手で手斧を思い切り投げつけた。
海面すれすれまで浮かんできたナーガの脳天に、手斧が吸い込まれる。
咆哮をあげてナーガが身をくねらせる。海面に、薄墨を垂らしたような黒が混じった。
「え、嘘でしょ父さん。当たったし、刺さったの……?」
ナーガは、見た目ほど硬くはないのかもしれない。それにしたって、お互いに結構な速度で走っていて、すっかり荒れた波のせいで足元もおぼつかず、しかも向こうは海中にいるのに、手斧の投擲を当てられるものだろうか?
「わっはっは、どうよ? ぐわあ!」
完全に逆鱗に触れたらしい。ナーガはクイーン・ベアトリス号を追うのをやめ、メテオライト号に体当たりを仕掛けてきた。
まさかの攻撃に混乱しているのか、最初に海中から飛び出てきた時のような勢いはない。
それでも脅威には違いなく、バリバリと音を立てて船体の一部がえぐり取られる。
とても立っていられず、必死に手近な帆柱に掴まって衝撃をやり過ごす。ソルも、僕に必死にしがみついている。



