あの大暴走からしばらくして、正式にルシアン様の退位が決まった。
理由は明白。
『王としての機能不全』
番を持ちながら国を守れなかった王に、価値はない。
それが、この国の常識だった。
そして、新たな体制が敷かれる。
「……これでいいの?」
私は書類から顔を上げた。
今私がいるのは、王城の執務室。
かつて私が足を踏み入れることすらなかった場所だ。
「はい。各家門、すでに承認しています」
カイルが淡々と答える。
その立ち位置は、以前とはまるで違っていた。
今や彼は、私の護衛兼“補佐”として動いてくれている。
「ずいぶんあっさりね」
「それだけ、求められていたということです」
誰が。
何を。
そんなこと言うまでもない。
私は小さくため息をついた。
「……王になるつもりはないのだけれど」
「ですが、実質的には……」
「分かってるわ」
言葉を遮って、少しだけ、困ったように笑った。
「逃げられないものね」
そうつぶやいて、窓の外を見る。
窓の外には広大な庭と、その向こうに城下町が広がっている。
あの日とは違う。
穏やかで、静かで、平和そのもの。
「変わるわね、この国」
ぽつりと呟く。
「変えたのは、あなたです」
カイルの言葉に私は振り返り、その言葉の意味を少しだけ考えてからゆっくりと口を開いた。
「……違うわ」
「え?」
私は、きっかけに過ぎない」
そして、一歩彼に近づく。
「選んだのは、この国の人たちよ」
静かな言葉。
だが、確かな真実だった。
少しの沈黙。
「……カイル」
静かにその名前を呼ぶと、彼はすぐに顔を上げた。
「はい」
「あなたは、どうするの?」
問いは、まっすぐだった。
「これからも、ここにいる?」
私の言葉に、カイルはわずかに目を見開く。
けれど、その戸惑いは一瞬だった。
「……います。……あなたが、この国にいる限り」
紡がれたその言葉に、私は薬と笑って尋ねる。
「あら、それは……“命令”だから?」
ほんのわずかな意地悪だった。
それなのにカイルは、すごく真面目な顔をして首を振って否定の意を示した。
「いいえ」
そして一歩、私に向かって踏み出す。
「俺の、意思です」
まっすぐな視線がどうにもくすぐったい。
逃げも、誤魔化しもないそれに、私は思わず息をのんだ。
「あなたを支えたい。この国を変える、その隣に立ちたい。そう思っています」
飾りのないはっきりとしたその言葉に少しだけ言葉に詰まって、それからふっと、私は頬を緩めた。
「そう。そうなの……。なら────」
詰められたその距離。今度は私が、一歩、同じように距離を詰める。
それはどんな種類の契約でもない。
縛られた義務でもない。
私が選んだ、そして彼が選んだ、”選択”だった。
私の言葉にカイルは胸に手を当て背筋を伸ばした。
「こちらこそ」
玉座は、空のまま。
だけどこの国は、もう迷わない。
“番”ではなく。
“意思”で選ぶ未来へと、変わっていくから。



