それから、獣人の国ウルバリスは大きく変化を遂げた。
王をリーダーとする国であるには変わらないものの、国民から選挙によって数人の代表が選ばれ、国民参加の政治となったのだ。
よりリアルに、より身近に国民の声を聴くことのできる政治。
それは誰もが望んだもので、国はより活気づいていた。
“番”に依存していた制度は見直され、強制的な結びつきは否定され、衝動は“制御すべきもの”として扱われ、対処法も広まりつつある。
そして何より、“選ぶ”ことを覚え始めた。
それが、一番大きな変化かもしれない。
ルシアン様は王座を去ってから、私が真の番だと知っても契約により近づくことのできない苦しみから逃れるように別邸で隠居を始めた。もう城に戻ることはないそうだ。
私はというと、王妃ではなく女王として国を統治している。
この力のおかげで、獣人たちの番衝動も落ち着き、人間の誘拐婚もなくなったし、暴走だって起きることは無くなった。
そして私は、護衛騎士であったカイルと結婚し、彼を王配に向かえた。
ルシアン様も文句は言わなかった。いや、言えなかった。
だって、彼自身が課した3つの契約があるのだから、言えるはずがない。
王城の庭園。
かつては“王のための場所”だったそこは、今では誰もが自由に出入りできる場所へと変わっている。
子どもたちの笑い声。
穏やかに語らう人々。
獣人も、人も、自然に混ざり合っている。
その光景を、私は静かに眺めていた。
「……いい顔をしているわね」
無意識に私はそう呟いた。
以前までの、どこか常に張り詰めていた空気。
見えない“番”という鎖に縛られた、人々の目。
今はもう、それがないのだもの。
「えぇ──。とても」
隣から、優しく落ち着いた声が返ってくる。
見上げれば穏やかな表情で日傘を私に差しながら、私と同じ景色を見つめる、私の夫。
私はいいって言うのに、最近一層過保護になったカイルは、外に出る時には必ず日傘をさしてくれる。
そしてそんな様子を、申し訳なさそうな表情で見つめる侍女たち。
私は何だかいろんな方面に申し訳ないわ。
「ぁ!! クリスティ女王様ー!!」
背後から元気な声が飛んでくる。
振り向けば、小さな獣人の子どもが手を振っていた。
そんな彼らに、私はにっこりと笑って軽く手を振り返す。
「……不思議ね」
「不思議、ですか?」
「えぇ。こんな未来、想像してなかったわ」
政略結婚したかと思えば夫には番がいて、拒絶されて契約まですることになり、挙句の果てには別邸へ追い出されて……。
こんな、この国で必要とされて、笑顔を向けてもらえる日が来るなんて、思わなかった。
「後悔は、ありませんか?」
カイルが静かにそう尋ねて、私の様子をうかがうように覗き込む。
「後悔?」
「はい。ルシアン様と離縁して、国に帰って、もっと良い男と結婚し、こんな重責を背負うことなく幸せになる未来だってあったかもしれない」
正直、ルシアン様のことがあってから、離縁することだってできた。
だけど私はそれをせず、女王としてここで獣人の国を建て直すことを決めた。
それが私が選んだ、答え。
今カイルが言った未来は──私が選ばなかった答え。
だけど──。
「んー……、ふふ、ないわね」
少しだけ考えてから、私はそう、はっきりと答えた。
「だって私は……ちゃんと、自分で選んできたもの」
やわらかく、心地よい風が吹く。
私が、私達が選び抜いた、穏やかな世界。
「カイル」
私は静かに、夫の名を呼ぶ。
「これからも、忙しくなるわよ。この国、まだまだ変えるところだらけだから」
そう言っておどけるように笑った私に、カイルは一瞬だけきょとんとした表情で私を見てから、ふわりと笑った。
「望むところです」
そして私は、ゆっくりと歩き出す。
「行きましょう。私たちの未来を作りに」
その言葉に、カイルが小さく息を呑んでから、優しい笑みを返して迷いなく私の隣に並ぶ。
それは“番”ではない。
運命でもない。
だけど強く、固く結ばれた関係。
互いの意思で選び、隣に立つという選択をしたからこその、私達の未来。
何にも縛られない。
誰にも決められない。
私たちの、確かな繋がり。
この国の未来も、きっとそう。
誰もが自分の意思で選び、歩いていく。
その先頭に、立ってやろうじゃないの。
仮初めの王として────。
END



