あれから僕は、シルヴァ兄と一緒になって日々エレベーターの改良を続けている。
単純に強度を上げるのもそうだし、基数を増やすのもそうだ。
港からエレベーターまでの動線の一部を動く歩道にして、より荷物を運びやすくもした。
崖の上に運んだ後のコストはかかるし、すべての道を動く歩道にするなんてできっこない。
それでも、効率よく船から崖の上まで、もしくは崖の上から船まで荷物を運べることが、ステラロード王国の貿易にとって助けになると信じたい。
僕たちがエレベーターを試行錯誤している間に、父さん、母さん、マグナ兄が、何を輸出の目玉とするかを家臣のみんなと考えてくれている。
これまでは運ぶのが大変で諦めていたものだとかも選択肢に入ってくるので、毎日ああでもないこうでもないと議論を繰り返しているらしい。
シエナたちイグナイト王国の面々に、僕のスキルありきの新商品を約束した手前、何かしらはスキルをメインにしたものも考えたいところではある。
ただし、今の僕の知識ではどうしても弱い。方向性が固まるまでは任せておくことにして、僕にしかできないことをやっていこうね。
「やっぱり次は、船と港をなんとかしたいよね。いくらエレベーターを整備しても、そもそも大型の船が出入りできないから、積める荷物が限られてるんだよね?」
「まあそうなんだけど、どうしてもアレがね」
シルヴァ兄がため息をつく。視線の先には、どっしりとそびえたつ岩壁があった。
いくら港を整備しても、その先に待ち構える岩壁のせいで、大型船はステラロード王国の港に入れない。今はよくても、もっと大きな商売をしようという時に、これでは困る。
大型船が入れない小さな港、というだけで、他の国からの印象も一段階低くなってしまうのだ。
「いっそ削って、幅を広げちゃうとか?」
シルヴァ兄は少し苦い顔で、「それはどうかな」と腕を組んだ。
「単純に広げるだけだと心配かな。アレのせいで船の出入りはしづらいけど、そのおかげで守られている部分もあるから」
シエナも言っていた通り、この世界の海には魔物がいる。
魔物は普通の動物とは違って、魔力から悪い影響を受けてしまった生き物だ。
それこそ、動く歩道やエスカレーターで風力から魔力を集めたように、この世界にはあらゆるところに少しずつ、魔力が流れている。
そうした魔力を少しずつ吸収して、長い年月をかけて魔物になる場合もあれば、魔力だまりのような場所で一気に魔力を浴びたことで、突然変異する場合もあるのだとか。
ステラロード王国内でも、魔力だまりの観測は定期的に行われていて、魔物の発生には注意しているんだって。ほとんどの魔力だまりは、魔法をぶつければ相殺できるので、早めに見つけられればそれだけ、魔物は発生しにくくなるというわけ。
ステラロード王国のように限られた土地なら、定期的な調査で魔力だまりを消せるけど、海の上や深海で発生した魔力だまりを見つけるのは難しい。つまり、海は魔物が発生しやすい環境なのだ。
この世界で海を渡っていくことは、本当に危険なことなのだと、この話を聞いて改めて心配になってしまったものだ。
「岩壁は削って、そのかわりに警備の人を増やすとか?」
「それも難しいかな。父さんが率いる戦士団と母さん直属の魔法使い部隊以外に、戦うために訓練された人っていないし。要は、いつも航海に出ているメンバーしかいないんだよね」
シルヴァ兄が所属している風魔法使いのチームだとか、橋を架ける時に手伝ってくれた土魔法使いのチームだとかも、それぞれ優秀な人たちばかりだ。
しかし、いざという時に魔物と戦えるかといえば、話は変わってくる。海に出ている面々以外で、実戦を経験している人は少ない。
大型船が通れるくらいに岩壁を拡張した結果、同じサイズの魔物が入ってきて国が滅んでしまいました、では目もあてられない。
「仮に岩壁をなんとかできたとして、素材合成で船も造れちゃうものなの?」
ふたりして頭を抱えたところで、シルヴァ兄が話題を変えた。
今はどうにか修理して使っているものの、船を新しくできたらそれに越したことはない。
「今ある船をもう少しちゃんと見て形とかどうやって動くのかとかを覚えたら、造れると思う」
「もう少し覚えたらって、どれくらい? 船の構造なんて全部は知らないよね?」
「うん、知らないけど……それを言ったら、エレベーターとかもそうだよ? こんな風に動くといいな、くらいしか」
「それ、本当にすごいことなんだよなあ」
「そうなの? スキルとか魔法って、全部そういうものなのかと思ってた。僕がスキルを使っても、みんな特に驚いてなかったよね?」
ああ、ううん、とシルヴァ兄は上を向いたり下を向いたり、なんだか悩んでいる様子だ。
「もう言っちゃうか、多分その方がいいね。スキルに驚かなかったのは、レガロにまっすぐ成長してほしくてみんなで考えた結果なんだよね」
「どういうこと?」
「レガロのスキル、本当はかなりすごいんだよ。手で触れないと分解が使えないとか、魔力消費が大きいとかの制約を差し引いても、わけわかんないくらいすごい」
「そ、そうなの?」
「そうなの。実際、僕はその場にいなかったけど、シエナ姫たちも驚いてたんでしょ?」
シルヴァ兄が目を細める。いつも、まあまあだなとか、まだまだだなとばかり言われてきたから、そういうものだと思っていた。
実際、マグナ兄が剛腕と組み合わせて使う斧だとか、シルヴァ兄の魔力制御だとかを日常的に見ているので、自分がすごいと思える瞬間があまりないのも事実だ。
もちろん、マグナ兄とはスキルの系統が違うし、僕のスキルは魔法とも違うので、単純な比較はできないとはいえ、である。
「すごいすごいってそのまま伝えたら、よくないかなってね。レガロにはまだ難しいかな?」
「大丈夫、わかるよ」
甘やかしすぎてもよくない、そう考えてくれたに違いない。
立派な成人だって、褒められすぎれば勘違いしてしまうことは往々にしてある。
天狗……はこの世界では伝わらないか。なんて言うんだろう。とにかくそういうことだ。
「そういうわけだから、これからも謙虚に頑張ってくれると嬉しいかな」
大きく頷く。ありがたいことに、簡単に増長なんてできない優秀な兄たちに囲まれているのだから、みんなの心配は杞憂に終わるだろう。同世代で一流の魔法使いをやっている、シエナにも会ったしね。
「話を戻すけど……例えばさ、今ある船を分解して合成しなおしたら、完全に新しい船になるの? パーツも新品になるっていうか」
「うーん、そうはならないかな」
「そこまで上手くはいかないんだね。せっかくだから、くるっと新品に入れ替えられたらいいのになって思ったんだけどさ」
確かに僕は、シエナのロッドについていた宝石を完全な形に修復してみせた。
しかしあれは、あくまで宝石としての形と機能を元に戻しただけで、経年劣化した部分はそのままなのだ。新しい宝石を作ったのではなく、割れていない状態に戻しただけ、というか。
停まっている船に、なんとなく視線を向ける。なんていう型なのかとか、詳しいことはわからないけど、前世ではお目にかかれないくらい年季の入った帆船だ。
イグナイト王国にしろガレドーラ共和国にしろ、外国からくる船はたいてい、ステラロード王国のものよりひとまわり大きく、新しい。ステラロード王国を侮辱してきたあの商人たちの船ですら、ステラロード王国の船よりいいものに見えた。
もし岩壁がどうにもならなくても、新しい船の数を増やせたら少しは違うのかもしれない。色々なアプローチを考えてみる価値はある。
「新しい船を造って、無事に動いてくれそうだったら、古い船は素材分解しちゃうとか?」
「それはありかもね。先に古い船をばらしちゃうと、上手くいかなかった時に困るし」
よっ、と小さな掛け声ひとつで、シルヴァ兄が立ち上がる。
「先に岩壁の方をなんとかできれば、両方残しておいてもいいのかな。ああでも、航海に耐えうる装備品が足りないし、食料の問題も出てくるね。輸出できる品物が増えるなら、国内の色々なものの生産量も増やしておきたいし……考えなくちゃいけないことばっかり」
そう言いつつ、シルヴァ兄はなんだか嬉しそうだ。
先日のエレベーターでガレドーラ共和国を驚かせたところから、風向きが変わるかもしれんなと話していた、父さんの生き生きした表情を思い出す。
シルヴァ兄は母さん似だけど、今は父さんの面影を強く感じる。
興味津々でエレベーターに集まってきていた、国民のみんなにしてもそうだ。これまではどこか、諦めとまではいかなくても、少し受け身な印象だった。
それが、エレベーターの設置以降は少しだけ、自分から色々と動いてくれたり、こうしてはどうかと意見をくれる人が増えた気がする。
ステラロード王国を豊かにしたい、みんなの笑顔がもっと見たい。自分のスキルをどう使えば、もっと家族や国のみんなに貢献できるだろうか。
前世にはなかった、人や家族とのつながりが、今では僕の原動力になっている。とても不思議で、悪くない気持ちだ。
「ねえシルヴァ兄。岩壁なんだけど、こういうのはどう?」
僕たちは船と海を眺めながら、荒唐無稽なものも含めて、わいわい笑ってたくさんのアイデアを出し合った。
単純に強度を上げるのもそうだし、基数を増やすのもそうだ。
港からエレベーターまでの動線の一部を動く歩道にして、より荷物を運びやすくもした。
崖の上に運んだ後のコストはかかるし、すべての道を動く歩道にするなんてできっこない。
それでも、効率よく船から崖の上まで、もしくは崖の上から船まで荷物を運べることが、ステラロード王国の貿易にとって助けになると信じたい。
僕たちがエレベーターを試行錯誤している間に、父さん、母さん、マグナ兄が、何を輸出の目玉とするかを家臣のみんなと考えてくれている。
これまでは運ぶのが大変で諦めていたものだとかも選択肢に入ってくるので、毎日ああでもないこうでもないと議論を繰り返しているらしい。
シエナたちイグナイト王国の面々に、僕のスキルありきの新商品を約束した手前、何かしらはスキルをメインにしたものも考えたいところではある。
ただし、今の僕の知識ではどうしても弱い。方向性が固まるまでは任せておくことにして、僕にしかできないことをやっていこうね。
「やっぱり次は、船と港をなんとかしたいよね。いくらエレベーターを整備しても、そもそも大型の船が出入りできないから、積める荷物が限られてるんだよね?」
「まあそうなんだけど、どうしてもアレがね」
シルヴァ兄がため息をつく。視線の先には、どっしりとそびえたつ岩壁があった。
いくら港を整備しても、その先に待ち構える岩壁のせいで、大型船はステラロード王国の港に入れない。今はよくても、もっと大きな商売をしようという時に、これでは困る。
大型船が入れない小さな港、というだけで、他の国からの印象も一段階低くなってしまうのだ。
「いっそ削って、幅を広げちゃうとか?」
シルヴァ兄は少し苦い顔で、「それはどうかな」と腕を組んだ。
「単純に広げるだけだと心配かな。アレのせいで船の出入りはしづらいけど、そのおかげで守られている部分もあるから」
シエナも言っていた通り、この世界の海には魔物がいる。
魔物は普通の動物とは違って、魔力から悪い影響を受けてしまった生き物だ。
それこそ、動く歩道やエスカレーターで風力から魔力を集めたように、この世界にはあらゆるところに少しずつ、魔力が流れている。
そうした魔力を少しずつ吸収して、長い年月をかけて魔物になる場合もあれば、魔力だまりのような場所で一気に魔力を浴びたことで、突然変異する場合もあるのだとか。
ステラロード王国内でも、魔力だまりの観測は定期的に行われていて、魔物の発生には注意しているんだって。ほとんどの魔力だまりは、魔法をぶつければ相殺できるので、早めに見つけられればそれだけ、魔物は発生しにくくなるというわけ。
ステラロード王国のように限られた土地なら、定期的な調査で魔力だまりを消せるけど、海の上や深海で発生した魔力だまりを見つけるのは難しい。つまり、海は魔物が発生しやすい環境なのだ。
この世界で海を渡っていくことは、本当に危険なことなのだと、この話を聞いて改めて心配になってしまったものだ。
「岩壁は削って、そのかわりに警備の人を増やすとか?」
「それも難しいかな。父さんが率いる戦士団と母さん直属の魔法使い部隊以外に、戦うために訓練された人っていないし。要は、いつも航海に出ているメンバーしかいないんだよね」
シルヴァ兄が所属している風魔法使いのチームだとか、橋を架ける時に手伝ってくれた土魔法使いのチームだとかも、それぞれ優秀な人たちばかりだ。
しかし、いざという時に魔物と戦えるかといえば、話は変わってくる。海に出ている面々以外で、実戦を経験している人は少ない。
大型船が通れるくらいに岩壁を拡張した結果、同じサイズの魔物が入ってきて国が滅んでしまいました、では目もあてられない。
「仮に岩壁をなんとかできたとして、素材合成で船も造れちゃうものなの?」
ふたりして頭を抱えたところで、シルヴァ兄が話題を変えた。
今はどうにか修理して使っているものの、船を新しくできたらそれに越したことはない。
「今ある船をもう少しちゃんと見て形とかどうやって動くのかとかを覚えたら、造れると思う」
「もう少し覚えたらって、どれくらい? 船の構造なんて全部は知らないよね?」
「うん、知らないけど……それを言ったら、エレベーターとかもそうだよ? こんな風に動くといいな、くらいしか」
「それ、本当にすごいことなんだよなあ」
「そうなの? スキルとか魔法って、全部そういうものなのかと思ってた。僕がスキルを使っても、みんな特に驚いてなかったよね?」
ああ、ううん、とシルヴァ兄は上を向いたり下を向いたり、なんだか悩んでいる様子だ。
「もう言っちゃうか、多分その方がいいね。スキルに驚かなかったのは、レガロにまっすぐ成長してほしくてみんなで考えた結果なんだよね」
「どういうこと?」
「レガロのスキル、本当はかなりすごいんだよ。手で触れないと分解が使えないとか、魔力消費が大きいとかの制約を差し引いても、わけわかんないくらいすごい」
「そ、そうなの?」
「そうなの。実際、僕はその場にいなかったけど、シエナ姫たちも驚いてたんでしょ?」
シルヴァ兄が目を細める。いつも、まあまあだなとか、まだまだだなとばかり言われてきたから、そういうものだと思っていた。
実際、マグナ兄が剛腕と組み合わせて使う斧だとか、シルヴァ兄の魔力制御だとかを日常的に見ているので、自分がすごいと思える瞬間があまりないのも事実だ。
もちろん、マグナ兄とはスキルの系統が違うし、僕のスキルは魔法とも違うので、単純な比較はできないとはいえ、である。
「すごいすごいってそのまま伝えたら、よくないかなってね。レガロにはまだ難しいかな?」
「大丈夫、わかるよ」
甘やかしすぎてもよくない、そう考えてくれたに違いない。
立派な成人だって、褒められすぎれば勘違いしてしまうことは往々にしてある。
天狗……はこの世界では伝わらないか。なんて言うんだろう。とにかくそういうことだ。
「そういうわけだから、これからも謙虚に頑張ってくれると嬉しいかな」
大きく頷く。ありがたいことに、簡単に増長なんてできない優秀な兄たちに囲まれているのだから、みんなの心配は杞憂に終わるだろう。同世代で一流の魔法使いをやっている、シエナにも会ったしね。
「話を戻すけど……例えばさ、今ある船を分解して合成しなおしたら、完全に新しい船になるの? パーツも新品になるっていうか」
「うーん、そうはならないかな」
「そこまで上手くはいかないんだね。せっかくだから、くるっと新品に入れ替えられたらいいのになって思ったんだけどさ」
確かに僕は、シエナのロッドについていた宝石を完全な形に修復してみせた。
しかしあれは、あくまで宝石としての形と機能を元に戻しただけで、経年劣化した部分はそのままなのだ。新しい宝石を作ったのではなく、割れていない状態に戻しただけ、というか。
停まっている船に、なんとなく視線を向ける。なんていう型なのかとか、詳しいことはわからないけど、前世ではお目にかかれないくらい年季の入った帆船だ。
イグナイト王国にしろガレドーラ共和国にしろ、外国からくる船はたいてい、ステラロード王国のものよりひとまわり大きく、新しい。ステラロード王国を侮辱してきたあの商人たちの船ですら、ステラロード王国の船よりいいものに見えた。
もし岩壁がどうにもならなくても、新しい船の数を増やせたら少しは違うのかもしれない。色々なアプローチを考えてみる価値はある。
「新しい船を造って、無事に動いてくれそうだったら、古い船は素材分解しちゃうとか?」
「それはありかもね。先に古い船をばらしちゃうと、上手くいかなかった時に困るし」
よっ、と小さな掛け声ひとつで、シルヴァ兄が立ち上がる。
「先に岩壁の方をなんとかできれば、両方残しておいてもいいのかな。ああでも、航海に耐えうる装備品が足りないし、食料の問題も出てくるね。輸出できる品物が増えるなら、国内の色々なものの生産量も増やしておきたいし……考えなくちゃいけないことばっかり」
そう言いつつ、シルヴァ兄はなんだか嬉しそうだ。
先日のエレベーターでガレドーラ共和国を驚かせたところから、風向きが変わるかもしれんなと話していた、父さんの生き生きした表情を思い出す。
シルヴァ兄は母さん似だけど、今は父さんの面影を強く感じる。
興味津々でエレベーターに集まってきていた、国民のみんなにしてもそうだ。これまではどこか、諦めとまではいかなくても、少し受け身な印象だった。
それが、エレベーターの設置以降は少しだけ、自分から色々と動いてくれたり、こうしてはどうかと意見をくれる人が増えた気がする。
ステラロード王国を豊かにしたい、みんなの笑顔がもっと見たい。自分のスキルをどう使えば、もっと家族や国のみんなに貢献できるだろうか。
前世にはなかった、人や家族とのつながりが、今では僕の原動力になっている。とても不思議で、悪くない気持ちだ。
「ねえシルヴァ兄。岩壁なんだけど、こういうのはどう?」
僕たちは船と海を眺めながら、荒唐無稽なものも含めて、わいわい笑ってたくさんのアイデアを出し合った。



