青い空。白い雲。見渡す限りの水平線。
海鳥たちの歌を聞きながら波に揺られて、まだ見ぬ異国の地に想いを馳せる。
そんな素敵な航海を、想像していたのに。
「うはははは、面白くなってきやがった」
ステラロード王国旗艦、メテオライト号は、現在進行形で魔物の襲撃を受けていた。
青い空。白い雲。見渡す限りの魔物の群れ。
海鳥たちの悲鳴を聞きながら、血が混じる赤黒い波に揺られて、まだ見ぬ異国の地に辿り着けるだろうかと想いを馳せる。なんてひどい話だ。
僕たちの船を襲っているのは、巨大なイカの群れだった。
前世知識でいうところの、クラーケンとでもいうのだろうか。
メテオライト号にとりついた巨大な個体を筆頭に、小ぶりなサイズの個体が貨物船や護衛船にもそれぞれ絡みついている。
次々と伸びてくる吸盤つきの太い触手を、斬りつけたり跳ねのけたりしながら凌いでいる状態だ。
「埒が明かないわねえ……みんな、危ないから少し離れてちょうだい。火傷しないようにね」
熱々の鍋に入った料理が通りますよ、くらいのやわらかな物言いでふんわりと警告して、母さんが詠唱を開始した。すぐさま、その両手から紅蓮の炎が放たれる。
「母さん!? 船の上で炎の魔法はまずくない?」
「大丈夫よ、終わったらすぐに消しますからね。それに、アレにはコレが一番効くんだから。船が沈んでいなければこっちの勝ちでしょう?」
船が沈んでいなければ、こっちの勝ち。
なかなかの限界思考に、母さんを諫めようとしたシルヴァ兄も苦笑いだ。
残念ながら、母さんの物騒なセリフには一理あったようで、メテオライト号にとりついていたクラーケンが、灼熱の炎に焼かれてたまらず離脱する。
「よおしマグナス、ついてこい」
「おうよ、ちまちま手足を刻んでんのは性に合わねえと思ってたとこだ」
これを好機とみて、父さんがマグナ兄を引き連れてクラーケンを追う。
「俺が援護する、父さん頼んだ。ヤツの急所をやってくれ」
背に乗ったふたりを振り払おうと繰り出される触手を、マグナ兄が次々とさばいていく。
「任せろ、我が息子よ」
マグナ兄の援護を受けて、ぬめぬめして滑りそうな足場の悪さを物ともせず、父さんが猛然とクラーケンの背を駆ける。
一直線に突き進んだ父さんが、両手でしっかりと握った斧を振り上げてジャンプした。
「おらああああああああ!」
雄叫びと共に振り下ろされた一撃が、クラーケンを真っ二つに引き裂く。
マグナ兄は確か、ヤツの急所をやってくれ、と言っていたはずだ。
あれは、おおざっぱに斬った切り口のどこかに急所も含まれているはず、という意味だろうか。
クラーケンはしばらくの間、うねうねと触手を動かしていたものの、ゆっくりと力を失って動かなくなった。ぷかりと浮かんだ巨体が、みるみる色を失っていく。
群れのボスの敗北を知った小ぶりな個体も、蜘蛛の子を散らすように逃げていった。
「やわらかいヤツで助かったな」
「なるべく早く離れよう、アレの血の匂いで、別のが寄ってくるかもしれない。他の船は無事か?」
けろりとした様子で船に戻ってきた父さんは、まだまだいける顔で息ひとつ切らしていない。他の船の無事を心配しつつ、後続のことまで考えてくれているマグナ兄もさすがだ。
それぞれの船は、一部損傷が出てしまった船はあるものの、航海には問題ないとのことだった。
護衛船はもちろん、貨物船にも魔法使いや戦えるメンバーが乗っている。彼らのおかげで、父さんたちがボスを討伐するまで、持ち堪えられたようだ。
「レガロ、大丈夫? すぐ慣れるから頑張ろうね」
だいじょうぶ、と小さく返事をするのがやっとだった。
心配してくれている素振りのシルヴァ兄の言葉は、よくよく考えれば根性論だ。
この世界で海に出るということは、これに慣れていくしかないということなのか。
少し涙目になりつつ、あっという間に遠ざかっていく、クラーケンだったものをぼんやりと眺める。
「しかし、ここまで魔物が多いってのも妙だよな」
クラーケンから離れて、他の魔物が襲ってこないことを確かめて一息ついたところで、父さんが髪をざらりとかきあげた。
「いい季節ではあるけれど、確かにそうよね。どうしましょう、航路を変えるべきかしら?」
母さんが、困ったような笑顔で首を傾げる。
半年に一度のフェスタは、海を渡りやすい時期に、持ち回りで様々な町で行われる。
そしてこの時期は、他の生き物やそれこそ魔物にとっても、同じように活動しやすい時期なのだ。
当然、ある程度の魔物が現れるのは想定して航海に出ているはずだ。それでもなお、数が多いのだとしたら、気になるところではある。
結局、みんなで相談した結果、航路は変えずに進むことになった。
航路を変えて魔物が減る保証がない以上、不慣れな航路に外れるより、このまま進む方がいいと判断したのだ。
それに目的地まで、あと一週間程度のところまで来ている。遠回りをする方がリスクが高そうだ。
「おいおい、魔物の次は海賊かよ」
父さんが、見張りの報告を受けて目を凝らす。
視線の先、遠くに黒々としたマストを立てた船団が見えた。
海賊は魔物とは違う怖さがある。乗っているのは人なので、魔法使いもいるかもしれないし、なんらかのスキルを持っているかもしれない。
海賊船は十隻以上はいるように見える。こちらは四隻かつ、二隻は貨物船だ。できれば真正面からぶつかるのは避けたい。
「まだ気づかれてはいないな。この距離ならそう簡単に接触はしないだろうが、面倒事は御免だ。少し迂回するとしよう」
幸いにも、海賊船団とは距離があるうえ、こちらが背を追う位置取りだ。
もし気づかれていたとしても、ここで方向を変えればそうそう追いつかれはしないだろう。
「待って、あそこ」
針路を変えようとみんなが動き始めたところで、僕は気づいてしまった。
十数隻の海賊船に追われるように、別の船が一隻、見え隠れしている。
気づけたのは、その船から大きな光が放たれたからだ。
「襲われているのか」
「魔法で応戦してるんだね……父さん、どうする?」
マグナ兄が険しい顔になり、シルヴァ兄が父さんをうかがう。
「ラシェル、なるべく派手な魔法を一発頼んでいいか?」
父さんが母さんの肩に手をやる。母さんは困ったような顔をして、それでも頷いてくれた。
「正直、意味はないかもしれないけれど……やらないよりマシかしらね」
「意味がないって、どうして?」
思わず聞いてしまった。この世界における海賊がどの程度の脅威なのかわからないけど、助けられるものなら助けたい。
「追われている船も追っている海賊も、できる限りの速度を出しているはずよ。私たちが、この距離からあそこに追いつくのは難しいと思うわ。ここからできるのは、派手な魔法を撃ちあげて、海賊の注意を少しでもこちらに向けてあげるくらいなのよ」
「……追いつけたとしたら、助けられるの?」
「見ての通り、数としちゃあ分が悪い。海賊の戦力にもよるな」
マグナ兄が、険しい顔で腕組みをした。
「海の上で困った時は、お互い様だ。できる限りのことはしてやりたいが、それでこっちが全滅したんじゃ洒落にならんからな。追うならメテオライトか、護衛船のどちらか一隻だけになる。正直、本当に厳しいぞ。あの船には申し訳ないが、深入りはできん」
父さんも、いつになく真剣な顔だ。確かにその判断は正しい。こちらには貨物船が二隻ある。
メテオライト号と護衛船とで全速力で海賊たちを追えば、二隻の貨物船はついてこられない。
その間に、貨物船が魔物に襲われでもしたら、目もあてられない。
仕方ないのだろうか。悔しい気持ちで、追われているであろう船にもう一度目をやって、僕の心臓は跳ね上がった。
「ねえお願い、やっぱりあの船を追いかけよう」
「どうしたんだ、レガロ」
「お願い、わかってちょうだい。説明した通り、私たちにできるのは、魔法で注意をひいて離脱することくらいなのよ」
困った顔をする父さんと母さんに、追われている船をもう一度しっかりと指さしてみせる。
「イグナイト王国の紋章だよ。あれは、前にシエナ姫が乗っていた船だと思う」
海鳥たちの歌を聞きながら波に揺られて、まだ見ぬ異国の地に想いを馳せる。
そんな素敵な航海を、想像していたのに。
「うはははは、面白くなってきやがった」
ステラロード王国旗艦、メテオライト号は、現在進行形で魔物の襲撃を受けていた。
青い空。白い雲。見渡す限りの魔物の群れ。
海鳥たちの悲鳴を聞きながら、血が混じる赤黒い波に揺られて、まだ見ぬ異国の地に辿り着けるだろうかと想いを馳せる。なんてひどい話だ。
僕たちの船を襲っているのは、巨大なイカの群れだった。
前世知識でいうところの、クラーケンとでもいうのだろうか。
メテオライト号にとりついた巨大な個体を筆頭に、小ぶりなサイズの個体が貨物船や護衛船にもそれぞれ絡みついている。
次々と伸びてくる吸盤つきの太い触手を、斬りつけたり跳ねのけたりしながら凌いでいる状態だ。
「埒が明かないわねえ……みんな、危ないから少し離れてちょうだい。火傷しないようにね」
熱々の鍋に入った料理が通りますよ、くらいのやわらかな物言いでふんわりと警告して、母さんが詠唱を開始した。すぐさま、その両手から紅蓮の炎が放たれる。
「母さん!? 船の上で炎の魔法はまずくない?」
「大丈夫よ、終わったらすぐに消しますからね。それに、アレにはコレが一番効くんだから。船が沈んでいなければこっちの勝ちでしょう?」
船が沈んでいなければ、こっちの勝ち。
なかなかの限界思考に、母さんを諫めようとしたシルヴァ兄も苦笑いだ。
残念ながら、母さんの物騒なセリフには一理あったようで、メテオライト号にとりついていたクラーケンが、灼熱の炎に焼かれてたまらず離脱する。
「よおしマグナス、ついてこい」
「おうよ、ちまちま手足を刻んでんのは性に合わねえと思ってたとこだ」
これを好機とみて、父さんがマグナ兄を引き連れてクラーケンを追う。
「俺が援護する、父さん頼んだ。ヤツの急所をやってくれ」
背に乗ったふたりを振り払おうと繰り出される触手を、マグナ兄が次々とさばいていく。
「任せろ、我が息子よ」
マグナ兄の援護を受けて、ぬめぬめして滑りそうな足場の悪さを物ともせず、父さんが猛然とクラーケンの背を駆ける。
一直線に突き進んだ父さんが、両手でしっかりと握った斧を振り上げてジャンプした。
「おらああああああああ!」
雄叫びと共に振り下ろされた一撃が、クラーケンを真っ二つに引き裂く。
マグナ兄は確か、ヤツの急所をやってくれ、と言っていたはずだ。
あれは、おおざっぱに斬った切り口のどこかに急所も含まれているはず、という意味だろうか。
クラーケンはしばらくの間、うねうねと触手を動かしていたものの、ゆっくりと力を失って動かなくなった。ぷかりと浮かんだ巨体が、みるみる色を失っていく。
群れのボスの敗北を知った小ぶりな個体も、蜘蛛の子を散らすように逃げていった。
「やわらかいヤツで助かったな」
「なるべく早く離れよう、アレの血の匂いで、別のが寄ってくるかもしれない。他の船は無事か?」
けろりとした様子で船に戻ってきた父さんは、まだまだいける顔で息ひとつ切らしていない。他の船の無事を心配しつつ、後続のことまで考えてくれているマグナ兄もさすがだ。
それぞれの船は、一部損傷が出てしまった船はあるものの、航海には問題ないとのことだった。
護衛船はもちろん、貨物船にも魔法使いや戦えるメンバーが乗っている。彼らのおかげで、父さんたちがボスを討伐するまで、持ち堪えられたようだ。
「レガロ、大丈夫? すぐ慣れるから頑張ろうね」
だいじょうぶ、と小さく返事をするのがやっとだった。
心配してくれている素振りのシルヴァ兄の言葉は、よくよく考えれば根性論だ。
この世界で海に出るということは、これに慣れていくしかないということなのか。
少し涙目になりつつ、あっという間に遠ざかっていく、クラーケンだったものをぼんやりと眺める。
「しかし、ここまで魔物が多いってのも妙だよな」
クラーケンから離れて、他の魔物が襲ってこないことを確かめて一息ついたところで、父さんが髪をざらりとかきあげた。
「いい季節ではあるけれど、確かにそうよね。どうしましょう、航路を変えるべきかしら?」
母さんが、困ったような笑顔で首を傾げる。
半年に一度のフェスタは、海を渡りやすい時期に、持ち回りで様々な町で行われる。
そしてこの時期は、他の生き物やそれこそ魔物にとっても、同じように活動しやすい時期なのだ。
当然、ある程度の魔物が現れるのは想定して航海に出ているはずだ。それでもなお、数が多いのだとしたら、気になるところではある。
結局、みんなで相談した結果、航路は変えずに進むことになった。
航路を変えて魔物が減る保証がない以上、不慣れな航路に外れるより、このまま進む方がいいと判断したのだ。
それに目的地まで、あと一週間程度のところまで来ている。遠回りをする方がリスクが高そうだ。
「おいおい、魔物の次は海賊かよ」
父さんが、見張りの報告を受けて目を凝らす。
視線の先、遠くに黒々としたマストを立てた船団が見えた。
海賊は魔物とは違う怖さがある。乗っているのは人なので、魔法使いもいるかもしれないし、なんらかのスキルを持っているかもしれない。
海賊船は十隻以上はいるように見える。こちらは四隻かつ、二隻は貨物船だ。できれば真正面からぶつかるのは避けたい。
「まだ気づかれてはいないな。この距離ならそう簡単に接触はしないだろうが、面倒事は御免だ。少し迂回するとしよう」
幸いにも、海賊船団とは距離があるうえ、こちらが背を追う位置取りだ。
もし気づかれていたとしても、ここで方向を変えればそうそう追いつかれはしないだろう。
「待って、あそこ」
針路を変えようとみんなが動き始めたところで、僕は気づいてしまった。
十数隻の海賊船に追われるように、別の船が一隻、見え隠れしている。
気づけたのは、その船から大きな光が放たれたからだ。
「襲われているのか」
「魔法で応戦してるんだね……父さん、どうする?」
マグナ兄が険しい顔になり、シルヴァ兄が父さんをうかがう。
「ラシェル、なるべく派手な魔法を一発頼んでいいか?」
父さんが母さんの肩に手をやる。母さんは困ったような顔をして、それでも頷いてくれた。
「正直、意味はないかもしれないけれど……やらないよりマシかしらね」
「意味がないって、どうして?」
思わず聞いてしまった。この世界における海賊がどの程度の脅威なのかわからないけど、助けられるものなら助けたい。
「追われている船も追っている海賊も、できる限りの速度を出しているはずよ。私たちが、この距離からあそこに追いつくのは難しいと思うわ。ここからできるのは、派手な魔法を撃ちあげて、海賊の注意を少しでもこちらに向けてあげるくらいなのよ」
「……追いつけたとしたら、助けられるの?」
「見ての通り、数としちゃあ分が悪い。海賊の戦力にもよるな」
マグナ兄が、険しい顔で腕組みをした。
「海の上で困った時は、お互い様だ。できる限りのことはしてやりたいが、それでこっちが全滅したんじゃ洒落にならんからな。追うならメテオライトか、護衛船のどちらか一隻だけになる。正直、本当に厳しいぞ。あの船には申し訳ないが、深入りはできん」
父さんも、いつになく真剣な顔だ。確かにその判断は正しい。こちらには貨物船が二隻ある。
メテオライト号と護衛船とで全速力で海賊たちを追えば、二隻の貨物船はついてこられない。
その間に、貨物船が魔物に襲われでもしたら、目もあてられない。
仕方ないのだろうか。悔しい気持ちで、追われているであろう船にもう一度目をやって、僕の心臓は跳ね上がった。
「ねえお願い、やっぱりあの船を追いかけよう」
「どうしたんだ、レガロ」
「お願い、わかってちょうだい。説明した通り、私たちにできるのは、魔法で注意をひいて離脱することくらいなのよ」
困った顔をする父さんと母さんに、追われている船をもう一度しっかりと指さしてみせる。
「イグナイト王国の紋章だよ。あれは、前にシエナ姫が乗っていた船だと思う」



