「陛下、今なんと……?」
「すまないな、オルブライト殿。大変ありがたいお話だが、同盟の件は保留にさせていただきたい」
条件反射で貼り付けた笑みのまま、ゆっくりと答える。
「これほどの条件をご提示できるのは、今回限りかもしれません。私も方々に手を尽くして、どうにかお力になれればと考えてまいりましたので」
「もちろん感謝している。しかしな、もう少しだけ、自分たちでやってみたくなったのだ。ステラロード王国の可能性に賭けてみたくなったというのかな」
思い上がった獣風情が。前回のフェスタで同盟を持ちかけた時には、縋るような目でありがたがっていたではないか。
貴国とは、ぜひ今後ともよい関係を続けていきたいものだ、などとよく言えたものだ。
素材の融通、商品の輸送代行、各国におけるガレドーラ共和国を仲介した拠点の展開。それらを行うための資金の融資。数年単位で契約してやり、自立と発展を促す内容の同盟だった。
実際、辺境の島国が夢を見るには、これ以上ない条件だったはずだ。
もちろん、あてがう国は同じように囲い込んだ実質的なガレドーラ共和国の属国だ。融資の返済をしようにも、利子とはした金程度しか利益を出せない仕組みになっていた。
契約期間中はしっかりマージンをいただくし、契約期間満了後にステラロード王国単体の相手をする国はひとつもなくなる。そうなれば、膨らんだ借金を返すために、こちらの提案に乗るしかない。
表向きは国の体裁を保ち、ある程度の自治権も与えてやる。ただしガレドーラ共和国の、この私の手のひらで踊ることのみを許可するものだ。
そもそも、古臭い王政などを名誉だの誇りだので維持しようとするから、立ちいかなくなるのだ。
かつて私を拒絶した古い体制など、根こそぎ駆逐してくれる。共和国制を取れば、身分にかかわらず上にいけるチャンスがある。ようやく、筆頭魔術師として国を操れるところまできたのだ。私が思い描く理想の世界を、こんな小国ごときに邪魔をされてたまるか。
「陛下とステラロード王国の勇気あるご判断を、尊重いたしましょう。引き続き、どうぞよろしくお願いいたします」
にっこりと微笑んで、丁寧に頭を下げる。
うむ、と満足そうにした尊大な愚王を、そのままの笑顔で見送った。
「報告を聞きましょうか?」
机に置かれた羊皮紙の束と、鈍い光を放つ金属の器に視線を落として、目の前の男に問いかける。
目玉のひとつとして持ち込んだ魔法金属は、イグナイト王国の類似品に惨敗したと言っていい。
「ワイズマン様、どうか今一度チャンスを……あの獣どもさえ割って入ってこなければ、イグナイト王国の王族どもが乗る船を沈められていたはずなのです」
「おかしいですね。護衛船団も、損害は一隻だけと聞きました。海の怪物……ナーガでしたか? アレをコントロールできるはずではなかったのですか?」
「おっしゃるとおりです。ヤツが好む匂いを対象の船に塗りつけることで襲わせるのです。それだけではなく、暴れた後のヤツを鎮静化させることも可能な、我が国だけに伝わる秘術が――」
「私が期待したのは、イグナイト王国船団の全滅です。全滅の意味はご存じですか? あなた方も大好きな言葉のはずですが?」
右手でさえぎって、言葉を差し込む。聞きたいのは陳腐な言い訳ではない。
「ですが……それに、他の商品は上手くいっているでしょう? 大国の船団を全滅させるなんて、そもそも簡単な話ではないんだ。それでも、フェスタでまともに商売ができないように、最低でも出遅れるくらいには、仕事をしたはずだ」
そうですか、とほとんど自動的に返す。頭の中では、もうこいつらはいいか、と考え始めている。
「こちらとしては、別の方に続きを頼んでも構いませんよ? その場合、とても残念ではありますが、今の海賊の皆さんは残らず討伐させていただくことになるかと思います」
「……そんなことをしてみろ、あんたもタダじゃすまないぞ」
「理解できませんでしたか? それで構わないと申し上げています。ガレドーラ共和国の筆頭魔術師であり、フェスタを任され、近海の警備にも熱心なこの私と、荒くれもの揃いで問題も多い小国代表のあなた、世間はどちらの言葉を信じるでしょうか?」
「はは、確かにそうだ。素晴らしい。まいったよ、全部あんたの言う通りだ。しかし、そのあんたが、余計な口をきけなくなればどうだ?」
男の合図で、顔を隠して武器や魔法杖を構えた一団が、ずらずらと部屋に入ってくる。
ネズミが隠れているのはわかっていた。どのタイミングで動かすのかと思いきや、堂々と真正面から姿を見せてくれるのか。
兵を伏せる意味がわからないなら、最初から隠さなければいいものを。
「最近のあんたのやり口は、強引すぎる。こっちとしてもこのへんが引き際なんだよ。あんたがもう少し譲歩してくれれば、いい関係を続けられたのによ。恨むなら、お高くとまって俺たちを見下してきた自分を恨むんだな」
「国としての借金もある、ご家族の皆さんも人質に取られている、海賊稼業の証拠も握られている。この状況で、私ひとりを襲えばなんとかなると本当にお考えですか? 浅はかすぎて、いっそ面白い」
「問答無用だ、一気にしとめろ」
聞く耳も、喋る言葉も持たないらしい。うんざりしてきた。
魔法杖をくるりと回し、床を蹴った。ゆっくりと詠唱を開始する。
「速いぞ、囲め」
「くそ、どうして当たらないんだ」
「魔法が効かないなんて」
少し速度を上げるだけで、まるでついてこられない。そもそもこんな連中に任せたのが間違いだったのかもしれない。
力で押せばなんとかなると思っている雑な剣をかわし、精度の低い魔法をマントで受け流した。もう十分だ、底は見えた。
「少し落ち着いて、頭を冷やしてはいかがですか? フェンリル・フレド」
杖の先から飛び出した魔力が、銀色に輝く美しい狼を象り、無音の咆哮をまき散らす。
その場にいた十数人が、瞬く間に凍りついた。
「失礼、冷やしすぎたようです。温めてさしあげましょう……フェンリル・カルド」
拡散した銀色の魔力が杖先に戻ると、灼熱の赤へと姿を変える。
凍らせた傷を熱した時の痛みは、尋常ではない。心をへし折るには十分だろう。
悲鳴をあげて転がる馬鹿どもを見下ろして、言い聞かせるように言葉を紡ぐ。
「ナーガと皆さんの指揮権は、私が預かりましょう。よろしいですね? しばらくは大人しくしていてください。大事なところで、戦力が減っていましたでは困りますからね」
あえて無傷で残した代表の男が、震えながら何度も頷く。
集団で船を襲う戦術と、手段を選ばない気質を買ってきたつもりだが、海の戦士の一族とやらも陸に上がればこの程度か。
私はずっと、ひとりでことを成してきた。ガレドーラ共和国を今の形にして、筆頭魔術師にのしあがったのも、国力を大きくしてきたのも、邪魔者を排除してきたのもそうだ。
やはり、雑務は任せられても、大事な仕事を人任せにはできない。自分以外、何も信じられるものなどないのだから。
正義気取りのイグナイト王国も、生意気なステラロード王国も、ここでご退場願うとしよう。
風を無視して走る船は惜しいといえば惜しいが、私の見立てが間違っていなければ、第三王子のレガロを消せばそれも終わる。
思い通りになる目が低いばかりか、脅威になる確率の方が高いのなら、そんなものは存在しない方がいい。
震えて転がる有象無象に向けて、にっこりと微笑む。
「皆さんにとっては次が最後のチャンスになりますので、どうぞ奮ってご参加ください」
「すまないな、オルブライト殿。大変ありがたいお話だが、同盟の件は保留にさせていただきたい」
条件反射で貼り付けた笑みのまま、ゆっくりと答える。
「これほどの条件をご提示できるのは、今回限りかもしれません。私も方々に手を尽くして、どうにかお力になれればと考えてまいりましたので」
「もちろん感謝している。しかしな、もう少しだけ、自分たちでやってみたくなったのだ。ステラロード王国の可能性に賭けてみたくなったというのかな」
思い上がった獣風情が。前回のフェスタで同盟を持ちかけた時には、縋るような目でありがたがっていたではないか。
貴国とは、ぜひ今後ともよい関係を続けていきたいものだ、などとよく言えたものだ。
素材の融通、商品の輸送代行、各国におけるガレドーラ共和国を仲介した拠点の展開。それらを行うための資金の融資。数年単位で契約してやり、自立と発展を促す内容の同盟だった。
実際、辺境の島国が夢を見るには、これ以上ない条件だったはずだ。
もちろん、あてがう国は同じように囲い込んだ実質的なガレドーラ共和国の属国だ。融資の返済をしようにも、利子とはした金程度しか利益を出せない仕組みになっていた。
契約期間中はしっかりマージンをいただくし、契約期間満了後にステラロード王国単体の相手をする国はひとつもなくなる。そうなれば、膨らんだ借金を返すために、こちらの提案に乗るしかない。
表向きは国の体裁を保ち、ある程度の自治権も与えてやる。ただしガレドーラ共和国の、この私の手のひらで踊ることのみを許可するものだ。
そもそも、古臭い王政などを名誉だの誇りだので維持しようとするから、立ちいかなくなるのだ。
かつて私を拒絶した古い体制など、根こそぎ駆逐してくれる。共和国制を取れば、身分にかかわらず上にいけるチャンスがある。ようやく、筆頭魔術師として国を操れるところまできたのだ。私が思い描く理想の世界を、こんな小国ごときに邪魔をされてたまるか。
「陛下とステラロード王国の勇気あるご判断を、尊重いたしましょう。引き続き、どうぞよろしくお願いいたします」
にっこりと微笑んで、丁寧に頭を下げる。
うむ、と満足そうにした尊大な愚王を、そのままの笑顔で見送った。
「報告を聞きましょうか?」
机に置かれた羊皮紙の束と、鈍い光を放つ金属の器に視線を落として、目の前の男に問いかける。
目玉のひとつとして持ち込んだ魔法金属は、イグナイト王国の類似品に惨敗したと言っていい。
「ワイズマン様、どうか今一度チャンスを……あの獣どもさえ割って入ってこなければ、イグナイト王国の王族どもが乗る船を沈められていたはずなのです」
「おかしいですね。護衛船団も、損害は一隻だけと聞きました。海の怪物……ナーガでしたか? アレをコントロールできるはずではなかったのですか?」
「おっしゃるとおりです。ヤツが好む匂いを対象の船に塗りつけることで襲わせるのです。それだけではなく、暴れた後のヤツを鎮静化させることも可能な、我が国だけに伝わる秘術が――」
「私が期待したのは、イグナイト王国船団の全滅です。全滅の意味はご存じですか? あなた方も大好きな言葉のはずですが?」
右手でさえぎって、言葉を差し込む。聞きたいのは陳腐な言い訳ではない。
「ですが……それに、他の商品は上手くいっているでしょう? 大国の船団を全滅させるなんて、そもそも簡単な話ではないんだ。それでも、フェスタでまともに商売ができないように、最低でも出遅れるくらいには、仕事をしたはずだ」
そうですか、とほとんど自動的に返す。頭の中では、もうこいつらはいいか、と考え始めている。
「こちらとしては、別の方に続きを頼んでも構いませんよ? その場合、とても残念ではありますが、今の海賊の皆さんは残らず討伐させていただくことになるかと思います」
「……そんなことをしてみろ、あんたもタダじゃすまないぞ」
「理解できませんでしたか? それで構わないと申し上げています。ガレドーラ共和国の筆頭魔術師であり、フェスタを任され、近海の警備にも熱心なこの私と、荒くれもの揃いで問題も多い小国代表のあなた、世間はどちらの言葉を信じるでしょうか?」
「はは、確かにそうだ。素晴らしい。まいったよ、全部あんたの言う通りだ。しかし、そのあんたが、余計な口をきけなくなればどうだ?」
男の合図で、顔を隠して武器や魔法杖を構えた一団が、ずらずらと部屋に入ってくる。
ネズミが隠れているのはわかっていた。どのタイミングで動かすのかと思いきや、堂々と真正面から姿を見せてくれるのか。
兵を伏せる意味がわからないなら、最初から隠さなければいいものを。
「最近のあんたのやり口は、強引すぎる。こっちとしてもこのへんが引き際なんだよ。あんたがもう少し譲歩してくれれば、いい関係を続けられたのによ。恨むなら、お高くとまって俺たちを見下してきた自分を恨むんだな」
「国としての借金もある、ご家族の皆さんも人質に取られている、海賊稼業の証拠も握られている。この状況で、私ひとりを襲えばなんとかなると本当にお考えですか? 浅はかすぎて、いっそ面白い」
「問答無用だ、一気にしとめろ」
聞く耳も、喋る言葉も持たないらしい。うんざりしてきた。
魔法杖をくるりと回し、床を蹴った。ゆっくりと詠唱を開始する。
「速いぞ、囲め」
「くそ、どうして当たらないんだ」
「魔法が効かないなんて」
少し速度を上げるだけで、まるでついてこられない。そもそもこんな連中に任せたのが間違いだったのかもしれない。
力で押せばなんとかなると思っている雑な剣をかわし、精度の低い魔法をマントで受け流した。もう十分だ、底は見えた。
「少し落ち着いて、頭を冷やしてはいかがですか? フェンリル・フレド」
杖の先から飛び出した魔力が、銀色に輝く美しい狼を象り、無音の咆哮をまき散らす。
その場にいた十数人が、瞬く間に凍りついた。
「失礼、冷やしすぎたようです。温めてさしあげましょう……フェンリル・カルド」
拡散した銀色の魔力が杖先に戻ると、灼熱の赤へと姿を変える。
凍らせた傷を熱した時の痛みは、尋常ではない。心をへし折るには十分だろう。
悲鳴をあげて転がる馬鹿どもを見下ろして、言い聞かせるように言葉を紡ぐ。
「ナーガと皆さんの指揮権は、私が預かりましょう。よろしいですね? しばらくは大人しくしていてください。大事なところで、戦力が減っていましたでは困りますからね」
あえて無傷で残した代表の男が、震えながら何度も頷く。
集団で船を襲う戦術と、手段を選ばない気質を買ってきたつもりだが、海の戦士の一族とやらも陸に上がればこの程度か。
私はずっと、ひとりでことを成してきた。ガレドーラ共和国を今の形にして、筆頭魔術師にのしあがったのも、国力を大きくしてきたのも、邪魔者を排除してきたのもそうだ。
やはり、雑務は任せられても、大事な仕事を人任せにはできない。自分以外、何も信じられるものなどないのだから。
正義気取りのイグナイト王国も、生意気なステラロード王国も、ここでご退場願うとしよう。
風を無視して走る船は惜しいといえば惜しいが、私の見立てが間違っていなければ、第三王子のレガロを消せばそれも終わる。
思い通りになる目が低いばかりか、脅威になる確率の方が高いのなら、そんなものは存在しない方がいい。
震えて転がる有象無象に向けて、にっこりと微笑む。
「皆さんにとっては次が最後のチャンスになりますので、どうぞ奮ってご参加ください」



